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ジェンダーとは

この写真はロサンゼルスはサンタモニカのメインストリートで撮ったものです。日が暮れると道でダンスバトルやマジックが始まったり、とても自由な雰囲気を持った場所でした。

楽しかった春休みと地獄のようなテスト期間が終わってやっと落ち着いてきたのでこれから、もう少し更新頻度を上げたいなと思っています。

今回はジェンダーについて。

日本では ”ジェンダー=性別” というイメージがあると思います。今の私は、このジェンダーの捉え方は半分正解で半分間違いだと考えます。なぜなら、ジェンダーとはただ単に生物学的な性別だけを示す概念ではないからです。

”ジェンダー(gender)”とは、”自分自身の非生理学的な側面、女性らしさや男性らしさについて予想されるもの” のことを指します。(ジェンダーには圧倒的定義がないので、私が熟読している教科書の定義を拝借しました。)

こう言われても、全体的にぼやっとしていて何のことやらわかりづらいので、例を挙げると、洋服や髪形(つまり外見)、活動、振る舞いなどなど、人を女性らしい(or男性らしいorその他)と示すもののことです。

私のイメージとしては、ジェンダーは社会的なものになります。

では、多くの日本人がイメージしている”ジェンダー”は、なんと表現すればよいのでしょう。

それは”セックス(sex)”に当てはまると私は思っています。

”セックス”とは、”人を女性か男性のどちらであるかを認識するために使われる、解剖学的、生物学的な特徴”のことです。

これは大抵生まれた時に医師によって判断されますね。ここについても議論があるのですが、なかなか厄介なのでそれについてはまた後で触れることにします。

さて、人の性について二つの概念があることが分かったところで、女性学・ジェンダー学の分野では、どうしてこれら二つの概念は区別して考えられているのでしょうか。

それは、人間というのはたった二つのカテゴリーに完璧に分類できるほど単純な構造を持った生き物ではないからだと私は考えます。

生物学的な性別だけを取っても、実は男性と女性の絶対的な境目はなかったりするんです。社会的な性別、つまり、より心に近い性別は、時間の経過とともに変化する可能性もある流動的なものだったりするんです。

女性という生き物の身体的特徴はこう!心的特徴はこう!というような絶対的定義は無いし、そんなものに自分を当てはめようとして自分を無理に変える必要も無いんです。

なぜなら、この世にある規範や基準の大半は、どこかの誰かが決めたものに過ぎないからです。

人間に絶対的優劣なんて無いから、 ’自分より少し早く生まれた誰か’ が決めたルールに無理に合わせなくてもいいんです。


長くなってしまったので、今回はこの辺りでおしまいにします。

いかがでしたか?

私は、本格的にジェンダー学の授業を受けるまで、これらについて何一つ知りませんでした。

でも、ジェンダーについて学べば学ぶほど、社会や世界を今まで知らなかった角度から見られるようになりました。

なので、このnoteが少しでもジェンダーについて考える入り口になっていたら嬉しいです。

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