私に生まれた
私は27歳で身長が177センチある。
172センチの母と186センチの父の間に生まれ、4歳頃から背が伸び始めた。あまりにも急激に伸びるので「トイレの天井が落ちてきてる。このまま押しつぶされて死ぬ」と思った。我が家はインディジョーンズの魔宮でもバイオハザードの洋館でもない。
物心つく頃から世界が一回り小さかった。頭をぶつけたり、人に見上げられたり、気に入った服が小さくて断念したりしていた。背中を丸めて歩くせいで股関節の亜脱臼を経験し、下ばかり向くせいで首の骨が逆に曲がって人の8倍肩に負荷がかかるようになってしまった。知らない人から後ろ指をさされたり、数日ぶりに会う友人の第一声が「デカ!」だったことも一度や二度ではない。冒険に出かけなくても、生きているだけで小人の国に迷い込んだガリバーだった。
トーテムポール、スフィンクス、顔のある建造物のあだ名ばかりついた。良いんだ、顔があるだけありがたいじゃないか。そうして私は大きいことを自虐してウケることで大きい身体の自分を好きになろうと思った。
しかし、ウケた瞬間が嬉しいだけで、大きくて良かったと思える様にはならなかった。ウケればウケるほど、自分を笑いものにしている自分に後ろめたさを感じた。
本当は小柄な女の子に憧れていた。男の人に頭をポンポンされたり、小さい物扱いされてほっぺたを膨らませるヒロインに嫉妬と憎悪の念が出てしまい少女漫画を好きになれなかった。aikoは私に無いものを全て持っている気がして、「死ね」と思いながら嫌いになりきれなくて何度も曲を聴いた。
向かいあって立ち話をしていただけなのに端から見ていた先輩に「さっき○○さんに怒ってた?」と言われたり、高齢の患者さんに「男性には身体を拭かれたくない」と言われたりすることもある。拭い去れない威圧感は私をこれからも苦しめると思う。だから私はこの身長と上手く渡り合っていかねばならない。体育会系の口調が抜けないので語気が強くなっていないか注意したり、アンガーマネジメントを勉強して穏やかな自分に近づけられないかやってみることにした。
26歳で結婚した。夫さえ私を愛してくれれば、他の誰にも媚びなくて良いやと思うようになった。今まで少しでも優しく女性らしい印象になるように服もメイクも淡い色を取り入れたり、地味なものを好んで身につけていたが、本当に自分に似合うものが何か知りたくて、パーソナルカラーとパーソナルスタイル診断のモニターに申し込んだ。
結果、パーソナルカラーはクールウィンター、スタイルはミディアムよりのストレートということがわかった。言い方が難しいが、色味もファッションも『強い』方が似合うのだ。今日からスカーレット・ヨハンソンと呼んで欲しい。
以降、思い切って印象の良さより『似合い』に特化した装いを意識した。
まず夫が喜んでくれた。「ふぁ~、綺麗だね……時ちゃん……」とまぶしさに目をこらえるが如く眉間に皺を寄せて言う。そして私が満足そうに笑みを浮かべると、アップグレードした妻を迎え入れるように抱きしめてくれるのだ。
次に親しい女友達がこぞって褒めてくれた。私に似合うメイクを教えてくれた化粧の師匠や、世界のファッションと日本のゴシップに精通したツイッター仲間や、文学フリマ仲間が「全然印象が違う!こっちの方がいいよ!素敵だよ!」と言ってくれる。自分に向けられる顔が明るいと自分も嬉しいし、変わることの苦労や楽しさを知っている彼女らに認めてもらえるのは自信になるのだ。
胸を張って歩くようになった。高いヒールも履いてみるようになった。自虐的だったツイートも「舐めんな」に変わった。
This is Me.
こういうことだったのか、と腹に落ちた。
私が通る。これからも輝き続ける私を、指をくわえて見てなさい。
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