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エマニュエル・トッド, 2020『大分断 教育がもたらす新たな階級化社会』大野舞訳, 東京:株式会社PHP研究所

コロナは民主主義を終わらせるか?

アナール学派の中でも高名な学者であるトッド氏に対して、2017年から2020年にかけてインタビューした際の発言をまとめた小著。時事的な問題に対しての発言であるが、アナール学派の伝統的な方法論を背景にしている部分があり、示唆に富む。

ここでは、一つだけ、大きなテーマをあげる。

「コロナ発生前からいわゆるポピュリズムの台頭により、民主主義が危機に瀕していると言うことがよく言われていました。コロナにより、民主主義は破綻するところまでいくのでしょうか?」

上に対して、トッド氏の回答は、大きく2点だ。

一、現状認識として、トランプ大統領の当選などは確かに民主主義の危機の現れだが、反動的ポピュリズムではなく、別の原因で起きた現象だと見るべきだ。

一、コロナによって、一度に社会が破綻するところまでは行かないが、上で述べた別の原因で動いている悪い流れは加速していくだろう。

最初の点から解説する。トッド氏によれば、民主主義とは、歴史の流れの中で発生する、社会のある「時期」のことを指している。その時期とは、識字率は高くなったが、未だに高等教育が普及していない時期である。

つまり、高等教育を受けた一部のエリートが、識字率を高めた民衆に語りかけ支持を得ることで社会が統治される。

ところが、この高等教育には、大きな問題があった。一つは、エリート層を再生産する機能。高学歴は高収入につながるし、エリートの子供は、やはり高学歴になりやすい。もう一つは、画一的・順応的な人材を育成してしまう機能だ。例えば、緊縮財政は悪い、自由貿易は素晴らしいと言うグローバリズム(国家弱体化)の言説が通説化すると、それに否を唱えるような人はエリートからいなくなる。こうして、階級化したエリートは国家の役割を否定する方向に舵を切った。しかし、グローバリズムは一部の勝者と多くの敗者を生み出し、社会の分断は一層拡大してきている。エリートにとっても、グローバリズムによって痛手を負う事態になってきている。このような状況の中で、トランプ現象が起こったのである。

次にアフターコロナの予測の点に移る。コロナは、識字率にも高等教育の普及率にも影響をもたらさない。こんなことはあってはいけないことだが、例えばの話として、コロナによって若い人ばかり亡くなって人口構成が変わったとか、高等教育を受けていない人ばかりが亡くなって高等教育普及率が99%になったとか社会を構成する大きな要素が変わったら社会に大きな変化をもたらすが、コロナはそこまでの影響は与えていない。

したがって、民主主義と言う「時期」を終わらせるような変化は今のところ現れてはいない。

以上が主要テーマに対しての答えを要約したものである。だが、コロナが加速させる民主主義の危機に対して、どのような処方箋が考えられるであろうか?

ここからは著書を離れるが、考えられるものとしては、高等教育の内容を見直すことだ。諸悪の根源は、高等教育を受けたエリートが、自由貿易や金融政策などの国家の能力を解体する方向の危険性を見抜けなかったことなのだから、もっと多様なものの考え方ができるようなエリートを教育する機関を作ればいいのだ。

しかし、これが簡単ではない。自由貿易否定論者は、多くの学校で優をもらえず、結果としてエリートからドロップアウトしてしまう可能性が高いからだ。とすれば、ドロップアウトしたエリートやテストでは戦略的に通説を書いたが納得していないエリートを育てて、対抗エリート集団を作って、いざと言うときに政権をとっていくと言う方法が現実的であろう。対抗エリートはどのようにして既存エリートと交代できるのかは、別の本を読みながら考えてみたい。

もう一つの処方箋は何だろうか? 宗教的な解決と言う道もありそうだ。エリートも大衆も、神の前では余りにも不完全だ。この不完全性を認識しつつ、限りない内戦や無秩序に陥らず、謙虚に政治的な努力をし続ける道だ。しかし、この道は危険だ。世俗化した社会においては、神を持ち出したところで誰もついてこず、結局代理人とを立てざるを得ない。この場合、代理人が冷酷な独裁者にならない保証はない。

以上 トッド氏の本を参考にしながら、民主主義の未来を考えてみた。トッド氏の鋭いところは、高等教育の普及率や識字率といった内容に中立的な指標で民主主義を捉える点だ。しかし、処方箋部分では高等教育の内容に踏み込んで考えてみた。教育の内容が社会的な制約を考慮せずに変えられるのかどうか、と言う点はトッド氏に聞いてみたいところだ。教育もまた、何らかの社会的な土台の関数でしかないとしたら、社会的な土台の説明なくして教育内容だけ変えると言うのは不可能だからだ。

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