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升味準之輔,1967『日本政党史論3』東京:東京大学出版会,第7章 大正政変

桂太郎の歴史的な意義は何か?

日本政党史論3

安倍晋三元総理が歴代首相在任期間で歴代1位を更新するまで、1位に座り続けていたのが、桂太郎である。明治から大正にかけて、3回に渡り首相を務め、在任中には日英同盟の締結、日露戦争の勝利、関税自主権の回復など多大な功績を残した。ただ単に長く働いたと言うことだけではなく、業績面でも近代日本を代表する宰相と言っていい。

では、何故桂は長期にわたって政権を担うことができたのか、そして、日本の歴史の中で彼が果たした役割をどのように評価しうるか。

この点、日本の高校でよく使われている山川出版の日本史教科書『詳説 日本史』での扱いは、余りにも偏っている。あたかも桂が藩閥政府(特に長州と陸軍)の番頭に過ぎないかのごとくの取り扱いだ。桂が第三次桂内閣を組閣した際にも、第二次内閣までとは異なる桂自身の狙いについては全く分析せずに、ただ単純に藩閥政府を助けるために組閣しようとしたと紹介するのみである。

「長州と陸軍の長老である桂太郎が、就任したばかりの内大臣と侍従長を辞して第三次桂内閣を組織すると、藩閥勢力が新天皇を擁して政権独占をくわだてていると言う非難の声があがった」(石井ほか,2006『詳説日本史』p 295)

長州と陸軍の長老という記載も、政権独占をくわだてているという非難も、事実というよりは一方当事者の意見表明であって、何ら分析も批判もされていない。守旧派である藩閥政治が新しい政党政治によって駆逐されていく中での、悪役の一人として桂が使われているだけである。この説明では、桂が何故桂園時代という政友会と藩閥政府の妥協的・安定的な時代を構築できたのかが分からないし、何故その安定が壊れたのかも理解できないだろう。

こうした点について理解するために、古い基本書だが、升味準之輔,1967『日本政党史論3』を参照してみたい。

第一の論点として、何故桂は長期にわたって政権を担うことができたのか。桂太郎自身が人たらしの天才であったことにかてて加えて、長州・陸軍出身でありながらそこから半歩ずれたポジションをとり、政友会と藩閥や官僚たちとの橋渡し・調整弁として機能することができたという点を挙げるべきである。升味前掲書は、桂園時代を成立させた諸要素として、3点を挙げている。第一は、官僚派と政友会の対立と均衡、第二が桂と政友会の相互依存関係、第三は明治の一流の政治家たちが一線を離れて、桂や西園寺以外の大物が見当たらないこと。まとめると、基調として藩閥と政党は対立関係にあったが完全な決裂には至らず、長州出身ながら半歩ずれた桂、貴族出身ながら半歩ずれて政友会総裁を務める西園寺がその調整役として機能して両派の妥協を模索しえたがゆえに、桂園時代という安定的な時代を築くことができた。

しかし、こうした安定は、大正政変によって崩壊する。特に桂が新党を組織しようとしたことは、政友会との決定的な対立をもたらす。そして、ここからが第二の論点だが、せっかく安定していた妥協的体制を、なぜ桂は壊さなければならなかったのか。この問いへの回答としては、内政面と外交面の大きな変化を見なければならない。内政面での変化は、桂自身を含め、元老の時代がいよいよ終わりが近づき、より多くの人材によって国政を支える仕組み、つまりは、二大政党制のような本格的な政党政治が必要になったこと。そして、外交面での変化は、実際にはこちらの方が重大であるが、辛亥革命後の支那問題である。

「桂は、1913年1月20日新党組織の覚書を発表した。彼が以前から親兵的政党の必要を痛感していたであろうことは容易に想像しうる。彼にとって新党組織の名分は、元老退隠と大陸経綸である。」(前掲書、p 66)

「今までは維新の元勲たちが達者で陛下を翼賛したが、すでに老齢に達したゆえ、これからは国民全体が陛下を扶翼しなければならない」(前掲書、p 66)

「同志会創立は、支那問題の解決が第一の主眼であった。すなわち、日本の将来の進むべき道、またその運命から考えて、井蛙式に国内に跼蹐[キョクセキ、体を縮めること]していては、到底国家を維持し民族を発展させることはできない、隣国支那と一体となって世界に雄飛するという大経綸を実現して初めて、この国の運命を完うすることができる、しかも、第一革命(1911年)後は、いよいよ日本がこの大方針を以て隣邦に臨まなければならない時期に到達した」(前掲書、p 67 ただし[]内は、私が補足した)

桂は、桂園時代においては、自己の人たらしの才能を活かして対立する二大勢力の妥協に努めるとともに、晩年にはその限界をも見据え、激しさを増す国際情勢の中で、国家と民族を守るための新しい体制を模索していた政治家であるという見解が導ける。

以上は、古い基本書によった説明であり、最新の研究ではどうなっているのか、興味はあるが、私の能力を超えるため、よく分からない。しかしながら、少なくとも高校教科書くらいなら、桂太郎の功績を評価する記載も併記してほしい。




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