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ショートショート「四次元の絵の具」(約1000字)

 なにかを表現するということは素晴らしい。だから芸術というものが昔から連綿と続いてきた。文芸だってその一部だし、音楽だってその一部だ。特に美術に関しては、どの人間にとってもより身近なものだろう。
 2050年、ある画材会社が、画期的な商品を開発した。それは、「四次元のアクリル絵の具」である。当初、この発表は、世間にまともに受け取られていなかった。四次元のものなんてこの世にないからだ。人々は、それを誇張しすぎた商品と捉えていた。しかし、実際にその商品は四次元のものであったのだ。
 その絵の具は普通に絵を描くことができる。そして、何よりも絵の具の存在時間が決まっているのだ。存在時間は、なんと約一ヶ月。一ヶ月ほど経てば、塗った絵の具は消えてしまう。
 こんな面白い画材に、世界中の画家が夢中になった。ある有名な画家は、その絵の具を使い、非常に美しい絵画をこしらえた。そして、オークションに出品すると、信じられない金額落札されたのだ。たった一ヶ月ほどの美しさに、人々は魅力を感じた。その絵の具で描いた絵画は、儚い美しさを纏うようになったのだ。
 数年後、その絵の具の廉価版が開発され、一般人も使うようになった。廉価版は、1週間ほどで消えるものだ。ストリートアーティストたちが、街中のシャッターや壁にその絵の具で絵を描いた。落書きのようなその無数の絵は、人々を困らせたが、一週間も経てば消えてしまう。そして、芸術のもつ力は非常に大きくなった。
 数百年後、もう人類はいなくなっていた。芸術どころではないほど、政治が混乱し、世界大戦が始まった。信じられない量の爆弾が降り、考えられないような惨状が毎日のように起こった。そして、人類は滅亡した。
 X星人たちは、その後の地球を見つけた。X星人たちは、高度なタイムスリップの技術を有している。荒廃した地球の街をタイムスリップしてみると、いたるところに絵が描かれていた。X星人たちは、感動した。そして、その絵たちを持って帰ろうとした。額縁に入っている絵やシャッターに描かれたものを丸ごと、持って帰ろうとしたのだ。しかし、残念なことに、時間を戻すと絵だけが消えてしまった。残ったのは、ただの額縁やシャッターのみ。X星人たちは、何度試みても駄目であった。仕方なく写真を撮って、星に帰ることにした。
 なんということか、地球の芸術は素晴らしいものであったのに。このことを後悔する地球人はもういない。

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