世のちり洗う四万温泉(上)
以前から行ってみたいなあと思っていた温泉が群馬県に2つある。
みなかみ町にある法師温泉と中之条町にある四万温泉だ。どちらも古くからの温泉宿で、建物が文化財になっている。この雰囲気を味わってみたいと常々思っていたのだが、やはり人気なので、なかなか部屋が空いていない。
先日、何気なく楽天トラベルで検索をかけてみたら、四万温泉の1人用客室が空いていた。思わず「チャンス!」と予約を入れてしまい、急遽中之条まで行くことになった。
「四万温泉」は「しまおんせん」と読む。
昔、四万温泉行きの高速バスを見かけたときに「四万」という名前から「四万十川の近くにあるのかな」と勘違いしていた。高速バスで、東京から高知までは流石に行かないであろうことに気づかない程度には阿呆だ。
この「四万」という名前は、四万の病を癒すという言い伝えからついた名前で、古くから名湯とうたわれていたようだ。草津や伊香保と並び上州三名湯の一つにも数えられ、群馬県民お馴染みの上毛かるたにも「世のちり洗う四万温泉」という札がある。
午前10時前、最低限の荷物だけ持って上野駅に来た。ここから特急「草津1号」に乗って、まずは中之条駅を目指す。14番線乗り場に着いたものの、高崎線内のダイヤ乱れで乗るべき車両がまだ到着していない。
少しマニアックな話をすると、特急草津に使用されている651系車両は、昼間こそ、このように東京から群馬県方面へ向かう車両として使用されているが、通勤時間帯は逆に群馬県方面から東京への通勤列車として「スワローあかぎ」や「あかぎ」として運用されている。そのため、観光客を乗せる前に、通勤客を乗せるという仕事があるため、こういう通勤時間帯のダイヤ乱れの影響を受けやすいのだろう。これはもう待つほかないので、構内のベンチに腰掛け、ぼうっとする。
津軽海峡雪景色を脳内再生していると、ホームに列車が入ってきた。草津1号、長野原草津口行だ。651系はかっこいいなあと思いながら、車両の写真を数枚撮り、進行方向右側の窓側の席に腰掛ける。春休みの時期だったため、学生のグループがいくつか乗り込んでいた。少し騒がしい車内で、ウォークマンを取り出し、音楽を聴く。そのうち、列車は走り出した。
特急草津は、赤羽や浦和、大宮などの主要駅に止まりながら、高崎線内に入っていく。高崎線に入ってからは、熊谷に止まるほかは高崎までさっさと進む。
高崎を過ぎると、車窓に雄大な裾野を広げる峰々が映る。赤城山だ。赤城は一度だけ登ったことが、とてもいい山だ。この赤城山が見たくて、進行方向右側の席に陣取ったくらい好きな山でもある。赤城の左後方には、白い峰々も見える。おそらく、武尊山だ。武尊と書いて「ほたか」と読ませるので、馴染みのない人にとっては結構な難読地名に類するだろう。逆に左側の車窓からは榛名山や妙義山が、そのうち見えてくるはずだ。
山をかじる人間にとって、群馬県内を走る車窓はとても楽しい。列車は、伊香保温泉の最寄りである渋川に止まり、ここからは吾妻線に入っていく。ほどなくして、四万温泉の最寄りである中之条に着く。中之条駅で降りたのは、十数名ほどだろうか。特急に乗っていた多くの人は、まだ降りなかった。おそらく、長野原草津口駅まで行き、草津温泉まで行くのだろう。中之条駅から四万温泉へは路線バスに乗り換える必要があるのだが、特急の到着が遅れたため、予定より1本遅いバスを待つことになった。駅前は、ロータリーと多少の飲食店があるくらいで、あまり時間をつぶすのには向いていないように思われた。バス停のベンチに腰掛け、上野駅で仕入れておいたおにぎりを頬張る。こういうときに地のモノを食べることにこだわりがないのは役に立つ。
30分程度待っていると、バスが来たので乗り込む。同じく、四万温泉に向かうと思われる乗客がそこそこ乗りこむが、2人掛けの席に1人で座ることを許される程度の人数だった。中之条の街中を過ぎ、バスは山奥に入っていく。終点の四万温泉の停留所までは、30分ほどだ。
suicaで支払いを済ませ、降車する。停留所からすぐの場所にあるのが、今日の宿の四万温泉 積善館だ。
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