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"あなたが一番言いたいことは何なのか?" -幻聴音楽クリエイター あんでれれとプロデューサー ササキの音楽制作プロセス第一弾1/2 作詞編-

うむラボは、ALBUM事業所が雇用する精神に病気や障害のある人が、なにかおもしろいことをするためのアートプロジェクトです。
この記事は、そんなうむラボの完成作品だけではうかがい知ることができない、作品ができていく過程を文章と写真、たまに動画で紹介していくシリーズの第一回目です。

今回は幻聴音楽クリエイター あんでれれ の新曲作りの舞台裏をご紹介。

この記事を書いている人 ―――
・ササキジュンペイ【うむラボ統括/ ALBUM事業所職業指導員/ 記事中で「私」と表記】

登場人物 ―――
あんでれれALBUM事業所の利用者 / うむラボに所属するクリエイターの一人 / 統合失調症の症状を音楽に変換する"幻聴音楽クリエイター"】


新曲を作る

「曲を作ったので聴いてほしいです」

いつの間にか側に立っていたあんでれれが、そわそわした様子で話しかけてきました。私が別の用事で忙しくしている間に3曲もできていて、それを聴いてほしいと言うのです。ほぼ1日1曲のペースで作るので放って置いたらどんどん曲が溜まっていきます(つまり「曲を作ったので聴いてほしいです」このセリフも1日1回は聞いています)。
今忙しいからと保留にすると、次に話しかけて来る時はさらに2、3曲増えていることでしょう。

彼はいつも私の周辺視野ギリギリのところに、ぬぼーっと現れます。

私は用事を一旦区切り、無言の圧を感じながら曲を聴きました。
3曲のうち2曲はあんでれれが入院していたときの幻聴や感覚をもとに過去に作っていた曲のアレンジ、1曲は最近ゼロから作った曲でした。
その完全新作の曲は彼がカフェでうどんをすする音とピアノのメロディーで構成された曲でした。私が彼にこの曲について解説を求めると、「特に意味はなく、この前カフェでうどんを食べた時の音を録ったので、うどんをすする音を使った音楽が新しいかなと思って作ってみました」とのこと。

「エリック・サティが大好きで影響を受けている」と彼が話すように、きれいなピアノのメロディが主体になっている曲ですが、ピアノのトラックと、うどんをすする音のトラックがベタ貼りされて単に重なっているだけだったので、うどんの音にリズムを付けるとか、メロディとうどんを有機的にからませる方がもっとおもしろいのではと提案しました。
また、彼が「特に意味はない」と言うこの曲から第三者的に意味を見出すとすれば、「行きつけのカフェで過ごす穏やかな時間は、単なる日常ではなく、生きるか死ぬかの時間を過ごしそれを乗り越えた先の穏やかな日常であるということをうどんをすする音から感じることができる曲」と解釈できる。
もしくは無理に意味を持たせず、意味のない曲として作るのもそれはそれでありだと伝えました。

しかしこの提案はあまりピンとこない様子だったので、一度仕切り直し、次のような提案をしました。

まず、歌詞を作る

「これを伝えたい」「この感覚を表現したい」など、自分の内側にあるものの中でアウトプットしたいものを一つ決めて、歌詞を先に作ることを提案しました。
あんでれれの考えていることが伝わる名刺代わりの曲が一曲あると良いと思ったのです。

「あんでれれの歌詞は宗教用語など馴染みのない言葉が使われていたり、遠回しな表現が多くわかりにくい。あんでれれをよく知っている人なら意味を解釈することはできるし、わかりにくさが味にもなるけど、初見の人にとってはただ単に「よくわからない」となってしまうから、一度、あんでれれが言いたいことをストレートに歌詞にしてみてほしい」と伝えました。

すると、ものの10分ほどで以下のような歌詞が上がってきました。
(いつも彼はものすごいスピードで仕事をこなします)

▲ 藁半紙にボールペンで書かれた第一稿の歌詞

本当に言いたいことはこれなのか?

第一稿の歌詞を見た私は、言葉遣いや言い回しなど表現の仕方はあんでれれテイストが出ていて良いと思った一方、内容は抽象的で、あんでれれでなくても書ける歌詞のように感じたのと、言いたいことが大きく2つあって伝わりにくいと感じました。
そこで、内容について精査・深堀りしていくことにしました。

この歌詞は、全体として見れば、統合失調症で苦しむ人に向けたメッセージと言えそうです。あんでれれが自身のクリエイターページで語っているように、自分と同じ病気で苦しんでいる人の助けになりたいという思いに偽りはないと感じます。ただ、苦しい時期を乗り越えたあんでれれだから言える具体的な言葉がもっとあるのではないかと思いました。

まず、歌詞の下記の部分に注目しました。

「統合失調症
どんなイメージがあるのさ
気がおかしい人か
こわい人か
統合失調症のぼくは
僕は確かにおかしいし
こわい人かもしれない
なんかそれでもいいんじゃない
僕はおかしくてこわい
それだけじゃないけどね」

この部分の言葉は、統合失調症への偏見を持つ人に向けてのメッセージでしょう。
示唆に富んだ良い歌詞だとも思えるのですが、あんでれれ個人のことで言えば、あんでれれの話をたくさん聞いた私には、彼が苦しかったことの本質ではないように感じました。
「統合失調症の人は怖いという偏見にさらされて苦しんだから、その偏見をなくしたい」と彼が本当に心から思っているのかどうか?ということです。

このことについて彼と話すと、「確かに僕は周りの目は気にしてなかったですね。そんな余裕がなかったです」という答えが返ってきました。
では、彼以外の統失患者ではどうかと考えました。彼自身のことでなくても、誰かの代弁ができているならそれはそれで意味はあります。
私は複数の統失患者と話したことがありますが、共通するのは幻聴そのものや周りが全員敵に見えることに苦しんでいるのであって、周りにおかしい人・怖い人と思われることに苦しんでいるわけではないということです。そういう人もいるかもしれませんが、あんでれれが伝えたいメッセージど真ん中ではない感じがします。

ということは、「これは誰による誰のためのメッセージだ?」ということになります。
そして、これ以降の歌詞は、彼と同じように病気に苦しめられて生きることを諦めようとしている人への励ましのメッセージが綴られています。

「こんなのでもいいんだよ
生きているから
(中略)
どうか生きるのをやめないで」

”あなたがいないと この世界はちょっとさみしい”
など、良いフレーズはありますが、しんどい経験をしたあんでれれならではの抽象的でない(精神論ではない)具体的な「行動」に関するアドバイスのような言葉が1フレーズでもあると更に良くなるだろうと伝えました。

ここで終業時間が来たので、続きは明日に持ち越すことになりました。

言葉を引き出す

翌日、「もう1フレーズ」を引き出すために、改めて彼の人生について話してもらいました。1時間強におよびました。
ちなみに、あんでれれは自分のことを話すのが好きで楽しそう(ほとんど無表情で一定の調子なので初見ではわかりづらいが、感情を隠そうとはしていないのである程度付き合いがあるととてもわかりやすい)ですし、私も彼の話を聴くのは好きで、収穫もいくつかあったので良い1時間でした。

その話の中で、私が注目したのが「今の自分なら大学のしんどかった状況を乗り越えられると思う」という言葉です。

あんでれれは、大学在学中にあることがきっかけで大学の全員から嫌われていると思うようになり、耐えきれずに退学してしまいます。
実際には全員から嫌われるということはありえないのですが、病気のせいでそう思い込む状態になっていたのだと思います。

今の自分なら大丈夫と思う根拠はなにかを尋ねると、「一回乗り越えてるから」「慣れたから」と言います。
私が「でも、今でも幻聴に悪口を言われて調子が悪くなることがあると言ってたから、今のあんでれれでもやっぱりしんどくなるのでは?」と返すと、「確かにそうですね…」としばらく考え込みます。

「話しかけるようになったんです」

あんでれれがポツリとつぶやきました。

一瞬意味がわからなかったので、考えました。
私「話しかけるというのは、あんでれれがその悪口を言ってきていると思う相手に?」
あんでれれ(以下、あ)「うん」
私「実際に言われたのか幻聴かわからないから、本人と話して確かめるということ?」
あ「うん。話すと幻聴と言っていることが違ったりするので」
私「大学のときは相手と話すことができずにいたからどんどん思い込みが強くなって殻に閉じこもって結局退学した。でも今は成長して自分から話に行けるようになった、と。当時それができていたら乗り越えられたかもしれない、と」
あ「そうです」

(あんでれれとの会話はいつもこんな感じです。断片的な言葉しか出てこないので、質問の仕方を変えながら何度も問答を繰り返すことで輪郭がはっきりしてきます。まるで発掘調査で石を削っていき、バラバラのパーツをパズルのように組み合わせる作業のようです)

これは重要なポイントだと感じたので、歌詞に盛り込むことを提案しました。

このようにここぞと思う所を掘っていくと必ずなにか埋まっているのが、あんでれれのおもしろポイントの一つです。(ただしこちらがほしい「答え」に誘導してしまう危険性があるので、本人が本当にそう思っていて出てきた言葉かどうかを常に確認するように気を付けています)

そうと決まるとあんでれれは超スピードでアウトプットします。
5分足らずで第二稿の歌詞ができあがりました。

▲ 第二稿の歌詞

純度が高く、シンプルでわかりやすい歌詞に。
また、よくある励ましソングとも違うものになったと思います。
言葉の精度を上げていくとより良くなると思いますが、歌詞については一旦区切りにして、これに曲をつけていきます。

【幻聴音楽クリエイターあんでれれとプロデューサーササキの音楽制作プロセス第一弾2/2 作曲編】に続く