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「トムラウシ遭難はなぜ起きたのか?」

天気が悪ければ山に行かないなんてそんなの当然。
でも、それで終わっていたら原因なんてわからないまま。
そういうことじゃなく、なぜ、そのようなことが起きたのか。

低体温症について調べていたら、たどり着いたのがこの本。

人間だもの、判断を誤ることがある。その判断がいろんなフィルターをすり抜けて最悪の形になったもの。
結果として気象遭難という形ではあったが、なんでその気象状況で「出発します」という判断に至ったのか。当時の山ブーム中に起きた商業ツアーでの遭難事故。2泊3日の予備日のない中で会社からのプレッシャーなのか。ただの判断ミスであったのか。ガイドと旅行会社の関係は。その圧力は?計り知れない部分があったんだろう。

そして、何よりも旅程管理者、ガイド、サブガイドの連携が機能していなかったとの記述。圧力的な上司と部下の関係に似ているような気がする。部下は黙って言うことを聞いていればいい。そして、部下は間違いに気づいていても、わかったふりをして、声を上げず、実行する。その一つのミスを部下は見て見ぬふりをする。一つの判断を間違えたことで、どんどんとリスクが広がり、通過していく。たまにしかないミスが、全てをすり抜け、そして、大量遭難という最悪の形に至った。最終決定権は、もちろんサブガイドにはない。でも、意見は言うべきだったのか。ガイド同士の信頼関係があれば言葉を発したのだろうか、チームワークが足りなかったのか。サブガイドは、自分の立場をわきまえるべきだったのか?

決してオフィス内のミスを軽視するわけではないけれども、オフィス内であればそれは会社としての取引が無くなる、クレームが来る、で済む。命にはかかわらない。会社の存続にかかわる部分ではあるとは思うが。だけれども、アウトドアガイド/インストラクターという仕事は、クレームで済むものじゃなく、命に直結する部分。

なぜ、このようなことがおこったのか。今更そんなことを考えたってわからない。ただ、先人が残してくれた、先輩が残してくれた事故の教訓。改めて、ガイドとは?サブガイドとは?パーティとは?参加者とは?そんなことを深く考えさせられた本。

そして、体験のディスカウントが増える今、警鐘が鳴るべきは今の時代の方なんじゃないのか?なんてことを思いつつ。クーポンってなんなのよ(まぁ、クーポンはクーポンですが)とかも思いつつ。

「アウトドア」という場所が身近になっている昨今。それは、「モノ」の性能が良くなっているから身近になったのは間違いない。メディアの発信力だってものすごい。アウトドアを生業とする会社の生き残るための企業努力だろう。でも、その「モノ」の使い方、判断を間違えば、自分の命は危険にさらされるということは、知っておくべきだ。便利で機能性のあるモノを持ってしまうと、勘違いしてしまうコトがある。山登りなんかではよく聞く言葉だけれども、背負うものが1g軽くなればもう一歩先まで行けるかもしれない、という言葉。間違いはないと思う。しかし、モノは進化しているけれども、人間の自然に対する適応能力は、間違いなく退化していると聞く。便利で快適なものが後押しをしてくれるのは悪い事ではないと思う。けれども、本質はそこではないとも感じる。

自然は「癒し」であると同時に一つ判断を間違えれば命が危険にさらわれる「脅威」でもあると改めて知るべきだ。湾内でも、漁港内でも、低山でも、里山でも。アウトドアと呼ばれる環境ではどこでも低体温症、気象遭難は起こりうることなんだという認識が必要なのだと感じる。

去年の行くぜ猫島二泊三日の島渡り研修を思い返しながら読みましたが、本当に自分の血肉になった一冊。
なんでトレーニングが必要なのか、技術、知識の研鑽が必要なのか、この本に答えがほとんど載っているような気がする。

趣味でも、仕事でも。自然と関わることが多い人に、ぜひ読んでほしい一冊。自然の素晴らしさを教えてくれる、こんなにも壮大で楽しい遊びで、命を失うなんてもったいなすぎる。

10年前の本だけれども、これから事業を始めるという時に、いい時期にこの本に出合えた。当時事故にあった方々のご冥福をお祈りするとともに、このようなことが起きないよう、起こさないように今一度、安全について考えいきたいと思います。

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