とあるペン。のはなし

 ”断捨離”という言葉にここ数年悩まされている。

 持っているものを見直し、整理して、取捨選択していく。多くは物の整理についてのことだが、現代では考え方や人間関係にまでこの言葉を使う。トキメクトキメカナイ、なんて呪文を耳にするが、断捨離とは主に”捨てること”であると私は思う。どれだけ多くのモノを自分の身から手放せるか。どれだけ身軽に生きられるか。

 今日、社会には”ミニマリスト”という生命体が現れ、世の中のありとあらゆるもをシンプル化する活動を行っている。かくいう私も彼らの生体に興味を持ち、影響を受け、モノを捨てた人間だ。生きていく上で”必要最低限”なモノと言うのは必ず存在し、それをどこまで実現できるか。玄関を埋め尽くした20足の靴は一時期5足にまで減り、来客用に準備していた皿は食器棚から消え、持っているものは基本的にモノクロになっていった。

 まわりからモノが減ることで、日々が、世界が、少しだけ鮮明に見えはじめた。そんな気がした、が正解だろうか。毎朝考えていたファッションも少ない服でパターン化され、悩む間にゆっくりご飯がたべれるようになった。ご飯のメニューも固定化され、食後にコーヒーを淹れる時間ができた。コーヒー豆や日用品、ティッシュに至るまで購入場所をすべて同じお店にすることで買い物時間をミニマル化し、花屋で花を一輪買う習慣なんてものが増えた。余白が、隙間が、日々、確かに生まれていた。

 そんな生活の最中、突然、私はモノが捨てられなくなった。断捨離するものがなくなったとかではなく、捨てること自体ができなくなった。その瞬間には理由は全く分からなかった。モノを捨てることで余白ができ、QOLはたしかに向上していっていた。ただ1つ気づいてなかったのは、私は”モノを捨てるのが楽しくなっていた”ということだ。断舎離することで得た余白、自由、なんかよりも”モノを捨てたことへの達成感”に溺れていた。当然そんな感覚は、断捨離がある程度進んでいくと、現状の幸福感から未来の不安へと変わっていく。”捨てるものがこれ以上なくなる、自分にはもう余白がない、これ以上私にはゆとりがないのか。”少しだけ書き込まれたノートの残りページ数を気にするような、バカらしい話かも知れないが、その時から私は少しづつ物を捨てることから逃げ始めていた。モノを減らしたことで皆無となっていた物欲は、すくすくだんだんと成長し、またあっけなくモノは増えていった。気づけば、身の回りはモノで渋滞し、余裕のあったココロも落ち着かず、ただただ混沌が部屋を埋め尽くしていた。

 また性懲りもなくおそらく読み切ることのない自己啓発本を探そうと本屋にやってきたある日。立ち寄った本屋の文房具コーナー。そこで私は大きな出会いをする。昔から文房具というものが好きで、書記具、計測具などにこだわらず、色んなものを親に買い与えてもらっていた。ちょうど大学一年生の頃に”ジョッター”という海外製の高級ボールペンに出会い、まるでアニメに出てくるロケットのような、素晴らしい曲線美に惹かれ、一時期そのボールペンのシリーズを買い漁っていたことがあった。そこから様々なボールペンやサインペン、また他社製のリフィルなんかにも手を広げ、少ない知識ながら”それぞれの人間の好みに合った筆記具の書き味”があると知った私は、お店で新しいボールペンを見つけるたびに試し書きして、気に入ったものをコレクションしていっていた。そしてまたある日の本屋。そこでふと目に入ったとあるペンを試し書きした。

 ”なんか変。”それがこのペンの最初の感想だった。今まで出会ったペンたちは、”私にはこんな書き味があります‼” と、とても主張の強いペンが多かった。細く強く綺麗にかける、インクが粘り強く書きごたえがある、滑るようになめらかな文字がかける、とかとか。しかしこのペンは他にはない書き心地で、最初はどう表現して良いものか分からなかった。その日、例のごとくそのペンを買って帰った私は帰りに寄ったの喫茶店で試し書きをしていた。いつも持っていたペンと書き比べてみよう、なんて最初は軽い気持ちだったが、結局3時間ほどお店に居座ることになる。まずは小一時間、書き味を楽しんでいた。"何だこのペンは"と。文字を書いていて苦にならず、なんならずっと楽しい。文字を書く、というよりは絵を書いている感覚に近かった。しかし、そんな簡単な表現でこのペンを説明するのは失礼だとも思った。そこからは、”このペンの書き味を人に伝えるには、どう説明すればよいのだろう”、なんて考えていた。先の言葉もそうだが、自分の辞書に当てはまる正解のない私はネットのレビューなんかを探してみた。レビューを書かれている方々はみなさん愛用されている方々で”書きやすい””ずっと使っている””もちもち”なんて言葉も見つかった。”もちもち”、確かにもちもちしている。ペンがノートに吸い付く感じで、強弱をつけると面白いほど文字の表情を変えてくれる。慣れは必要かもしれないが、なんて個性的な筆記具なんだろう。と。

 きっとこのペンの魅力を書き続けたら本題を大幅にそれてしまうので、それはまた後日にでも書こうと思う。とにかく、僕は素敵な"出会い"をした。”このペンがあれば僕は大海原を航海できる。今までの嫌な思い出も塗りつぶして、たくさん思い出をノートに綴って。空だって飛べるかもしれない。そんな気分にさせてくれるペンに出会った。" そしてふと、ミニマリストという言葉が頭に浮かぶ。きっと私があの地球外生命体に近づくならこのペンだけは残すだろう。これだけは、って大切に使う。とココロから思えた。

 あーなんだ。ミニマリストってこういうことか、とココロの中で変に納得した自分がいた。モノってココロがトキメクんだ。呪文の意味がようやく理解できた、安心感というか目的地が少しだけ見えたと言うか。

 私はそれからまた少しずつモノを減らしていけるようになった。ほんと少しずつだが減らせている。きっとすべてがそれに当てはまりはしないけれど、その日をいつか迎えるために、いまはその準備期間なのかなとも思える。あの高揚した感覚を迎えるために、持ち物も、生き方も、人との付き合いも、少しずつだけど意識を変えて過ごしている。今ちょうど、そんな夜中の片付けに専念しているところ。ひとつひとつ、モノと対面し、受け答えを繰り返す。

トキメク?トキメカナイ?

とあるペンと私のはなし。







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