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「リスクとともに育つ子どもの自主性」元不動産営業の園長先生が持つ保育理念

子どもの成長を見守りながら、子どもを取り巻くリスクにどのように対応していくか。これは、保育・教育現場だけでなく家庭でも常に悩める問題の一つではないでしょうか。

多くの子どもたちにとって最初の社会参加の場となる保育園は、生きていく上での基礎能力を身に付ける重要な教育現場でもある。子どもの成長をふまえた安全に対する意識付けや環境整備には特に注力しています。

今回は、独自の取り組みを通して子どもたちの自主性や可能性をのばす保育を実践している保育園「社会福祉法人龍美ハッピードリーム鶴間」の土橋園長に、特色ある園運営でのリスク管理や保育観についてお話を伺いました。

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(プロフィール)
社会福祉法人龍美ハッピードリーム鶴間 園長 土橋一智さん
全くの異業種からから、社会福祉法人龍美ハッピードリーム鶴間の園長に。園児たちの主体性や自主性を育む独自の保育を実践する一方、園内の人材育成や職場環境改革にも手腕を発揮し、働き方に関する講演会やセミナーにも多数出演している。
社会福祉法人龍美ハッピードリーム鶴間
http://ryobi.or.jp/hd-tsuruma/index.html


「子どもたちに自然を体験してほしい」想いから生まれたリバーキャンプ

―園で独自におこなっている「リバーキャンプ」とは、どのようなイベントでしょうか。

土橋:
リバーキャンプは、園児たちを近隣の川へ連れて行き、みんなで川あそびなどをする5歳児の宿泊学習です。10年ほど前からおこなっています。

僕自身、水泳部出身で海も好き。スキンダイビングやプールでライフセーバーをしていたこともあります。社会人になって建築会社で働き、いろいろなご縁があって現職の園長になりましたが、そうした水やライフセービングに関わってきた原体験が、このリバーキャンプ実施の背景にはあります。

そして、リバーキャンプには、子どもたちに自然を体験してほしいという狙いもあります。保育でいう「体験の保障」です。今、親も子どもたちも自然に触れる機会がないまま育っている方が多いので、例えば、「川の流れがあるところでは膝まで浸かってしまうと倒れる」「ビーチサンダルは水辺で流れてしまって危ない」など、自然の中で過ごす上での危険を判断するのがむずかしいようなんですね。

リバーキャンプのような体験をすれば、そうした危険に関する知識や体感を得られますし、何よりも子ども達が自然を感じられるなと思ったんです。

自然の恐さだけでなく、楽しささえ知らないまま成長していってしまうのは、もったいないですし、昔は当たり前にできていた、自然の中でのダイナミックなあそびという擬似体験を子ども達にさせてあげたいと思い、始めたイベントです。

―安全性に対するリスクの面から、同じようなことを実施している保育園は少ないように感じます。なぜハッピードリームでは10年以上も実現できているのでしょうか。

土橋:
僕が大事だと考えているのは、リスクとハザードという考え方です。

リスクはコントロールできる危険、ハザードというのはコントロールできない危険のこと。

安易にコントロールできる危険まですべて排除してしまうことは、子どもたちの体験を奪ってしまうことにもなるんですね。そうならないように、僕らは起こりうるリスクを知り尽くし、調べ尽くし、その上でライフジャケットというセーフティネットを持ちながら子どもたちに体験をさせてあげるんです。

ライフジャケットがなければ、リスクはハザードに変わり、リバーキャンプも実施することはできないでしょう。ライフジャケットがあるからこそ、通常ではハザードを犯さないとむずかしいことが体験できるんです。

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キャンプの前には子どもたちへ川の危険性を教えるとともに、プールでのライフジャケット着用体験をさせるようにしています。ライフジャケットを着たことがないと、着ていることで身体が浮くといったことも分からないので、事前に着用させて「きちんとつければ安全な道具だよ」ということを伝えます。すると、子どもたちは本番では遊びに集中でき、川と純粋に向かい合えるようになるんですよ。

―ライフジャケットは、保護者への貸出もおこなっているそうですね。

土橋:
園には、幼児用が約30着、大人用7着分、乳児用4着のライフジャケットがあって、使わない時は保護者や他の園に貸し出しています。ライフジャケットは誰でも着慣れているというものではないので、あるときと無いときの違いって意外と知られていないんですね。

この取り組みは、ライフジャケットの啓蒙している活動といえるかもしれませんが、そんなにかっこいいことをやっているつもりはないんです。単純に、“ライフジャケットを着ると川や海が楽しいものになる”を実感してもらうには、体験するのが一番だと思っているんです(笑)。

子どもに知識や自信を与える体験と、自主性を育む保育

―それでも心配される親御さんや職員の方もいらっしゃるのではないかと思うのですが、まわりの反応はいかがですか。

土橋:
リバーキャンプに参加する5歳児の保護者向け説明会をして、狙いや目的をお伝えするようにしています。川あそびだけでなく、友だちと共同生活をしながら川の楽しさと共に危険性を知り、川の生き物とふれあう、こうした体験が大事だということを職員もよく分かってくれていて、今年は実施が難しいかなと思いましたが、職員がみんな「行きたい」と言ってくれてうれしかったですね。

―リバーキャンプ後、子どもたちに変化は見られますか。

土橋:
体験の後、子どもたちの顔つきが本当に変わるんですよ。保護者の方も、「1泊して戻ってきたわが子の顔がまったく違う」と驚かれる方が多いです。子どもたちにすごいインパクトと素敵な体験を与えているという実感がありますね。

うちでは卒園する時に「一番楽しかったこと」を習字で書いてもらうのですが、見事にキャンプキャンプですよ。「僕ら6年間、この子たちを預かって、そこで一番楽しかったのがあの1、2日なんだ……」とも思っちゃいますよね(笑)。

―好奇心が解放されるのと同時に、親元から離れて自主性が発揮されて、自信がつくのかもしれませんね。園では、子どもたちの自主性を育む「自分でやることを決める」方式を取り入れているそうですが、どんなことをおこなっているのでしょうか。

土橋:
例えば、リバーキャンプでは「川に行ったら何をやりたい?」と子どもたちに聞いてから、行動を決めます。この前は「川でマグロを釣りたい」っていう子がいて、すると「いいね!じゃあ、マグロはどこに住んでいる?」など問いかけを始めます。そこから子どもたちなりの研究が始まります。

また園には、お部屋の中にブロックや工作用具、おままごとの道具などがありますが、その中でそれぞれが興味・関心を持って何をしたいかを考え、実践できることを大事にしています。

「これからみんなでお絵描きしようね。じゃあ魚を描こうか」と題材まで与えた時に、もしかすると魚以外を描きたい子もいるかもしれない。お絵描き以外のことをしたい子がいるかもしれない。

同じ時間帯・同じ空間に、違う意思を持った子が存在する。だから保育環境として各自が選択できるように、成長の段階に合わせていろんなものを用意しています。

そうした整えた環境で育つうちに、子どもたちは自らの意見を持ち、発信し、自分で噛み砕いて伝え合えるようになってほしいですね。


大切なのは、子どもたちの体験を大人の都合で排除しないこと

―土橋園長にとって、保育園はどんな役割を担う場所だとお考えですか。

土橋:
僕たちは、子どもの命と未来を預かる責任者。園を運営する目的は、「預かる」ことではなくて「子ども自身が自ら育つ力を信じ、その成長を支援する」ことです。

リスクを完全に排除する考え方もわかりますし、体験の保障を保育園がしっかりやろうとしたら本当に大変。ですが一方で、子どもたちの目覚めや未来を考えると、このリバーキャンプのような体験はやめられません。

わたしは、“保育園は安全が第一“での運営はむずかしいと思っています。安全は大前提です。ですが、生活の基本的なことを体感すること、学ぶことも保育園の役割だと考えています。

例えば、私たちは0歳クラスから給食のお皿は陶器を使っています。陶器は落とすと割れる。危ないといえば危ない。けれど、園生活の中で子どもたちは大事にしないと壊れてしまうことを自然に学び、だんだんと割らなくなるんですね。僕たちも落としたからといって怒らず、「割れてしまうから大事にしなくちゃね」と教えます。

安全を保育園の前提とし、その前提の中でできるだけのことを体験することで、子どもたちは生きて行く上で大事なことを学ぶのではないでしょうか。

―土橋園長が保育園で子どもたちを育てるために大切にされていることは何でしょうか。

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土橋:
大切なのは、子どもたちの体験を大人の都合で排除しないように努めるということ。コントロールできるリスクの中で一見危ないことも経験でき、体験から学ぶことができる、そういう環境を作りたいと考えています。

僕らは、子ども達の命を預かる立場です。

僕が園長に転職した時、他の園長先生に「園長なんて絶対やめたほうがいいよ。人様の大事なお子さんを預かる責任なんて、自分達には負えないよ」と言われました。

実際、保育園という世界はすごく特殊で、僕も業務に追われる中、子どもの命を預かる重圧と責任に押しつぶされたこともあります。

そんな状況の中、できるだけリスクを排除したいと考える気持ちもわかりますし、「体験の保障」をしてあげたくても叶えられる力量や自信がないなら、リバーキャンプをやるべきではないとも思っています。

ですが、今は何とかできています。「体験の保障」で得られるものを大事にしていきたいと思ってやってみると、子どもたちがその成果を成長した姿で必ず返してくれるので、結局やめられないんですよね。


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リスクの中で子どもたちに体験させることの大切さ、それを実現するために大人は何をしたらよいのか。冒頭の問いに対する、一つの解を得ることができたお話でした。

子どもたちにとって一番大事なものは何かを考え、アクションを起こすこと。これが、わたしたち大人という存在ができることであり、子どもたちに対して担うべき役割の一つなのかもしれません。

土橋さんが園長を務める
社会福祉法人龍美ハッピードリーム鶴間の公式HPはこちら
http://ryobi.or.jp/hd-tsuruma/index.html