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【小説】遠いみち⑦

昭和31年正月──。

 年が替わり、この家に嫁いでから二度目のお正月を迎えた。
 去年のお正月との大きな違いは、私が身重であることだ。日に日にお腹が大きくなり、子どもはすくすくと育っている。
 これまで姉さんのお産を側で見てきたから、どんなふうに妊娠が進んでいくのか、私には大体、想像することができた。
 それでも実際に経験してみると、腹帯はらおびを締めた体で屈むことが大層つらく、毎日の洗濯や炊事にはとても難儀した。

 妊娠は病気ではないから、かえって動いた方がお産が軽くなるのだと言って、お義母さんは相変わらず厳しい。
 けれども一方で「精をつけなきゃいけない」と、鰻や牛肉、卵なんかをよく手に入れてこられた。

 昭さんは、付き合いで会食する時には、その店で折り詰めにしてもらったお土産みやげを下げて、帰ってきてくれるようになった。
 花枝さんが「あら、美味しそう」と、つまもうとすると
「こら! これは、和子の腹の赤ん坊への土産だよ。お前のじゃない!」
 と、ぴしゃりとたしなめてくれる。私は、そんなふうに言ってもらえるのが嬉しくて、何だか得意な気分になった。
 花枝さんもまた、そう言われて少しは膨れっ面をするものの、私がおしめや産着を縫うのを側で飽きずに見ていて、見よう見まねで手伝ってくれたりもする。
 
 お義父さんは、これまでよりも頻繁に顔を出されるようになった。そしてその都度、高価な子ども服や、外国製の玩具の箱なんかを抱えてこられる。
 子どもが余程大きくならないと着られないような、立派な洋服を見て、
「旦那さまは、気が早いねぇ」
 と、お義母さんは苦笑いをされる。
 それでも以前より、ずっと柔らかい表情で、お義父さんと話をされるようになった。

 そしてお正月の初参りの折りには、お義父さんが特別に、氏神様へ安産祈願のご祈祷を頼まれた。 
 お義父さんも、お義母さんも、昭さんも、花枝さんも、皆が子どもの誕生を、心から楽しみに待ちわびていた。


 ところが、お正月三日の、夕方のことだった。
 お義母さんが
「ちょっと寒気がするんだ。頭も痛くてね」
 と横になられた。
 そう言えば今日は、朝から顔色が冴えなかった。このところ冷え込みが厳しく、近在では流感(流行性感冒=インフルエンザ)も流行はやっている。
 お正月のことで、まだ休んでいたお医者さまを、昭さんが何とか頼み込んで連れて帰ってきた時にはもう酷い熱で、お義母さんは、ハァハァと荒い息をしておられた。
 
 お屠蘇気分の抜けきらないお医者さまは
「なに、ただの風邪でしょう。熱冷ましをあげますから、少し休まれたら、じきによくなるでしょう」
 と帰って行かれた。
 ところがその晩から、お義母さんの容体はどんどん悪くなった。翌日、さらに翌日と、熱冷ましを使っても、水枕をどんなに替えても熱が下がらず、あの気丈なお義母さんが、痛みに顔を歪めておられる。

 昭さんが慌ててもう一度、お医者さまを連れてきた時にはもう、いけなかった。
「⋯⋯旦那さまが⋯⋯復員された⋯⋯ようやく⋯⋯お帰りに⋯⋯」
 お義母さんは、うわ言を口にして、何かを掴もうと、しきりに痩せた腕を伸ばされる。お義父さんは、昭和12年の結婚後すぐ軍隊に召集され、終戦間際にも再度、応召されている。
 私はこの期に及んで、いつも決して弱音を吐かないお義母さんの、奥底の本心を見たような思いがして胸が詰まった。

 花枝さんがお義父さんを呼びに行き、会社の事務員さんが方々へ電話をかけてくれたけれど、そうこうしているうちに、あっという間に危篤になって、皆が駆け付けた時にはもう、呼びかけても返事がない。
 お義母さんは、あまりにも呆気なく、わずか数日の患いで息を引き取られた。まだ五十四の若さだった。私の里の母さんは享年六十六だったから、その一回りも若い。
 私のお腹の子どもに会うことを、誰よりも心待ちにしておられたのに、それも叶わなかった。

 あまりにも突然のことで、何が何やらわからないまま、正月気分も吹っ飛んで、私たちは、お通夜、お葬式を迎えた。
 昭さんも花枝さんも、泣いて泣いて憔悴していた。
 お義父さんもまた、とても苦しそうに見えた。お義父さんは、本当は詫びたかったのかも知れない。心では、お義母さんに申し訳なく思っていたのかも知れない。けれども、あっという間のお別れだったから、お義父さんは元より誰も、何も言ってあげることができなかった。



 お義母さんの四十九日を終えて、梅の花がほころびはじめた頃、私は第一子となる女の子を生んだ。広い額も、目元も、どことなく昭さんに似ている。不思議なことに、血の繋がっていないはずのお義母さんにも、面差しのよく似た赤ん坊だった。
 とても難産だったけれど、無事に生まれた時には、お義父さんも、昭さんも、花枝さんも、それはそれは喜んでくれた。

 お義父さんは祝い酒と大きな鯛を買ってきて、そうして、ご近所中にお赤飯を振舞われた。商店街からも、ご近所からも、たくさんの人がお祝いに駆けつけてくれた。誰もが笑顔で、赤ん坊の顔を覗き込む。
 昭さんは一日に何度も仕事を抜けて、わずかな時間でも子どもの顔を見に立ち寄ってくれる。赤ん坊の小さな小さな手や足に、恐る恐る触れているうちに、沈みがちだった花枝さんにもようやく笑顔が戻ってきた。
 昭さんは、名付けの本を何冊も買い込んで、さんざん悩んだ揚げ句、この子を「千紗ちさ」と名付けた。

 お義母さんを亡くした悲しみを、この新しい命が癒してくれている。私は、去年亡くなった里の母さんにも、この赤ちゃんを見せてあげたかった。
 眠っていても、お乳を飲んでいても、泣き顔さえもかわいくて、私は、この子のためなら何だってできそうな気がする。
 たとえ世界中が敵に回ったとしても、この子さえいれば私はもう、何も怖いものなんかないように思えた。

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