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投資#232 非常に大きな代償を払わせられて得た教訓


書籍の情報


タイトル: 世界最強だった日本陸軍 スターリンを震え上がらせた軍隊
著者:福井 雄三
発行所:PHP研究所
発行日:2013年2月24日

書籍の抜粋


大東亜戦争の悲惨な敗退戦を回顧するとき、戦後の日本の論壇の一貫とした論調は、陸軍悪玉・海軍善玉論だった。それを簡単に要約すると、おおむね次のような意見にまとめられるだろう。
世間知らずの頑固固陋な陸軍が世界情勢を冷静に判断せず、列強相手に強硬姿勢を押し通して、負けるとわかっている無謀な戦争にみずから突入し、自滅していった。それに対して海軍は、世界情勢に詳しく通じており、日本の国力を冷静によくわきまえ、反戦の立場だったが、陸軍に引きずられ、心ならずも戦争をせざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
このような事実に反した馬鹿げた俗論を、われわれはいい加減に卒業しなければならない。これは日本の近代史を総括するときの、非常に大切で重要なテーマである。この点に関して誤った歴史認識を抱いているかぎり、われわれが過去の歴史を正確にきちんと総括して、新たな一歩を前に踏み出すことは永久に不可能だ。
歴史はとことん検証されなければならない。成功も失敗もすべて踏まえたうえで、今度はそれをさらに実りある豊かな未来へつなげ、発展させていくためにも。
議論をわかりやすくするために、次の要点を確認しておく。
1 陸軍の戦略は伝統的に北進論であり、仮想敵国はソ連(ロシア)だった。それに対して海軍の戦力は伝統的に南進論であり、仮想敵国はアメリカだった。
2 太平洋戦争は海軍の戦争だった。
3 一九三三年、海軍は陸軍から飛び出して別個の独立組織に昇格し、陸軍の指揮系統に服さなくなった。それによって日本の国防は二つに分裂した。
4 海軍の秘密主義、閉鎖主義、組織温存主義により、虚偽と捏造の大戦果報道が繰り返され、戦争後半の戦略を大きく誤らせた。
陸軍の基本戦略は大陸に向けられていて、特に満州国建国以降、対ソ連北進が陸軍の主眼だった。陸軍はアメリカとの戦争など、最初からまったく想定していなかった。だが海軍は陸軍に対する縄張り意識と対抗意識から、陸軍とは別の戦略を立て、対米戦略を策定していた。
海軍が自分たちの存在価値を示せるのは、対米英戦争の舞台で主役になることしかなかったのである。基本戦略は南進論だった。太平洋戦争は海軍がリードした戦争だったのである。
これでは海軍と陸軍が国を二つにわけて別々の戦争を戦っているようなものだ。国を挙げて一丸となっての戦略など立てられるわけがない。私はここに日本の歴史の大きな不幸を見る。そしてその原因をつくったのは、明治海軍の山本権兵衛だった。一八九三年、日清戦争の直前に設立された海軍軍令部によって、海軍は陸軍から完全に独立性を獲得した。しかしこれと同時に制定された戦時大本営条例により、戦時下では海軍は陸軍参謀総長に
服することがまだ義務づけられていた。
その後、日本海大海戦でバルチック艦隊を破った日本海軍の栄光は頂点に達し、日露戦争後、陸軍から完全に独立した別個の権力機構の創設を要求しはじめた。一九三三年に海軍軍令部は軍令部に改められ、陸軍参謀本部とはまったく同等同格の組織に昇格した。つまり海軍は陸軍から飛び出して、別個の独立王国をつくってしまったのである。これによって海軍は陸軍とはまったく関係なしに、独自の国防戦略を策定することが可能になった。バルチック艦隊撃破と目もくらむような蓋世(がいせ)の偉業で、神格化されてしまった海軍の神秘のイメージが、このような滅茶苦茶な横紙破りをまかり通らせてしまったのである。
ここに陸軍と海軍と言う別個に独立した二つの統帥系統が成立することになったのである。もちろんそれらは最終的に、大元帥閣下である天皇に収斂されることになっていたが、これはあくまでも建前である。実質的には飾りの存在にすぎない天皇が、具体的な作戦指揮などできるわけがない。

北進論と南進論

感想

抜粋した理由

8月の終戦の日が近づくと、
戦争関連の本が目につく
ことがおおいですね。

4月の昭和の日も、昭和が
どのような時代であったのか
振り返ることが多いです。

歴史はとことん検証されなければならない。

とありまして、
私も検証をと思います。

本文

―――1―――

陸軍の戦略は伝統的に北進論であり、仮想敵国はソ連(ロシア)だった。

とあります。

2022年からウクライナで
悲惨な戦争が続けられています。

ウクライナ以外の候補に
日本もあったのだとか。

戦争の面から見れば、
今の自衛隊の視点からも、
仮想敵国はロシアであるべき
なんでしょうね。

専門家以外、私も、
平和ボケしていました。

というか、やばい国としか
隣接していませんね・・・。

―――2―――

それに対して海軍の戦力は伝統的に南進論であり、仮想敵国はアメリカだった。

他人の主張を真に受けて
はいけないので、仮に正しい
として考えます。

特に、要約なんて書かれると、
もとが分からなければ、
いいように捻じ曲げられて
しまいますからね。

結局のところ、歴史を見れば、
アメリカとの戦争に至ってしまった
のですから、

仮想敵国を実際の敵国にして
しまったという点で、正しい
主張に思えます。

例え反対意見があったとしても。

屁理屈はいくらでも、得意な人は
つくれますからね。

―――3―――

その後、日本海大海戦でバルチック艦隊を破った日本海軍の栄光は頂点に達し、日露戦争後、陸軍から完全に独立した別個の権力機構の創設を要求しはじめた。

日露戦争での勝利は、
こんなところに影響
していたのですね。

イギリスにロシアとの
代理戦争をさせられた
という認識でいるのですが、

勝てて良かったねという
印象でした。

明治維新では、欧米列強の
植民地にならないようにと
知恵を絞っていて、

それから30年ぐらい後の
話ですよね。

30年あればそれぐらいできる
という人もいれば、30年で
それは無理だと考える人に
分かれると思います。

植民地になることを危惧して
いた国が、30年で、単独で
欧米列強の一部に勝つなんてね

なかなかレアでないでしょうか。
後ろ盾がいないとね。

この戦果に当時の人は酔いしれた
と思います。

そして、陸軍と海軍が別個になる
という悲劇をもたらしました。

仕事においても、指揮命令系統
は1つというのが原則です。

これを破るとどうなるか、
非常に大きな代償を払わせられて、
教訓を得たと言えそうです。

それを活かすか殺すかは、
受けて次第になってしまう
ところが、何とも難しいですね。

まとめ

非常に大きな代償を払わせられて得た教訓は、
指揮命令系統は1つというのが原則


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