何もかもを忘れないで世界。

小学生の頃遊園地へ行ったことを時折思い出す。
誰が連れて行ってくれたのか、誰と一緒だったのか、もう思い出せないけれど、お土産にひよこが描かれたバッジを買ってもらったことはよく覚えてる。それがとても嬉しくて、本当に大切に思っていて、持っていってはいけない学校へ持っていっては、ポケットの中に手を入れてごそごそ触ったり、こっそり見たり、そうしてほくそ笑むような、そんな当時の宝物。

ある日の帰り道、友だちに見せた。
「特別だよ。わたしの秘密。わたしの宝物」
手の平をそっと開く。
「かわいいねえ。ねえ、貸して」
「いやだよ」
「すぐ返すから。ね、いいでしょう」
彼女はそう言って、嫌がるわたしの手からひよこのバッジを取って
「10秒目をつむっていて」と言った。

「8、9、10、・・もういい?」
「この道のどこかに隠しました。どこでしょう!」

それが、最後。
どこをどんなに探しても、見つからなかった。
わたしは泣きながら家に帰って、きっとあの子が盗んだんだって思った。
浅はかに見せびらかしてしまったばかりに、少し気に入っていたのか、おもしろくなかったのか、あの子はこっそりポケットに入れたんだ。
わたしよりあのバッジを大切にできるわけもないのに。


わたしはこの思い出をひどいことをされたものとして記憶していて、もう20年くらい経っているのに不意に思い出しては「小学生はなんて残忍」と、幼少期の自分のことをすいっと棚に上げて恐ろしくなったりする。

でも。
もしもこのことがなかったら、遊園地へ行ったことも、買ってもらったひよこのバッジのことも、もうとっくに忘れ去って、思い出すことはなかったかもしれないな。

世界から今にも消えてしまいそうな、確かにあったことを何とか繋ぎ止めておけているのはきっとあの子のおかげで、もしもあの子も覚えているのなら、世界でたった二人、繋ぎ止め続けているのだと思う。

もう会うこともないお互いに過去のひとだけど、こんなことでわたしたち繋がり続けているんだね。


もちろん、わたし一人の可能性も大いにありますが。

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