カミングアウトは❝一世一代の大勝負❞。
皆さん、こんにちは。うみです。
前回の自己紹介の記事に、たくさんのスキをありがとうございます^-^*
まさかあんなに多くの方から頂けるとは思っていなかったので、とっても嬉しかったです。これからも体調の良い時に更新していきますので、ゆるりと宜しくお願い致します。
さて、暫くは読者の方々のニーズが高そうな「うつ病からの回復過程」について書いて行こうかと思っていましたが、すごく嬉しいことに先日LGBTQ+の方がフォローしてくださったので、今回はそれに関する話題を書こうと思います。
カミングアウト~私は性的少数派です、と告白すること~
カミングアウト、という言葉を皆さんはご存知でしょうか?
「相手に『私はLGBTQ+のいずれかです。つまり、セクシャル・マイノリティなんです』と打ち明けること」を意味するのですが、実はこれ、私たちセクマイにとっては結構ドキドキする大勝負なんです。
なぜなら、カミングアウトをしたことで居場所を失い、深い傷を負うかもしれないという大きなリスクを孕んでいるから。
事実、親に「自分はセクシャル・マイノリティなんだ」と打ち明けたことで家族の絆が壊れ、故郷に帰れなくなったLGBTQ+当事者(以下、当事者と書きます)の方はたくさんいらっしゃると聞きます。
こんな風に、性的少数派である私たちは、多数派の方々が思うよりもずっと繊細な世界を渡り歩いていたりします。
最大の鬼門「両親への告白」~もう嘘は吐けなくて~
私がやっと自分をレズビアンだと認められたのは、34歳になってからでした。その話は追々しようと思いますが、そんな事情なので両親にはカミングアウトしていませんでした。
「もう自分に嘘は吐けない」
そう思った私は先ず、母に打ち明けることを決意します。
尚、カミングアウトの方法は様々なのですが、私の場合は少し独特だったかもしれません。
先ず、母に投げ掛けた一言がこうでした。
『お母さん、同性を好きっておかしいと思う?』
母から帰ってきた返事は、こうでした。
「ううん、おかしいなんて思わないよ?」
次に私は、こう問います。
『そうなんだ。でもさ、流石に自分の娘がそうだ、って言われたらビックリするよね?』
そうです。二段階戦法です。
先ずは、相手の方が同性愛など性的少数派に理解があるかどうかを確かめ、その後で「もし自分の親族や友人など、関係者が当事者だったらどう思う?」という方法で攻めていくのです。
これは私なりの相手への配慮でもありました。
いきなり「私はセクシャル・マイノリティなんだけど。。。」と切り出すよりも、相手も心の準備が出来ると思ったからです。
因みに母からの返答はこうでした。ちょこっとだけ間が空いてから、
「ん、ちょっとね」
と、笑顔で答えたんです。
私はその母を見て「あっ、すごく人間らしいな」と思いました。
自分に素直で、娘のために自分の感情を偽ることもしない。
かと言って、セクシャル・マイノリティを否定する訳でもない。
私は母から、こうした率直な反応を貰えて良かったと、心から思いました。
一番緊張した、父へのカミングアウト
さて、母への告白が終わった次は、父に打ち明けることです。実はこれが一番緊張しました。
母から「お父さんは海が大好き」と何度も聞いていたのもあり、その娘がまさかレズビアンだなんて知ったら父はどう思うか。
ましてや私はうつ病治療中で、療養のために実家へ帰ってきた。もしも父がショックを受けたり怒りを覚えたりすれば、私は家に居られなくなるでしょう。
そんな緊張と恐怖を抱えながら、私は父にカミングアウトを行ったのです。
それは忘れもしない、想い出深い一日となりました。
2023年10月28日。ちょうど、釧路市で「LGBTセミナー」が行われた日です。
日本 の LGBT社会運動家であり、認定NPO法人 グッド・エイジング・エールズ代表の松中権(まつなかごん)さんが遥々東京からいらしてくださって、LGBTQ+についての様々な知識と実情を教えてくださった、とてつもなく尊い日でした。
松中さんの勇姿に背中を押され、私もレズビアンであることを告白。
すると松中さんが温かなエールをくださり、セミナー終了後には釧路市でLGBTQ+フレンドリーバーを営む当事者の方からお声を掛けて頂いたのです。。。!
「自分に嘘を吐けない」たったそれだけが私の原動力でしたが、それがここまで大きな動きを生み出すとは思ってもいませんでした。
この出来事に喜びを高揚感を覚えた私は、この日に父へカミングアウトしようと決心。
場所はなんと、お寿司屋さんです。笑
この日は父が「たまには外食でもしよう」と言ってくれて、行きつけの回転寿司屋さんに行ったのでした。
私ももう少し場所を選べ、という話ですが(笑)父に「こういうお話を聞きに行ってたんだ」と松中さんのLGBTセミナーのパンフレットを見せます。そして父がそれを一通り見た後、私は切り出します。
海「ねぇ、同性が好きとかっておかしいと思う?」
父「いや、思わないな」
海「でもさ、自分の娘がそうだって言われたらビックリするでしょ?」
父「ビックリしないよ。お前が幸せならそれでいい」
緊張と恐怖がゆっくりと静かに解け、胸の中に安堵が少しずつ生まれていくのを感じていました。
父「結局、普通は異性を好きになるけどお前の場合はそれが同性だったってことだろう? 子どもの人生は親が代わりに生きられるものじゃない。それに、親が『こうしなさい』って言って思い通りの人生を子どもに押し付けることもできない。しちゃいけないんだよ」
父が語る本心に、私は胸がじーんと温かくなり、かつてない幸せを感じていました。
その後、帰りの車の中でLGBTQ+についての話題を父から振ってくれました。
札幌ではパレードが行われていること、パートナーシップ制度についてのこと、自治体レベルでは理解が進んでいるから国も遅れをとってはいけないこと。
「勘当されたらどうしよう」と恐れを抱いていた父は、なんと一番の“アライ”だったのです。
※アライ:LGBTQ+当事者について差別や偏見がなく、理解を示したり支援してくれたりする人たちのこと。「味方」を意味する“Ally”から来ている。
レズビアンの私として自分らしく生きる勇気
母からはすごく人間らしい反応を、父からは本音ベースの深い理解をもらった私は、当事者として、レズビアンとして自分らしく素直に生きて行こうと強く思えたのでした。
カミングアウトは"運"が多分に絡むものでもあります。
私は理解ある両親に恵まれた。そして時代的にも、LGBTQ+への関心が高まりつつある頃に生まれる事が出来た。私が上手くいったのは、たまたまだったのかもしれません。
だからこそ、この幸運を大切に自分らしく生きていきたい。
私も、孤独や世間の目に悩む当事者の方のチカラになっていきたい。そんな風に思いながら両親に感謝し、うつ病療養を続ける日々です。
……さて、今回は力が入って長くなってしまいましたが、読んでくださり本当にありがとうございます!
書いている途中で「前後編に分けようか」と思いましたが、この話は一度に書き切った方が良いかもしれないと思い、一記事にまとめさせて頂きました。
今後はもう少し短めの、サクッと読める記事を書いていきますので、楽しみにしていてくださいね。笑
良かったら感想など、一言でも構いませんのでコメントくださると嬉しいです。もちろん、スキだけでもとっても励みになります^-^*
それでは、読んでくださったあなたに心からの感謝を。また次回まで。
うみ
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