「ネット情報の海に溺れないための学び方入門」第6回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その4)専門雑誌とオープンアクセス

今回は、専門雑誌の記事・論文を探す方法です。村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』は、「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」という言葉で始まりますが、データベースのような「情報を探す道具」にも完璧なものは存在しないのです。それぞれの特性を知って使い分ける大切さも、もう一つのメッセージです。

雑誌と聞いて、まず思い浮かぶのは『日経ビジネス』や『東洋経済』等、お馴染みのタイトルでしょう。しかし、これらはコンビニでも買えるほど幅の広い読者層に向けたものであり、じつは氷山の一角に過ぎません。
この世界には無数の業種や研究領域があり、求める情報の特殊性によって『月刊住職』や『養豚の友』、さらに『月刊廃棄物』や『月刊糖尿病』といった、専門性の高い雑誌が存在します。国立国会図書館では、日本の雑誌だけでも約7万タイトルを所蔵しており、その奥深さは計り知れません。
< https://www.ndl.go.jp/jp/use/collections/ >

研究者等の専門家は、過去100年以上の専門雑誌を検索して「これまで誰も達成できてない事は何か」を見出すことから、未知の世界を切り拓いています。
また、失敗の事例集としても使えます。「そのやり方ではダメだった」と知っているのは基本的には挑んでみた人だけですが、それを記録として蓄積することで人類共有の財産となっているのです。
それでは、専門雑誌の各号に載った記事・論文を実際に探してみましょう。まずよくある間違いとして、図書館の蔵書検索サイトで探してしまいがちですが、そこでは『月刊○○』という雑誌自体と「どの号があるか」は見つかるのですが、各号に掲載された記事・論文の題名はデータとして持っておらず、検索してもヒットしません。

そこで、『CiNii (サイニィ)Research』(国立情報学研究所)(無料) <https://cir.nii.ac.jp/> 等の「雑誌記事・論文を探すためのデータベース」を使います。
ここで「新型コロナウイルス」を検索してみると、2020年8月20日時点で1907件がヒットし、前の日から約200件増えていました(SARS等の4件以外は、すべて今年の記事・論文でした。ちなみに「新型コロナ」だと1982年の『トヨタ技術』という自動車専門誌に載った「新型コロナの開発」という論文もヒットしてしまいました)。
新型コロナウイルスについては、医学誌だけではなく、ビジネスや教育、社会保障や労務管理等、さまざまな雑誌が多角的に扱い、それぞれの専門家が執筆しています。
検索結果には「抄録(要点の紹介)」が載っている場合もあり、実際に手にする前に「参考になるかどうか」を見極めるのに役立ちます。

こうした知見が本になるには時間がかかり、しかも専門性の高い雑誌は書店にさえも並ばないので、探し方さえ知っていれば、得られる情報の質と量には差がつきます。
他にも、国立国会図書館の『雑誌記事索引』(無料) < http://www2.chuo-u.ac.jp/library/db_zasaku.htm > 等があります。データベースごとに収録雑誌の範囲や対象が異なるため、同じキーワードでもそれぞれ違った検索結果となります。
また国立のような公的機関には「娯楽的な雑誌や記事は収録しない」等の方針があります。したがって、あえて芸能ゴシップを探す必要がある場合には、大衆娯楽誌や風俗誌を専門とする『大宅壮一文庫雑誌記事索引』 < https://www.oya-bunko.com/ > (有料・図書館で契約している場合あり)のほうが有用な場合もあるのです。

一つのデータベースですべてを探せれば理想的に思えますが、あらゆる雑誌を対象にしたものは現在のところ存在しません。たとえばテレビのニュース番組も「政治や経済は知りたいが、グルメ情報は要らない」等、目的によって選ぶように、すべての要素を一ヶ所に盛り込むと、かえって目的の情報は見つけづらくなり、不便になるのです。
これは検索エンジンも同様で、「1つの巨大な情報源」だけに頼ると「玉石混交の情報の山の中から一つ一つ選別し、その信頼性を自力で検証する作業」が必要となります。
しかも各種データベースが持つ「価値と責任のある情報」は、それを使って探すたび動的に展開される「深層Web」という領域にあり、検索エンジンで直接見つかる「表層Web」には存在しないものがほとんどです。

このように「情報を探す道具」は多種多様ですが、「何を使って探すか」で悩んだときは、『リサーチ・ナビ』(国立国会図書館)< https://rnavi.ndl.go.jp/rnavi/ > が心強い味方になってくれます。
さて、各種の雑誌記事・論文データベースで検索した結果からは「何という雑誌の、何年に発行された何巻の何号に、誰が書いた何という題名の記事・論文が載っているか」がわかります。いよいよ図書館の蔵書検索サイトを使って雑誌名で検索し、図書館が当該の号を持っているかを調べましょう。利用している図書館になかった場合、前回説明した「本の入手方法」と同様に、他館からの取り寄せ等の相談もできます。

ところで雑誌は、つい最近までは「印刷物を手にする」以外になく、「その図書館に無い」「誰かが読んでいる」「貸し出し中」等の場合には、読めませんでした。
ところが最近は、電子版の雑誌も出てきました。基本的には購読料がかかりますが(図書館で契約している場合あり)、誰でも無料で読めるオープンアクセスの雑誌も増えています。オープンアクセスの定義は「Budapest Open Access Initiative (BOAI)」 < http://www.budapestopenaccessinitiative.org/read > によるものが最も一般的です。ここでは、文献等の研究成果を自由に利用できることに加え、「内容の同一性を保持した上で再利用を認めるべき」として著作権の壁を取り除き、また標準の違い等、技術的な障害もなく利用できることされています。

また、情報の発信者側が「この条件を守れば私の作品を自由に使って構いません」と、万国共通のマークを付けて意思表示をするためのツール「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」 < https://creativecommons.jp/licenses/ > も、広く使われるようになってきました。
筆者も、このたびのコロナ禍により在宅での学習を余儀なくされた大学生や高校生に向けた「図書館リモート活用法」の資料を公開しましたが、そこには「CC BY-NC」マークを付けて「著者名・タイトル・本サイトURLを表示し、かつ非営利目的であれば、内容の改変や教材等としての配布ができます」と記し、学校等の現場で広く活用してもらえるようにしました < https://researchmap.jp/umetaka/資料公開 > 。
『CiNii Articles』の収録対象にも、オープンアクセスのものが増えています。たとえば、検索結果に「機関リポジトリ」というボタンが表示された場合、クリックすれば、電車の中でもスマホでも、そこから一歩も動かずに全文をPDFで読めてしまいます。
機関リポジトリとは、大学や研究機関がその研究成果を自発的にネットで公開するものなので、受け手側には一切の費用負担がありません。他にも「J-stage」というボタンも同様に、国立の科学技術振興機構(JST)が、日本の国際情報発信力強化を目指して公開しているために、無料で読めます。

商業雑誌は購読料で成り立っていますが、研究者や研究機関は、対価ではなく研究成果が活用されること自体を目指しています。
たとえば高橋和利と山中伸弥(いずれも京都大学)がiPS細胞について2006年に『Cell』誌に書いた論文”Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors”は、これまでに1万4千回以上引用されており、世界に与えたインパクトと人類への貢献は、とても金銭には換算できません。
ところが『Cell』自体が高額な雑誌の一つであり、こうした一流誌の価格が年々上昇して入手が困難になっている問題があります。これに疑問を持ったランディ・シェクマン(カリフォルニア大学バークレー校・2013 年ノーベル医学・生理学賞受賞)は、対抗措置として自らオープンアクセスの専門誌『elife』を創刊して初代編集主幹となり、世界に無料で公開しました。

このように、オープンアクセスの推進によって「無料の情報は信頼性が低い」というかつての常識は、すでに過去のものとなりました。こうした複雑な状況下、適切な価値基準を持って情報を見極める力は、ますます重要になっています。

(続きはこちら)
第7回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その5)統計と公的データベース

※この連載が、大幅な加筆のうえ書籍化され、
岩波ジュニア新書から
「ネット情報におぼれない学び方」として刊行されました。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b619889.html

[筆者の横顔]

梅澤貴典(うめざわ・たかのり)中央大学職員。1997年から現職。2001~2008年理工学部図書館で電子図書館化と学術情報リテラシー教育を担当。2013年度から都留文科大学非常勤講師を兼任(「アカデミック・スキルズ」・「図書館情報技術論」担当)。2012~2016年東京農業大学大学院非常勤講師(「情報処理・文献検索」担当)。主な論文は「オープンアクセス時代の学術情報リテラシー教育担当者に求められるスキル」 (『大学図書館研究』 (105) 2017年)等。

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