「ネット情報の海に溺れないための学び方入門」<最終回>第10回:「学ぶ」知識から「使う」教養へ(アウトプット)

本連載では、これまで図書館やオンライン情報源を使った学び方(インプット)が中心でしたが、今回は最終回なので視点を変え、自分の考えを発信すること(アウトプット)がテーマです。
どれほど多く知識を集めても、そこから自分ならではの知見を生み出し、言葉や文章にしてみなければ、未来には何も残せません。しかし、ほんの小さな思い付きのアイデアでも、発信さえすれば、どこかの誰かに活用される可能性が生まれます。その情報を求める人に「検索される」側になるのです。

かつて、広く発信する手段は出版や放送などに限られ、個人にはハードルが高かったのですが、現在はネットの双方向性を利用すれば、極めてニッチな分野であっても、興味関心のある相手に届けられます。
とは言え、何を発信すべきか思いつかない人も多いと思われます。そこで、夏休みの自由研究のように考えてみましょう。小学校時代、自由研究にワクワクできず負担に感じていた方は、それが本当に「自由」であり「研究」であったかを思い出してみてください。
もしも誰かが決めた課題ならば「自由」ではなく、市販の実験キットで既知の現象を再現するのは(貴重な学びの経験ですが)、「研究」ではありません。

キーワード検索の回数から人々の興味関心の推移が分かる「Googleトレンド」に「自由研究」と入れて、折れ線グラフを見ると、毎年決まって夏休みの終盤、8月下旬になると検索回数が急増しています < https://trends.google.co.jp/trends/ > 。
コツコツ進めれば必ず終わる算数ドリルとは異なり、自由研究は「何から手をつけたらよいか」も「どこまでやれば完成なのか」もわからない厄介者で、つい後回しにしてしまい、この時期に救いを求めるのでしょう。
ちなみに「読書感想文」も、ほとんど同じカーブを描き、いずれも9月1日を境にパッタリと検索されなくなります。

「自由」も「研究」も、本来ワクワクするはずのものなのに、子どものためによかれと思って課せられた宿題が「乗り切ってしまえば終わり」では、あまりにももったいないです。「9月1日の呪縛」から解放され、大人になったいまこそ、本気で自由研究に取り組んでみませんか?

まずテーマを「自由」に考えてみましょう。学校ではつい先生が喜ぶ模範的なものを選びがちですが、そんな縛りはもうありません。ふと身の回りに目を向けてみると、仕事からプライベートまで、種々雑多な問題が思い浮かぶはずです。
たとえば「うちの店にもっと客を増やすには?」のように「個別具体的でオリジナルな問題」は、本にズバリと解決策は載っていません。検索エンジンで探しても、誰も明確な答えを示してはくれません。つまり、自分で調べて考える価値のあるテーマです。

身の回りでテーマが見つからないならば、世の中にあふれる「困りごと」や「助けが必要な人」を想像して、自分がたまたま得意なことの役立て方を考えてみてはいかがでしょうか。本人は価値に気づかなくとも、他者にとっては得難い知見であることは多いです。
たとえば本連載は、多くの人がネット情報に依存しがちな時代だからこそ、基礎的な情報源である図書館の利点や、司書としての知識・技能が役立つはずだと考えて書き始めました。
また、どんなに革新的なアイデアも、既存の材料を複合して生まれます。そして、その組み合わせが意外だったり、もともと接点がないものだったりすると、これまでにない発想につながります。

筆者は、コロナ禍による「ステイホーム」と、本来は相容れないはずの「図書館」を組み合わせて、高校生や大学生向けのリモート活用法の資料と動画を作ってみました。人生初のYouTube公開は緊張しましたが、全国の学生や教員から反響があり、挑戦した甲斐がありました < https://researchmap.jp/umetaka/%E8%B3%87%E6%96%99%E5%85%AC%E9%96%8B > 。

次に「研究」について考えてみましょう。辞書的な意味は「物事を詳しく調べたり、深く考えたりして、事実や真理などを明らかにすること」(小学館デジタル大辞泉)です。つまり世界中の誰も知らない扉を開けてみることです。

研究の一般的な手法としては、まず問いを立て、解決の仮説を考え、それを検証していきます。本連載でずっと扱ってきた地元の活性化を目指すならば、「我が町の商店街に賑わいを取り戻すには?」も立派な問いであり、「こうしたらよいのでは?」というアイデアが仮説です。
海外を含む別の町の成功や失敗事例を集めて、地元に置き換えてみたり、ニーズを把握すべくアンケートを取ったり、試行的にキャンペーンのような社会実験をしてみたり……が検証にあたります。こうして生まれた改善策が「その町で初めての試み」ならば、紛れもなく未知の扉を開くこととなります。

このように、発信の形は本や論文に限らず、ビジネス上の企画や提案という方法もあり、可能性は無限です。
研究に限らず、実用を目的としない随筆やコラムにも意義があり、同じ思いの人の共感を呼んだり、誰かの助けになる可能性もあります。
本を読んでもすぐ忘れてしまう人は、簡単な書評から始めるのも一手です。学んだ知識を人に説明できるまで咀嚼する必要があるため、理解が深まる利点もあります。

SNSや動画サイトも、会議も、人前で話すことも、すべて発信の場です。その際に、確かな情報を材料にすることで自信がつき、付加価値も高まります。
最近は「自分史」を執筆する人も増えていますが、幼年期や学生の頃に世の中で起きた出来事まできちんと調べれば、歩んだ時代と正確にリンクした内容になります。
自分史の内容そのものは、当然どこからもコピペができません。どのような分野であれ、「ここに全てが載っている」という資料が存在しないならば、「教科書にない学び」が必要になってきます。

高校までの教科書は、栄養士がバランスよく監修した給食のようなもので、すべての基礎となります。また、大学生が自分の意思と将来の必要に応じて科目を選択しながら学ぶ内容は、豪華なビュッフェのようなものです。
ところが発信者になると、自分が「料理を提供する側」となるので、受け手とはまったく次元の異なる、知的冒険の旅が待っています。レシピどころか材料探しから始まりますが、それこそが醍醐味です。

万人向けの料理には面白味がないのと同様に、誰にも批判されない無難な内容では、受け手にも響かず、何よりも自分の筆が進みません。伝えたいメッセージが自分の中で腹落ちしていることが大切です。発信すれば、賛同ばかりではなく多様な意見が集まりますが、そこから新たな着眼点を学べます。
また、情報や知識は、ただ集めただけでは散逸しがちですが、常に発信を意識していると「あの問題には、これが使えるんじゃないかな?」と想像するようになり、頻繁に記憶の引き出しを開けるため、忘れにくくなります。

研究テーマを持ち「考えを発信する前提」で生きていると、読書に限らず、仕事や買い物を始め日常生活で触れる全てが「素材の宝庫」になります。
目や耳にする無数の選択肢から「そのものズバリ」ではなくとも、役立ちそうな材料を見つけては脳内で組み合わせ、思わぬ応用ができた時の爽快感は、何物にも代えがたい喜びです。

さて、本連載はいよいよ最終回を迎えました。第1回にも書いた通り、一生涯を通じて知的好奇心を持ち、心豊かに生きて行きたいと願うすべての世代の方に役立つことを願っています。
お読みいただき、ありがとうございました。よろしければ、ご意見やご感想をお寄せください。

・著者連絡先:umetaka@gmail.com

※この連載が、大幅な加筆のうえ書籍化され、
岩波ジュニア新書から
「ネット情報におぼれない学び方」として刊行されました。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b619889.html

・第1回:「ネットで何でも分かる」時代に、なぜ学ぶのか?~これまでに自分が得てきた情報は信用できるか?~
(807号、2020-07-20)
http://www.arg.ne.jp/node/10250
・第2回:ネット時代に、なぜ読書?なぜ図書館?~自分だけの世界地図と、脳内四次元ポケットを持とう~
(808号、2020-07-27)
http://www.arg.ne.jp/node/10258
・第3回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その1)学術情報の流れと成り立ち
(809号、2020-08-03)
http://www.arg.ne.jp/node/10266
・第4回:「『鬼に金棒』の図書館活用術(その2)事典と辞書」
(810号、2020-08-10)
http://www.arg.ne.jp/node/10274
・第5回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その3)本
(811号、2020-08-17)
http://www.arg.ne.jp/node/10282
・第6回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その4)専門雑誌とオープンアクセス
(812号、2020-08-24)
http://www.arg.ne.jp/node/10290
・第7回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その5)統計と公的データベース
(813号、2020-08-31)
http://www.arg.ne.jp/node/10298
・第8回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その6)地域・郷土資料とレファレンス(調べごと相談)
(814号、2020-09-07)
http://www.arg.ne.jp/node/10306
・第9回:ネット&図書館の複合的活用術
(815号、2020-09-14)
http://www.arg.ne.jp/node/10314

[筆者の横顔]

梅澤貴典(うめざわ・たかのり)中央大学職員。1997年から現職。2001~2008年理工学部図書館で電子図書館化と学術情報リテラシー教育を担当。2013年度から都留文科大学非常勤講師を兼任(「アカデミック・スキルズ」・「図書館情報技術論」担当)。2012~2016年東京農業大学大学院非常勤講師(「情報処理・文献検索」担当)。主な論文は「オープンアクセス時代の学術情報リテラシー教育担当者に求められるスキル」 (『大学図書館研究』 (105) 2017年)等。

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