「ネット情報の海に溺れないための学び方入門」第7回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その5)統計と公的データベース

課題の解決策を提案するにあたり、個人的な意見だけでは説得力が弱いので、裏付けとして統計等の数値データを使うことがあります。
このため、図書館には年鑑や白書等の統計資料もあります。さらに、最近は政府や自治体が公開している統計データベースも、重要な情報源となっています。

ネットのニュースでは「最近、少年犯罪が増加している」等と報じられ、根拠らしき数値が示されていると真実味があり、あたかも世間の常識のようになってしまっています。
しかし統計データは、解釈や切り取り方しだいで都合よく論じられる場合があります。また、そもそも材料にするデータの選択自体が不適切な場合もあります。

少年犯罪を例に挙げると、内閣府の「少年非行に関する世論調査」(2015年度(最新))によれば「実感として,おおむね5年前と比べて,少年による重大な事件が増えていると思うか聞いたところ,『増えている』とする者の割合が78.6%」とあります。
しかし、これはあくまでも世論調査なので「そう実感している人が多いこと」を示しているに過ぎません。もちろん世論も大切な指標ではありますが、「少年犯罪の増加」という事実を裏付ける証拠(エビデンス)にはなりません。

そこで、実際の数値を調べるために法務省の「犯罪白書」を見てみましょう。白書とは「政府の各省庁が、その所管とする行政活動の現状や対策・展望等を国民に知らせるための報告書」(小学館デジタル大辞泉)です。ネットでも公開されており、最新版まで入手可能です。
この世論調査と同じ2015年度版の「犯罪白書」 < http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/n62_2_3_1_1_1.html > によると、少年による一般刑法犯の数は、この時点までの5年間では2010年(103,627人)から2014年(60,251人)までに、じつに4割以上も減少しています(この後も減少を続け、2018年には30,458人まで下がります)。ピークは昭和まで時代がさかのぼり、1983年の261,634人でした。また、重大な事件に限定しても、やはり減少しています。

この減少には少子化の影響もありそうに思えますが、内閣府による「子供・若者白書」 < https://www8.cao.go.jp/youth/suisin/hakusho.html > によると、同じ5年間の刑法犯少年の人口比(14~19歳人口1千人当たりの検挙人員)は11.8人から6.8人に減少しており、少子化の影響を除外しても、少年犯罪が減っていることがわかります。

さらに、冒頭の「少年非行に関する世論調査」では、「おおむね5年前と比べて,少年非行はどのようなものが増えていると思うか聞いたところ,『掲示板に犯行予告や誹謗中傷の書き込みをするなどインターネットを利用したもの』を挙げた者の割合が63.0%」と最も高かったとあります。
ネットが普及すれば関連する現象は増えて当然ですが、犯行予告のような特殊な事件は、珍しいからこそニュース等で大きく取り上げられるのです。このため、発生件数が少ないにも関わらず強く印象に残り、まるで少年犯罪自体が増加しているような錯覚による誤解を生じさせます。

このように、主張の裏付けとして数字を用いる場合は「世論ではなく実数」等、目的に応じて適切な統計データを選択する必要があります。
それでは、各省庁の統計データの探し方に進みましょう。

まず「電子政府の総合窓口(e-gov)」 < https://www.e-gov.go.jp/publication/white_papers.html > には「白書・年次報告書等」として、各省庁の統計サイトにリンクがあります。また、国立国会図書館の「リサーチ・ナビ」には、「日本-白書・年報」 < https://rnavi.ndl.go.jp/politics/entry/JGOV-hakusyo.php > として、より詳細なリストが掲載されています。。
さらに、代表的な白書の目次・図表の抜粋等を掲載した『白書の白書』(木本書店・年刊)という資料もあります。

このような統計の一覧リストに輪をかけて便利なのが、各省庁の統計情報をキーワードで検索できる「e-stat」(総務省統計局)というデータベースです。
たとえば「りんご」で探すと、収穫や出荷の量に始まり、品種別の果樹栽培面積、家計の支出内訳や地域と属性による違い等、精緻で膨大な数値データを得られます。掲載された情報を加工しづらいPDFではなく、数字データとして利用しやすいExcel ファイルでダウンロードもできるため、たとえば経年変化を見るグラフも自由に作成が可能です。これにより、白書等の説明では見えなかった部分についても、利用者それぞれの視点で再分析し、評価や検証ができるのです。

ここまで大規模なデータを個人の力でゼロから集めるのはもちろん非現実的ですが、企業においても、調査会社に依頼する前に公的データベースで俯瞰的な情報を入手する等、各省庁をシンクタンクのように使いこなしてみてはいかがでしょうか。
各省庁が公開している統計データは、誰でも無料で使えます。これまでに強調して来た「価値ある情報は有料である」という原則とは矛盾するようですが、膨大な情報を集めるには当然ながら税金が使われており、国民全員が間接的に費用を負担しています。だからこそ、これらを使わない手はありません。

ただし、統計データは取り扱いと読み取り方に注意が必要です。たとえば新聞や雑誌の記事等の「加工された資料」は、すでに書き手の意図が反映されています。
さすがに数値の改ざんはしないまでも、主張を強調するためにグラフに意図的な加工をすることがあります。たとえば、通常はゼロとするグラフの起点をあえて高い数値に設定すると、僅かな差なのに大きく見えてしまいます。

こうした数字のマジックに騙されないための定番の本として『統計でウソをつく法-数式を使わない統計学入門』(ダレル・ハフ 著、講談社ブルーバックス、1968年)があります。変わったタイトルですが、「ウソのつき方」を通して、逆説的に「ウソの見破り方」と「公正な使い方」を学べます。

ある統計データの解説資料に興味を持ち、さらに細かく分けて考えてみたくても、加工前のデータが入手できなければ、分析はできません。たとえば「5年単位で数値をまとめたグラフ」からは、ある1年にだけ大きな増減があっても読み取ることができません。また、知りたい特定の事象について公的機関が統計を取っているとは限りません。

そこで、自力でアンケートを取れば、狙った通りの細かいデータが獲得できます。しかも、他の誰も持っていない情報なので、その価値は絶対的です。その際には、アンケート設計法等、社会調査と統計学の基礎知識が大いに役立ちます。まずは本で学ぶのが近道で、入門書やマンガも増えています。

今回、少年犯罪の事例については、統計データを単に並べて比較する「単純集計」のみを用いましたが、性別等の属性による差を分析する「クロス集計」や、「年齢が高いほど数が増える」のような相関を明らかにする「回帰分析」等を使うと、さらに分析が深まって説得力が増し、強い味方となります。

図書館というと文献情報(本・論文・記事)をつい連想しがちですが、統計データのみならず、「理科年表」(国立天文台)のような観測記録等も広く含めた「数値データ」もまた、課題解決のための重要な情報源の一つなのです。

(続きはこちら)
第8回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その6)地域・郷土資料とレファレンス(調べごと相談)

※この連載が、大幅な加筆のうえ書籍化され、
岩波ジュニア新書から
「ネット情報におぼれない学び方」として刊行されました。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b619889.html

[筆者の横顔]

梅澤貴典(うめざわ・たかのり)中央大学職員。1997年から現職。2001~2008年理工学部図書館で電子図書館化と学術情報リテラシー教育を担当。2013年度から都留文科大学非常勤講師を兼任(「アカデミック・スキルズ」・「図書館情報技術論」担当)。2012~2016年東京農業大学大学院非常勤講師(「情報処理・文献検索」担当)。主な論文は「オープンアクセス時代の学術情報リテラシー教育担当者に求められるスキル」 (『大学図書館研究』 (105) 2017年)等。

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