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青年

青年


炎に包まれ身悶ええする奇妙な動きは甘美なリズムにも見えた。

未成熟な魂にとってこの世界は自分の為にあると思えた。

何もかもが未知であり、自分には無限の可能性が開かれていると。

あらゆるものに貪欲で不屈の意志と強靭な体力を備えた青年に恐れというものは無かった。

 彼は野望と理想に燃えていた。

 ある日、彼の眼前で子供が死んだ。

 瞬時の、誰にも救えない轢死であった。

 遮断機は降り、金属音が鳴り響いていた。

彼の反対側から転がるようにふいに子供はくぐって来た。

そして轟音と共に幼い命は散った。

 彼は自分は夢を見たのだと、何度も自分自身に言い聞かせようとした。

だが、そこかしこに飛び散った血塗られた肉片、その光景が夢では無いと、事実を告げた。


 死や生存の謎は観念や情報では知っていたものの、所詮は他人事であった。

彼は自分が現実に見たもの、眼前で起きた事故を忘れようと努めた。

 だが、母親の狂乱する姿と肉片と化した光景が脳裏に焼き付き幾日もきえ      なかった。


 彼は外に出ることに恐怖を感じ始めた。

 彼の表情に老いが生まれ蝕み始めた。

未成熟な彼には燃える正義感と無力感が同居していた。

まだ忘却には縁遠い青さが彼の魂を徐々に侵食し始めた。


 家族も友人達も成す術はなかった。

 彼は自宅から一歩も外の世界に出ようとしなくなった。

 他者の死がこれほど他者の運命を変えるとは彼自身信じ難いことであった     であろう。


正に偶然とはいえ彼自身が立ち会った事件である。

 彼は孤独を引き寄せ、愛した。

 思考停止が彼の呪文となった。自縄自縛の球の内部に頑なに籠った。

   深い眠りを彼は愛した。


 忘我が今や彼の理想、熱烈な願望となった......


 だが、夢は彼の思惑を無視した。眠る度に鮮明な画像となって事件を再現     した。

 ついに彼は眠りをも嫌悪した。すでに老いは心身ともに蝕み、風貌も老人となった。

 不眠は神経を犯し、過敏さはあらゆる痛苦となった。

 極限状況の日々、彼は死こそが唯一の開放と思うようになった。


 彼はライターに火を点けた。ガソリンに浸された躰は一瞬に炎と化した。


 狂気とも歓喜ともいえる笑い声が燃え盛る炎から響いた......
                            


 二〇〇〇年一月七日

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