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「高学歴男女のおかしな恋愛~蛙化した彼とのその後~」第21話

 女と会う店は、聡子が紹介してくれた店を使った。
「高からず安からず、高級過ぎず、庶民的過ぎない・・・しかも、美味しいとこか」
 すべてを相手の女は値踏みしてくるだろう。
 聡子はそんなふうに言って、頭を悩ませていた。新藤は馬鹿らしいと思いながらも、楽なのでのってやる。
 聡子が悩みに悩んで選んだ和食料理の店は、なるほど感じのいい店だった。
 薄味で上品な味付けの料理も新藤の好みだった。
 テーブルの間隔も広く、聞かれたくない話もしやすい。
 新藤だけでなく、目の前の女の箸の動きもいい。料理を気に入ったようだった。
 祥太郎の愛人、香月里奈は整った女だった。
 華やかさはないが見れば見るほど美しいと感じる。端正な女だった。
 祥太郎が惹かれるのもわかる。
 里奈が面白半分に自分に会いに来たのはすぐにわかった。
 里奈が自分で言ったからだ。
「私、どんな男を出してくるか見たくて、それだけで来たんです。でも、新藤さん、なんか悪い人じゃないし・・・ごめんなさい」
「いや、それも仕方ないです。田上がおかしな提案をしたからでしょう」
「田上?」
「ああ、祥太郎の妻の旧姓です。もともとは私の部下だったんです」
「そうだったんですか。職場で出会ったとは聞いてましたけど・・・」
「その職場に祥太郎を誘ったのも私です」
「え?」
「聞いてませんか? 全部捨てて、仕事だけに集中できるなら会社に入れてやるって言った上司の話」
「ああ」
 里奈が複雑な表情をする。
 言葉とは裏腹に、初めて知ったような顔にも見えた。
「すみません。そんなに惚れた女が居たなんて、知らなかったものですから」
 新藤が会釈するように、小さく頭を下げる。
「いやいやいや、止めてください、そんな。それに、選んだのは祥太郎ですから。新藤さんは悪くありません」
 里奈が慌てて早口に言う。
 悪い女ではないと思った。好感は持てた。祥太郎がはまるのも納得だ。そう思うと、新藤の心の中に黒い雲が湧き上がる。
「田上のあの提案、ノルつもりですか?」
 正確には平井聡子の提案だ。
 聡子はきっと状況を複雑にしようと思ってこんな提案を口にしたのだ。平穏な人生を手に入れた友人が妬ましくて。
 女は恐ろしい。
「新藤さん、どこまで知ってるんですか?」
「おそらく、だいたいのことは・・・申し訳ない」
「そんな、謝らないでください」
 里奈が苦笑して続けた。
「こんなことがあれば、そりゃあ人は誰かにしゃべりたくなります。人がおもしろおかしくしゃべりたいようなことをしてる私たちが悪いんです」
「でも、恋愛は自由だ」
「既婚者でも、ですか?」
「それは・・・ちょっとまずいかな」
「ですよね。私、奥さんの気持ちもわかるんです。ご本人には、そうとは言えませんけど・・・そりゃあ怒りますよね。自分のテリトリーを荒らされたら」
「でも、もとはといえば彼は里奈さんのものだった」
「ものって・・・」
 里奈が異論を唱える。
 新藤は構わず続けた。
「奪ったのは、田上のほうだ。祥太郎の気持ちはずっとあなたにあったんだから」
「それは・・・言われればそうかもしれません。そんな気持ちがどこかにあったから、関係が復活したのかもしれない・・・そうですね、普通に出会ったら、結婚してるって知った時点で離れてた思います」
 里奈の歯切れが急に悪くなる。
 彼女は迷いながら祥太郎との仲を続けているのだ。
 聡子たちが言ってるような不敵さは里奈からは感じられないのだった。

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