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「女社長、十五歳年上の愛人と十五歳年下の部下に振り回される」第9話

 茜は旅行の準備を手早く済ませた。
 考えると手が止まりそうだった。
「やっぱやめよっか」
 そう言えば柊もほっとするはずである。しかし、柊は母のために、母も心配する明後日の方向へ走り出そうとしている。
 なんとしても止めなければならない。
 それに柊に頭を冷やさせるには、自分の突飛な行動はやはり有効なのではないかとも思えてくる。
 人の心を動かすのはいつだって思いもよらぬことなのだから。
 新横浜の駅に柊は、居た。
 約束より二十分も前についた茜に、柊は笑顔を見せた。
 彼なりに観念してこの旅行についてくる気になったのだろう。これまで面倒をみてもらったからこれぐらい仕方ないと思っているのかもしれない。
 最近の若者にしては柊は義理堅い子だった。
 二人分の弁当とお茶を購入し、茜は窓際の席に座った。隣に静かに柊が腰を下ろす。
 柊は音もなく動く。
 この点は客商売ではとても好ましく作用する。
 物静かで端正な柊は品があるし、彼がいると店が二割増し高級に見えた。
 やっぱり辞めてほしくないな。
 柊とその母のために何かしたいという私的な思いと商売人の欲が茜の中でうごめく。
 新幹線が動きだしたが、二人は軽い挨拶以外の会話をかわしていない。
 しかし、不思議と息苦しさはない。柊は他人に気を遣わせない男だった。
 あっちはどう思っているのだろう。しかも私いちおう社長だし。
 楽しい気分ではないことは容易に想像がつく。
 母親のことも心配だろうしな。
「お母さん、具合どう?」
「落ち着いてます」
「そう。良かった」
「はい」
 口数の少なさは相変わらずだ。突破口が見えない。
 さて、どうしますか。
 二泊三日でこの生真面目で頑固そうな青年の心を変えるのは難しいと再確認しながら、茜は飛び去っていく外の景色を眺めていた。

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