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すべてのの大人も子どもも、作り手であり、学び手であるオンラインの広場「カタリバオンライン」

長女は小学3年生になりました。

去年から新しくチアダンスを習っていて、隣町なので同じ小学校のお友達もいない習い事。コロナの影響もあって、送り迎えも施設の外で、先生やコーチとも他の保護者との交流がほぼない1年間を過ごしました。

また、地域の子ども会も去年はコロナでほぼ何の行事もなく、1年生の時は参加できる行事も少なかったので、子ども会とは何かがわからないままの去年で、今年は班の連絡委員という役割をすることになりました。

今日、やっと会長さんや副会長さんなどの大役の方とあいさつをして、私の班員の保護者の方ともあいさつが出来て、やっと少し顔と名前が分かったものの、マスクをしているのがノーマルな世界は、顔と名前を一致するのがとてもむずかしい。

私は、去年のコロナ禍での仕事はフルリモートだったので、マスクでコミュニケーションを取る環境ではなかったのもあって、すごく難しい世の中だなと、1年越しに思ってしまいました。

やはり、私は「誰のためにで楽しく動くことが出来る」ので、その【誰か】が、マスクがあることで、分かりづらかったり、【誰】かのことも知らないままで、何かが進んでしまうことが、とっても違和感で、モチベーションがあがりません。

これって、会社で仕事をしている人、学校で勉強をしている人、その他にもいろんな環境でマスクな世界があって、この1年はそういう1年だったんだなと思いました。

まだまだきっと、マスクをすることがノーマルな世界は続くと思う時に、
顔の見えない・表情の見えないコミュニケーションは、どんな世界にしていってしまうんだろうとすごく危機感を感じてしまいました。

今、私の仕事は、小学生のオンラインの居場所を作っています。
マスクのない、思い切り顔を見て表情を見て、大きい声を出してプログラムに参加出来る環境は、今のコロナ禍では必要な場所なのではないか?と感じた1日でした。

ここには、大学生や社会人のこどもが大好きな大人たちがいて、全国各地の子どもたちが毎日集まるオンラインの広場。

私の感覚だと、オンライン上に地域社会があって、毎日オンラインに接続すると、そのとき来た大人や子どもに会えて、「久しぶり〜」や「はじめまして」があって、子どもたちの成長を応援して見守っている大人たちのあたたかさが溢れている。

大人たちは、オンラインで出来る子どもたちに経験してほしいプログラムを考えて開催してくれているし、子どもたち自身も自分の「やりたい」をプログラムにして開催出来る環境もある。

すべてのの大人も子どもも、作り手であり、学び手であるこのオンラインの広場は、マスクが当たり前の世界で、地域社会が変化しているリアルな世界に+アルファで、コロナ禍になる前の世界の体験が出来るっていう提案を自信を持ってしていいのではないか?と感じました。


40歳カウントダウンチャレンジ中。一緒に40歳をお祝いしてくれる気持ちをサポートしてくれたら幸せです。スカイダイビング計画中!!