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不登校のむすめとわたし…その後のその後~チャレンジは続く~

フェイスブックの思い出でむすめの高校入試の時の記事が上がってきた。この3年前のこと、今までに起きた出来事が写真と一緒にあふれ出してきた。

私のnoteの記事はあまり読まれることはないのですが、この記事は人気のようで…時々読んでくださる方がいるということは、おそらく、不登校という言葉にひっかる人たちだろう。


不登校の子は合格がゴールじゃない。それからがけっこうたいへんだったりする。むすめも合格したものの一年生の半分は欠席したと思う。



フリースクールの先生は「全部授業に出なくてもいいからね」

「休み休み行くんだよ」「無理しなくてもいいんだよ」っていつも言う。



「お休みする」というと、

休んだほうがよさそうだって自分のことがわかっていることだから

いいことなんだよ。

しっかり休みな~と言ってくれる。



私たちの育った時代は「学校はいかなくてはいけない」休んでいいのは病気の時だけ、そんな厳しい雰囲気が漂っていたから、



すぐに「休め休め」言うフリースクールの先生が悪魔なんだか天使なんだかわからない状態だったけど、今や私もすっかり、洗脳されて



新学期になったからって頑張らなくていいんだからね。

休み休みでいいんだからね。



と本気で娘に言っている自分がいて、私もずいぶん変わったな~って思った。



もっとやさしくなっていいんだと思う。



もっと世の中全体がやさしくなるといいなって思う。



今日は不登校その後…のその後…について書こうと思う

まさしく、不登校児にとって、合格はゴールではなかった…

二年生の時は調子よく通っていたけど、三年生はほとんど学校に行くことができなかった。

むすめの通っている高校は「チャレンジスクール」とい。、その名の通り何らかの理由で学校にいけなかった子供たちの、もう一度頑張りたい!チャレンジしたい!という気持ちを後押ししてくれる学校だ。やる気が出た子は大学にも行けるし、単位制の学校なので、単位がとれるまでゆっくり(最長6年)かけて卒業しても良い。

とはいえ、一年生の終わりには三分の一くらいの生徒が、転校したり、来なくなってしまったり、二年の終わりには、残っている生徒は半分くらいになることもあるらしい。(新しい環境へと転校してゆくことは、その子にしてみたらチャレンジだろうから、環境を超えた子たちにとって、チャレンジ校はその役割を十分果たしていると思う、卒業がゴールではない)

昨年は、私の両親が一度に体調を崩し、介護のため信州と東京を行ったり来たりだった。父はいつあちらの世界に逝ってもおかしくないくらいの状態だった時もあり。むすめのことは二の次だった。

わたしがいくらむすめに関われていたとしても、引きこもり、扉を閉めてしまったら、それまで。なのである。
両親のことがなかったとしても、むすめは、引きこもったかもしれない。

なにも、こんな時にまた不登校にならなくても…
あともう少ししたら、高校を卒業できるのだから、頑張りなよ!私だったら、なんとか、頑張るけどな~って心の中では思っている。(本人にはいわないけど、言うとややこしくなるので…)
今の学校にこだわらなくても、自分の居心地の良い方法、通信制に変えたり、家の近くの学校に転校する方法だってあるのに…(これについても、言ったところで、すぐに動ける人ではない、言っても仕方ないから言わない)

むすめは18歳
もう、これまでに十分私ができることはしてきたつもり…

自分の人生なんだから、自分で決めるしかない。
高校を決めた時だって、私ふくめ、彼女をサポートしていた関係者たちは、その高校にゆくのは、かなり勇気のいる「チャレンジ」だね~と思っていた。ちょっと高めのハードルだったけど、高めのハードルを設定したのは本人なのである。

引き続き…高めのハードルにチャレンジするのか
ハードルを低くするのか
ハードルが飛べるようになるまでになんとか気力をあげるのか
逃げ続けるのか…

本人が決めるしかない。

私のチャレンジは、引き続き、見守るチャレンジである。手を貸すことは何もできない、もどかしいけど。

それから、世の中、世間を気にしないこと。
むすめと同じ年齢の子は大学へ進学したり、就職したり、自分の道を見つけて旅立ってゆく時期である。むすめも、学校にいけてたらああだったのに、こうだったのに、と、世の中の基準にあてはめても何もならない。むすめはむすめだ。むすめのペースがある。

しかしながら、さすがに、いつまでも、ぐずぐずしているむすめの横にいても、何も変わらないから、私が家から出ることにした。ほんの少し仕事をはじめた。

正直、私も、社会に出てゆくことが怖かった、ブランクがあるし、勘は鈍っているし、わたしなんて使い物にならない看護師だろうな…ってずっと思っていたけど。チャレンジしてみることにした。

チャレンジできてる時って、ちょっと、気持ちがいい。それがどんな小さなことであっても。





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