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アシダカグモと4時間戦った話

出ました。
アシダカグモ。

デカすぎるだろ。なんだアイツ。デカすぎるだろ。


遭遇

夜。いや、深夜一時をまわった頃。
寝室で漫画を読んでいた僕はそろそろ眠ろうかと一息ついた頃。

いた。
天井に巨大なクモが。
おどろきで息が詰まりながら、静かに僕は部屋をあとにした。
心臓飛び出るかと思った。

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雑魚

人は僕のことを雑魚と呼ぶでしょう。
たかがクモ。たかが虫だぞ。日本男児の恥だと言うでしょう。

正直に言います。僕は虫が苦手です。怖い。
怖いよな!?(強要)
逆に虫に怯えがない人ってなんすか? なんで怯えないか教えてくれよ!!

当然、サイズによりますよ?
蚊やコバエなんぞにいちいち悲鳴はあげませんとも。
でもやはりゴキブリサイズを超えてくるとそうはいきません。
いくらカブトムシと言えど枕元にいたら驚くでしょう。
「うおっ!……びっくりしたぁ……」ぐらいは言うでしょう。

少年あこがれのカブトムシでさえ、急に現れたらビビるものなのです。
ましてや寝室に現れたら余計に。ええ。

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恐怖

なぜ人間は虫ごときに怯えるのでしょうか。

大昔に人類の天敵だったがゆえ、本能的にそういった特定の虫に対して畏怖してしまうと聞いたことがあります。
……なるほど。ですが理由はもっとシンプルです。

スッ……

スッ……とそこにいることが怖いのです。
これが最初の理由です。

相手が人間、さらに家族であっても、そこに無言で立っていたら怖くないですか?
深夜にリビングでテレビを見ていたら、母親が静かに後ろで立っていたらゾワッてしませんか。

「びっくりしたぁ……なんか言えよ!」

ってなりませんか。
ホラー映画と同じ手法です。
そう、虫はホラー映画と同じ手法で現れます。
とにかく気配がない。
それも当然。呼吸音もなければ、体重も軽く音もほとんどしないわけです。だから気付いたときにはそこに『いる』のです。

そしてもうひとつ。それはビジュアル。受け付けない。
虫好きの人、ごめんなさい。

やはり我々は人間です。生き物を見るとき、目を見ます。そして口、手、などを一目で認識しているかと思います。
自分を基準に生物を見るわけです。
犬や猫はわかりやすい。目も耳も口も鼻も手もあることが認識できて、人間と大きく変わりがないです。

それじゃあクモはどうでしょう。クリーチャーに見えませんか。
仮に人間に目が4つあったらどうでしょう。5つあったら?いや、3つでも怖いんじゃないでしょうか。
怖いというか、違和感を感じると思うんですよね。ぞわって。説明できないような恐怖感です。その根源は自分たちを基準として違和感が働くかどうかなんじゃねえかと思うのです。

それでいうと、虫ってかなり人間とかけ離れた形ですよね。手足は多いし、目はどこにあるかわからないし、羽が数枚あったり、見たことのない機能備わりすぎなんですよ。

よくいうと、生きるに無駄がない生命体って感じのビジュアルです。

でも僕は怖い。

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弱者

弱い奴には強気になれる。人間に限らず動物の本能的なものです。
蚊などの小さな虫、小さなクモであれば、部屋に出ようと恐怖を感じません。なぜなら絶対勝てるからです。

ところが大きければ大きいほど『生き物』感が強くなり、人間が勝手に決めた圧倒的弱者という立場から、『同じ生命体である』と、それを存在感で主張してくるのです。

コンビニ店員を見下して怒鳴ったら、店員に言い返される感じです。
きっとクレーマーは途端に言葉を詰まらせその場をあとにするでしょう。
一方的に勝てる相手ではなく、衝突するならば話は違ってくるのです。

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序章

最初の話に戻ります。

別の部屋に避難して一時間。こうしていたってベッドで眠れるようになるわけじゃない。そう思い、ついに立ち上がります。

行こう、寝室に。探そう、クモを。
手に殺虫スプレーを持ち、長い棒を持って一時間ぶりに僕は寝室へと戻ります。

扉を開けると、そこには静かにいつもの部屋が広がっていました。
いつも以上に静かに感じるほどに。

正直、もはや蚊が飛んだだけでも声が出そうなくらいに緊張して怯えていました。
相手は手のひらほどの大きさがあるクモです。足も目もいっぱいあります。模様だって怖いです。
極限の緊張状態の中でどこに潜んでいるかもわからない、そんな怪物を探さねばならんのです。

さっきいた場所にはいない。その周辺にもいない。確実のこの部屋のどこかに隠れたことだけは間違いない。
静かに周りを見回し、壁や天井も確認します。足元、物陰、すべてが怪しく見えてもはやパニック状態です。

持っている棒で物をどかしたり、布団をめくってみたり、慎重に捜索を進めます。
そしてベッドの真横にかかるカーテンを優しく叩きます。やはりいない。
念のためにゆっくりとカーテンを開いてみますが、結果は同じ。

パスン! と最後の確認を兼ねて強めにカーテンを突いたそのとき、トサッと布団への落下音を立てて『ヤツ』が現れたのです。

デカい。大きい。デカいデカいデカい。

頭の中はそんなことで埋め尽くされます。
おそらく一秒にも満たない時間、僕はヤツを見つめて身体が硬直します。というより頭はフル回転しているために、身体へ動く信号を送れない感じです。

ベッドの上に着地したヤツはカサカサっと足を進めます。

速い。

人に例えるなら2歩程度。それでも十分に素早いことが分かりました。
クモはそもそも素早い生き物ですが、小さすぎるがゆえにあまり早くは感じないでしょう。
それも手のひらサイズにかわるとその限りではないのです。
狭い室内の中ではおそらく向こうの方が素早く動けるでしょう。

もはやアシダカグモは『デカいだけのクモ』ではなく、大きく素早い『生物』であることをこのわずかな時間で僕に理解させました。
虫と感じない。どちらかというと蟹とかそのレベルの、いわゆる動物と呼べる存在に感じました。

深夜2時ごろ。僕は大声をあげて、また部屋を飛び出しました。

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作戦

僕は人間です。高い知能を持ち、高度な文明の中で生きています。
しかし、寝室というフィールドにおいてはアシダカグモの方が上手なのです。

触れたくない、ベッドの上で殺したくない、かといって放置したくもない。
人間であるがゆえの足かせが僕にボディブローをかまします。

『圧倒的不利』

人間がくだらない誇りやこだわりを捨てて野生ならなければヤツには勝てません。
しかし人間であることを存分に活かして僕は戦うことを決めました。
階段で。

まずはスマホで検索します。
アシダカグモ 殺す
アシダカグモ 駆除
アシダカグモ 逃がす
アシダカグモ 捕獲

とにかく検索に検索を重ねて、勝利の法則を探します。

『アシダカグモは益虫です』
『アシダカグモはゴキブリを捕食し、人間に害はありません』

だからなんだ!!放置できんわ!!

理屈はわかる。理由もわかる。
いくら調べてもアシダカグモを擁護する文ばかり。
存在が有意義でも放置はできなくね?
こいつは家の小物を定期的に片づけてくれるよ。全身眼球だらけの怪物だけどね。
いや怖いだろ。片づけてくれるのはありがたいけど、全身眼球だらけの怪物だったら存在を無視できんだろ。毎日恐怖でしかないだろ。
アシダカグモが害虫日本代表ゴキブリを捕食してくれるとはいえ、あんだけデカいクモだと拒絶しちゃうじゃんか。しちゃうじゃんか……。
逆にゴキブリとアシダカグモはなにが違うんだというのが僕の率直な気持ち。

いやもちろん厳密にはいろいろと違うと思うんですが、寝室に出現した以上は何も違いはないのです。敵、というと少し違うけれども、安眠を妨げる存在といえば同じ存在であるのです。

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偽善

調べ続ける僕の中にはひとつの気持ちが沸き上がってきました。

『なんだか殺すのは可哀そうだな……』

人間とは勝手な生き物だなと思うのですが、すぐに情(のようなもの)が湧くのも人間っぽいというか、この時点で深夜3時ごろ。僕はアシダカグモを殺す方法ではなく、生きたまま外へ逃がすことへ意識を向けていきました。

家にあったAmazonの箱、そして紙製の長い筒。この2つを組み合わせて疑似的な虫かご(捕獲装置)を作りました。
作戦はこうです。先ほど同様に棒であぶり出して、捕獲装置で抑え込みます。
寝室は2階。捕獲装置を開けずに引きずったまま一階へと運ぶ。

問題は階段を降りてすぐの場所。右方がリビング左方が玄関へと向かいます。
右方、リビング方面入り口付近は若干形が複雑なため、そちら側に逃げられると僕が追い詰める形にはなりますが、マジの正面対決になってしまうのでそれだけは避けたい。
ここで僕が編み出した方法はあえてリビングの扉を開けて、リビング内にある扇風機で玄関方向に風を送り出すというものです。やはり生き物である以上、リスクは避けるもの。風に向かっていくことはないだろうとの策です。

あとはヤツを発見し、捕獲に成功すれば、玄関へ追い込むことができる。
そうやって重い腰を上げて、階段を上がり、決戦の場『寝室』へ。

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再戦

僕の装備は以下の通り。
・長い棒
・捕獲装置
・殺虫スプレー

そして少しでも恐怖を克服するため、長ズボンと靴をはきました。
あ、靴の裏にはガムテープがしてありますので室内は汚れません。

いざ、寝室へと足を踏み入れます。

ゆっくり扉を開けると、扉に糸(ほこり?)のようなものがなびいていました。さながらモンスター映画です。
まずは足元、そして天井、そして扉付近の壁を確認しながら慎重に入室していきます。
ベッドを確認しますが当然ヤツの姿はもうありません。
そしてまた天井、周囲を確認。部屋の四隅、物陰へと目をやります。

捕獲装置を置いて、部屋にあった椅子を中央へと持ってきます。僕はその上に乗り、足元へアシダカグモが来ないよう対策しつつ、長い棒でカーテンを叩きます。
強く突くように何度もカーテンを攻撃。反応はなし。
ゆっくりとカーテンを開けますが、姿はありません。

恐る恐る椅子から降りて、顔を床へと近づけます。しっかり確認しますが机や床の上には居ない様子。

次に押し入れへ向かいます。
ガサツなので押し入れの扉は開けっ放しなのでここへ逃げ込んだ可能性は高いだろうと踏んでいました。決戦を覚悟し、丁寧に四角になる場所を確認していきます。

とても静かな空間です。気配を感じられないのだから当然です。
僕の動く音だけが部屋に響きます。

……いない。

アシダカグモは慎重、憶病、そして素早いと調べた通り、探しても姿が見えない。完全に消えたと感じました。
しかし、扉は閉めていたので確実にこの部屋のどこかに潜んでいるのです。

燻し出すように隅っこや押し入れに軽く殺虫剤をふって、部屋の電気を消し、無念にも部屋をあとにします。
これは敗北ではなく、長期に渡る戦いのための知恵なのです。
実はアシダカグモに隠れられても、電気を消して静かにすれば姿を現すことがあると、スマホで得た知識を活用し、僕は戦略的撤退をしたのです。
戦略的です。あのビビってたとかではないです。戦略的撤退です。

階段で時間の経過を待ちます。
深夜3時過ぎ。そもそも寝ようとしていた僕の身体はそろそろ限界が近づいていました。

夢か現か、なぜこんな状況なのか。現実をうまく飲み込めません。
頭はぼーっとしていて、スマホを触る気にもなれません。ただ時間が経つのを静かに階段で待つのみです。

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発見

しばらくしてから、また寝室へ戻ります。
電気をつけて、慎重に足を踏み入れ、先ほどと同じように確認していきます。基本的にはさっきと同じ行動で姿を探します。
ですが、やはり見つかりません。
カーテンを開いていきますが同じ場所にはいないのか、見つからない。

寝室にカーテンは2つあるのですが、ひとつはベッドの真横。そしてもうひとつがベッドから離れた部屋の角にあたる場所です。
ここも開くのですが見つかりません。窓にはわずかにオレンジの太陽が差し込み始めていました。

僕はアシダカグモを燻し出すためにまたスプレーを隅にふります。
決着を急ぐ僕は部屋を出ずに、その場でヤツが現れるのを待ちました。

早朝の日が差し込む部屋で、僕はヤツを同じように気配を消してなるべく静かに辺りを目視します。
やはりいないか……。と思ったそのとき、わずかにカーテンが開く窓枠の上部、その角に朝日と重なって、僕は数時間ぶりにヤツの姿をこの目でとらえたのです。

息が詰まる。シュミレーションは何度も頭の中で繰り返した。作戦もしっかりある。でも、しかし、身体が動きません……。

デカい。怖い。やばい。の3つだけで頭の中がいっぱいになってしまいます。
そしてテンパった僕は静かに一度部屋を出ます。
この部屋から出しては一大事だ!と扉を軽く閉めたところで、根本的な解決にはならない!と思い返し、

そして決着をつけるため、僕は意を決してすぐに部屋へもどりました。

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決着

部屋は朝日で満たされ、オレンジ一色。長く続いた戦いのせいで体は汗ばみ、べたべたしています。眠たさで意識はすっとぶ手前。
家には母やおばあちゃんしかいません。当然、虫が得意ではありませんし、僕が安心して眠るためには僕自身でヤツをなんとかする以外に方法はありません。

事前にたてた作戦通りにヤツをおびき出し、捕獲装置で一度捕まえようと、先ほど居た窓に向かってまたスプレーをふり様子を見ます。
それから長い棒を使ってカーテンをめくったり、つついたりして姿を出させようとこちらから攻めます。
ここで決着をつけよう。アシダカグモ。

…………おかしい。出てこない。
アシダカグモはとにかく素早い。もしやこのわずかな時間で逃げたのかもしれない。
そんなことが頭をよぎります。

椅子の上から攻撃していた僕の意識が向かない場所。『床』ならばそれも考えられます。カーテンの内側にいたヤツが滑り降りて床に辿り着くのはたやすいはずです。
僕は辺りを見回します。

(スプレーをふってまた様子を見るか?)
(今日は諦めるか?)

いや、決着をつけに来たんだ。
僕はスプレーは使わず、なるべく静かに、極力、音を立てずに椅子から降りました。

ヤツは憶病で人間から姿を消して行動する。これまでになんども繰り返して行った、部屋をあとにしてしばらく静かにする。それを応用して、寝室中央、こちらの気配を消して辺りに集中します。

小さなクモと違い、向こうは巨大です。静かに移動できるとはいえ、全くの音を立てず動けるわけがありません。
完全な静寂に包まれた寝室。僕は呼吸すら静かに、そして体も制止させて、音に集中します。

達人VS達人。のように。
ヤツが音を出せばヤツの負け。僕が音を出せば逃げられて僕の負け。

相手は夜行性です。ここで逃げられては決着はいつつくか見当もつきません。

静かに。とにかく静かに。
誰も動かない部屋で物音がたつはずはないのです。どれだけかすかな音であれ、それは違和感であり、この寝室においてはヤツの居場所を示す証拠なのです。

…………
………………
…………………………

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カラッ………………。

かすかに音が聞こえました。
その場所はくまなく探したと思っていた窓の方向。
ヤツはスプレーや、カーテンへの捜索を逃れ身を潜めていたのです。

ゆっくりと慎重にカーテンめくると、内側の隅にヤツが見えました。
当初の予定通り捕まえるか、しかし今なら容易に殺すこともできます。

作戦通りいくなら、こちらの目的はヤツを外へ逃がすこと。
いけるか? なんども自問自答を繰り返します。

カーテンの内側に捕まるアシダカグモ。
窓際。その角。弱っている。ここで決着をつけたい。
窓……?

僕は窓を少し開けます。
ヤツは静かに身を潜めているつもりなのでしょう。僕の目にはかすかにヤツの姿を確認できます。

温い湿った風が部屋へ入ってきます。
ついに決着の時。

長い棒を構え、カーテンを外へ押し出すように突き刺す!
ヤツが勢いで降り落ちるように迷いなく強く突きました。

これでヤツを振り落とせていなければ再度部屋へ戻ってきたヤツは慌てて部屋のどこかへ逃げるでしょう。そのときは僕の負けです。
カーテンを戻して確認します。

ヤツは振り落とされました。姿がありません。
窓の下にある駐車場へ落ちたのでしょう。

換気のために部屋の扉を開けて、この戦いは幕を閉じます。

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戦友

約4時間に及ぶ戦いは幕を閉じました。
駐車場に出て、ヤツの姿を確認しに行きます。

そこにはまだ生きているアシダカグモが歩いていました。

彼は彼で懸命に生きているわけで、僕に命を奪う権利はありません。
このまま放置しておくとまた家に入ってくる心配もありましたが、そのときはまた追い出すだけです。

それから1時間は彼を見守って、僕は家へ帰りました。

翌日。
彼の亡骸にアリが集まりうごめいていました。
スプレーが効いて時間差で死んだのでしょう。

悲しむわけではありませんが、少し気分が落ち込んだ気がしました。
こうして長きに渡る戦いは完全に終わったのでした。
朝日と共に終わるのもホラー映画っぽいなと思いました。
べったべたの汚い僕はさながらホラー映画の主人公です。気持ちめちゃくちゃわかりました。ホラー映画の主人公ってめちゃくちゃ大変です。
みんな知ってますか。そうですか。

一説には主食となるゴキブリを食べにアシダカグモはやって来るのだそう。
つまり。

この戦いはまだ終わっていないのかもしれません。

サポートいただいたものは今後の作品に使わせていただきますので、ぜひサポートのほどよろしくお願いいたします! 今後も気合を入れてバシバシ書いていく所存です!