打算が働いてしまう
学習塾に就職して1年目。
私の入社とほぼ同時に入塾してきた中3のMくんという生徒がいた。
志望校は地域で偏差値1番のA進学校。今のMくんの成績だとだいぶ厳しい。
それどころか、2番目のB進学校でも厳しいという状態だった。
国語と英語が苦手で、その2教科に特に力を入れるという方針で進めていった。この塾は週1回から通えるのだが、彼は週4で通っていた。数が多いので接する機会も当然増える。
私にも少し慣れてきてくれたかなというころ、「将来学校の先生になりたい」ということを打ち明けてくれた。
私自身、中3の時点で将来やりたいことなんて特になかった。大学に行きたいからとりあえず進学校に行こう。それだけだった。大学で何を学ぶのかも考えたことがない。
だからこの時期になりたいもがあることが素晴らしいと思ったし、それを自分に話してくれたことに感激した。
「そうなんだ!素敵な夢だね」
そう伝えた。
夏休みが終わり、学校祭も終わり、いよいよ本格的な受験モードに入った。成績も上向きになってきているけれど、志望校にはまだまだ遠い。B高校の可能性が少し出てきたかなという状況。
そろそろ現実的な受験校を決める時期。だけど本人はあくまでもA高校にこだわる。
なぜそこまでこだわるのか。疑問をそのままぶつけてみよう。
電話で保護者に聞いてみた。
すると、
「私たち親はどこの高校でもいいと考えているのだけど、本人がその学校に入らないと先生になれないと思っているみたいで」
そしてそのあと思いがけない内容が続いた。
「以前うちの子が『学校の先生になりたい』と言ったとき、『素敵な夢』と塾で言ってもらえたのがとても嬉しかったみたいで。学校の先生から『この成績では無理』と言われたらしいから」
B高校でも教員になれる。学校でもそう言われるだろうに。でも夢を否定されてから、学校では言いにくかったらしい。
それからMくんと話し合い、B高校を第一志望として受験することにした。
Mくんはほぼ毎日塾に来た。
そして見事合格。
入社1年目の印象的な出来事のひとつだった。
このあとも将来目指すものを明かしてくれる子がたくさん現れる。
「素敵」だと伝える。
ここに嘘はない。
だけど、そのときどうしても打算がちらつくことも否めない。
あのときの経験から、そう言われると「嬉しいと思ってもらえるのではないか」という打算が。
できないことばかりで、早く経験を積みたいとヤキモキしていたあのときの私に、経験が浅いからこそできることもあるんだよ、と言ってあげたい。