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得意料理を17年ぶりに失敗した話

 得意料理を失敗した。ここまで盛大にこの料理を失敗するのは、ひとり暮らし初日にやらかして以来、17年ぶりだ。その料理はポトフである。

 私は以前「ひとり暮らし初日のポトフ」というエッセイを書いた。ひとり暮らし初日に作ったポトフが思ったように作れなくて落ち込んだ話だ。


 その作中で「今ではもう失敗することはない」と書いておきながら失敗をした。しかも今回は完全に私の油断による失敗だ。

 昨日の夜、いつものようにポトフを作っていた私は煮込みの段階でついスマホを手にとってしまった。煮えるまでネットサーフィンで暇をつぶそうとしたのだ。特に買うものがあるわけでもないのにAmazonのサイトを眺めながら、「へー。めっちゃお得じゃん」とAmazonのCMそのままのような台詞を呑気に呟いていた。

 違和感に気づいたのは煮込み始めて15分くらい経った頃だった。ポトフらしからぬ焦げ臭いニオイが鼻の奥をかすめたのだ。慌てて鍋を覗くと、汁気がすっかりなくなった哀れなポトフがそこにいた。運の悪いことにそのとき使っていた鍋はわが家で一番焦げつきやすい鍋だった。具材をどけて鍋の底を見ると、一部が真っ黒に焦げついていた。火が強過ぎたのとネットサーフィンに夢中になっていて鍋を放置していたのが原因だ。何百回も作っているからという私の油断ゆえの失敗だ。

 とはいえ絶望していても何も始まらない。アクシデントは初動が大切だ。まずやったことはポトフの状態確認だ。幸い焦げは少しだけ、汁気がない以外はいつもとさほど変わらない。問題は味だ。器に少しよそって味を確認した。しょっぱかった。煮詰まって塩分が凝縮されたキャベツは浅漬け並みにしょっぱかった。これは大問題だ。ひとり暮らし初日に作ったポトフよりひどい。何かしらの対応をしないと今夜のおかずはナシという悲惨な状況に陥ることになる。

 すぐに残りを別の鍋に移し、水を足して火にかけた。寄せ鍋などをしたとき、終盤で鍋つゆが煮詰まったときに水を足して味を整える方法をダメもとでやってみたのだ。祈るような気持ちでポトフを見守った。今回は絶対に目を離してはいけない。頃合いを見計らって味見をすると、必死のリカバリーのおかげでいつもよりやや劣るくらいのレベルまで回復した。とりあえず廃棄という最悪の事態は免れた。あとは焦げついた鍋をきれいにするだけだ。すぐに水につけたことが幸いし、こちらも元通りに復活した。夫が帰ってくる頃には何事もなかったかのようなキッチンに戻っていた。帰ってきた夫に私はポトフを失敗したことを打ち明けた。

「実は今日のポトフ失敗しちゃって。リカバリーしたつもりだけど、おいしくなかったら無理して食べなくていいからね」

 気落ちする私をよそに、お腹を空かせて帰ってきた夫は勢いよくソーセージを頬張った。

「どこを失敗したの?普通においしいよ?ていうか今日のソーセージいつものやつじゃないよね?」

 それは偽りのない本音そのもので、夫はいつものように「うまいうまい」と言いながらポトフを完食した。補足しておくが、夫はおいしくないときはおいしくないと言うし、味オンチでもない。たまたま買ったいつもと違うメーカーのソーセージをひと口食べただけで、いつもと違うと言い当てられるほど違いがわかる男だ。

 おいしそうにポトフを平らげた夫を見て、私はようやく肩の荷が降りたような気がした。焦げついた鍋をきれいにして、どうにか味を整えて、手は尽くしてみたけれど、はたして食べてもらえるのか不安だったのだ。ああ、ちゃんとリカバリーできたんだ。アクシデントはあったけれど私はそれに対応できたんだ。そんな思いで心底ほっとした。

 ふと17年前の失敗作のポトフを思い出す。あのときは煮込み不足で失敗して、そのショックに打ちひしがれるだけだった。もう一度煮込むとか、レンジで加熱するとか何の対応もせずにただ落ち込むことしかできなかった。夕食ひとつまともに作れない自分がとてもダメな人間に思えて、ちゃんとした大人になれるのか、この先やっていけるのかそんなことまで考えるほどだった。

 以前のエッセイでも書いたが、17年前の自分にもう一度言う。あなたは大丈夫、ちゃんとやっていけるよ、と。ちゃんとした大人かどうかは置いといて、少なくともあの頃対応できなかったアクシデントに対応できるくらいの臨機応変さと知恵は身についた。困難があっても耐えるだけではなくて、工夫して乗り越えられるようになった。

 自分の成長、特に大人になってからの成長というものは気がつきにくいものだけど、振り返ると私も成長したんだなと感慨深い。それと同時にこの大失敗は自分の戒めでもある。どんなに得意なことでも、どんなに慣れたことでも油断しないこと。17年ぶりの大失敗はそんな気づきを私に与えてくれた。ポトフはやっぱり私の原点だ。

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