【禍話リライト】体育館の搬入
学校は、怪談の宝庫だ。
保健室、トイレ、図書室、夕暮れの教室……挙げればきりがない。
これは体育館にまつわる奇妙な話。
【体育館の搬入】
現在30代のAさんが高校生の時に、変わった体験をした。
通っていた高校は、他の多くの学校と同じく校舎と体育館が少し離れており、渡り廊下というほどのものではないものの舗装されたアスファルトを超えるような形で通路が設定されていたという。簡易な屋根が付いていたが、幅にして2メートルもあるかどうか。
この通路には、土足では踏み入れないようにと厳しく言われていた。もちろん、校舎とつながる通路をうやむやにすると、泥やほこりを持ち込んでしまう故だったのだろう。
先生もその辺は気を付けていてルールは守られていた。また、外部の業者が来ても、体育館の搬入口は別に設定されていたため、その通路をまたぎ超えることはなかったという。
Aくんは、運動部には入っていなかったが、ある夕方に体育館の近くを通りかかった。すると、その通路をまたぐようにして車が駐車してある。体育館の生徒用入口の真ん前だ。軽バンだったので『きっと搬入口を知らないんだ。教えてあげよう』と思った。そこの階段を使わなくとも、荷物の出し入れができる場所があるのだ。
体育館に入ると、電気は点いていなかった。大きなライトと小さなライトがあるのだが、その両方ともが点けられていない。ぼんやりと非常灯の明かりが広い空間を照らし出している。スイッチの場所も知らないのか。あるいは、作業が終わりかけなのか、すぐ終わる作業なのか。
奥の方に、人の気配がした。一人ではない。複数人だ。
薄暗い中目を凝らすと、中年の男女4人が大きな段ボール箱を運んでいた。
しかし、眺めていても作業はすぐには終わりそうもない。
車の置いてある入り口はこちらなのに、どんどんと体育館の奥の方へ行く。てっきり入り口近くの倉庫を使うのかと思っていたが、動線から考えると一番奥の段の下にある、椅子などをしまうスペースを目指しているようだ。
振り返って、車を観察する。どこにでもあるバンだが、会社のロゴなどは全く入っていない。個人の車だろうか。
結局、作業している人たちに話しかけにくい雰囲気だったので、車の置き場所のことも照明のことも触れずに、そのまま帰ってしまった。
翌日、Aさんは朝早くに登校した。
朝の学校の雰囲気が好きで、苦労せずに起きれる質だからかほとんどクラスで一番に学校へ来ていた。教室へ向かう前に職員室へ寄ろうと足を向ける。本当は委員長の仕事なのだが、配布するプリントを代わりに受け取りに行くのが日課になっていた。
職員室に着いて中を覗くが、担任はまだ来ていなかった。いったん教室へカバンを置きに行こうかと数歩歩くと、すぐ隣の印刷室の前で声をかけられた。
「昨日はどうもねぇ」
振り向くと眼鏡をかけたおばさんが立っていた。同じ言葉をもう一度繰り返される。「昨日」の心当たりは、昨夕、体育館でのことだけだ。搬入していた人の中にいたような気がしないでもない。
「ごめんなさい。どちら様でしょうか」
間違いだったら、申し訳ない。
「いやだなぁ。教頭先生だよぉ」
と言う。
そんなはずはない。教頭先生は初老の小太りの男性で、昨日も全体朝礼で堅苦しい話をしていたところだ。
『もしかして、今日から教頭先生が交代になるのか? 大人の事情というやつだろうか』
そう思わないでもないが、とっさに「そうなんですか?」と間の抜けた返事をしてしまった。
「そうだよぉ」
そう言って、中年女性はコピー室の引き戸を「ガラガラ……」と開けて中へ入ってしまった。後ろ手に戸が閉まる。
コピー室は、その名の通り中央に大型のコピー機が置いてある場所だ。資料置き場も兼ねており、全面の壁に棚が置いてあって昔からの文書が保管されているため明り取りの窓がない。職員室にコピー機があると、駆動音が大きいため、わざわざこの部屋に置いてあるのだ。しかも、学生が勝手に使えないように普段はカギがかけられている。
目の前で中年女性が入った扉を見る。曇りガラスの向こうは真っ暗だ。当たり前だ。電気を点けないと窓がない部屋は暗いままだ。
何となくイヤな予感がする。気持ちが悪い。
しかし、その前を通らないと、教室へは戻れない。
どうにも足が向かずに、職員室前の生徒が反省で立たされる場所に置いてある椅子に腰を下ろした。
しばらくすると、担任の先生が来た。
「なんだA、怒られるような顔をして」
「あの、えっと、コピー室……」
その言葉を聞くと、先生は部屋の引き戸に手をかけた。
すんなりと開く。
女性が入って行って、中から何の音もしないのだから、当然だ。
「あれ! 真っ暗だな。誰かいますか?」
中からは何の反応もない。
「不用心だな。昨日の最後の人が鍵をかけ忘れたか。朝会で注意を促さないとな」
先生が、職員室から鍵を持ってきて施錠した。
「あの、中に誰もいませんでしたか?」
「誰もいないよ。中、真っ暗だぞ。一応、電気を点けて確認したけど」
「もう一つおかしなことを聞きますけど、教頭先生って変わりますか?」
「何を言ってるんだお前。疲れてんのか?」
あきれ顔で担任の先生は、腕を組んだ。
しかし、自身を教頭と言った中年女性は、間違いなく部屋に入っていった。もちろん、その入り口以外に出入りできるところはない。
結局おかしなことがあったのは、この朝だけだった。
以降Aさんは卒業するまで、日暮れ以降の体育館には近づかないようにしていたのだそうだ。
Aさんは、「これで終わってよかったと思うべきなんでしょうね」と話を締めた。
〈了〉
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出典
禍話アンリミテッド 第十九夜(2023年5月27日配信)
8:50〜
※しかし、は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。
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