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【禍話リライト】かわいそうの袋

 時に、心の問題なのか、本当の怪異なのか見分けがつかない怪談がある。
 しかし原因がどうであろうとも、体験者に怪異が起こっていることには変わりがない。
 これはそんな話。

【かわいそうの袋】

 Aくんの母の兄にあたる伯父さんは、働かない人だった。
 といって、生活保護を受けていたわけでもない。母の母、つまりAくんの祖母が資産家ということもあり、そのすねをかじり続けていた。
 仕事ができないわけでも、頭が悪いわけでもないようだが、一人暮らしのアパートの家賃も出してもらっていた。
 年に1回親戚で集まった時も、おざなりな挨拶をする程度で、「触れてもしょうがないし」と厄介者扱いをされていた。

 日々することがないため、あちこち出歩いていて、その中でトラブルを巻き起こすことがあった。ある時も、コンビニで店員と揉めた。気弱そうだと思ったのか、大声を出して相手を泣かせてしまったのだ。これは、完全にアウトで警察沙汰になってしまった。
 そんなことがあり、普段の素行の悪さも相まって、その地区の様々な店からクレームが寄せられるようになった。
 そこで、親族内の相談窓口とまでは言わないが、お祖母さんやAくんの母以外に何かあったらすぐに動ける若者の連絡先が必要となった。そこで、若い男性で比較的時間の融通の利くAくんに白羽の矢がたてられた。
 何か連絡があった折に、そちらへ向かって「すいません」と頭を下げ、状況によっては、祖母や母と連絡を取る、そんな役割だ。
 もちろん、伯父とも連絡先を交換することになった。ただ、やましいことがあるのか、日中ほとんど電源を切っていたそうだが。
 母からは、「ごめんね」と言われたものの、祖母にも世話になっている手前、むげにもできない。

 しばらくは、警察に絞られたこともあって、特に大きな問題もなかった。半年ほどたったある晩12時ごろ、Aくんの携帯電話が鳴った。
 相手先は「〇〇伯父さん」となっている。
 冷静に考えて、この時間に空いている店は限られる。コンビニなどでまたトラブったのか、あるいは、その件での警察からの連絡か。
 戦々恐々としながら出ると、伯父本人だった。
「ちょっと、ヤバイ」
 警察でないことに安心したものの、気は抜けない。
「そっち行っていいか?」
 重ねて問われた。自分の妹の家に泊まりたいという雰囲気だ。
「俺はたまたま起きてましたけど、みんな寝てるし、ちょっと無理ですよ」
 それでも食い下がってくる。『これは金の無心か』とも思った。1~2万なら自分で立て替えて出せば、祖母なり母なりが補填してくれるだろう、そういう思いもあって、ちょうど中間あたりにある公園で待ち合わせすることにした。
 公園に着くと、伯父は先に来ていてベンチに座っていた。
 しかし、ずっと周りをうかがってオドオドしている。
『もしかして、ヤバい先から借金したんじゃないだろうな。何かあったら、警察署に駆け込もう』
 そう踏ん切りをつけて、隣に座る。しかし、異常に警戒をしている。
 特に、すぐ近くにあった金属製の大きな筒形のごみ箱の中にあるビニール袋を警戒している。
「どうしたんですか?」
「怖い、ヤバイ、やっぱお前んち泊めてくんねえか」
 話にならないので、少し離れたベンチに誘う。それでも、離れたごみ箱を警戒し続けている。目の動きが尋常でない。
「ごみ箱は歩いて来ませんて」
 そんな冗談を飛ばしても、まったく相手にしてもらえない。そこで、再度詳細を尋ねると、こう聞かされた。
 その日、伯父は書店で立ち読みをしていたのだという。しかも、4、5時間以上もその店に入り浸っていたのだという。Aくんは内心『その店の店員さんも大変だな』と同情する。
 正直、伯父の格好も随分とくたびれていて、そんな人に長居されてもかなり迷惑だろう。
 その店は、かなりの頻度で行っていて全然注意もされないのだそうだ。直接店に損害をもたらす万引きなどではなく、多少本が汚れる程度ならと特に鷹揚な対応だった。それをいいことに、その日も午後からずっと書店に居た。お腹が減ったら、近くのコンビニで飲み食いして再度戻ってきて続きを読んでいたのだそうだ。
 夕方7時ごろにふと足元をみると、知らないエコバッグのようなものがあったという。もちろん、伯父さんはそんなものを持ち歩くことはない。
 本に集中していたので、気が付かなった。しかし、どれほど集中していても、周りに人が来てそんな袋を置いたらさすがに気付く。位置は、数センチで自分の右足に触れそうな場所だ。
『気が付かなかったな』
ーー内心そう思ったものの、気にせず、いい場面だった本を読み続けた。すると、バランスが良くないのか、袋がグググッと自分の足に倒れ掛かってきた。
 すると、倒れ掛かってきた袋の中のモノが右足のアキレスけんのところくらいをギュッと掴んだのだという。感触は力任せではなくふんわりとしたタッチだったそうだが、「わぁ~!」と力任せにその袋を蹴っ飛ばしたら、その様子を不審に思った店員が駆けつけてきた。
「どうかしましたか? 大声は他のお客様の迷惑に……」
「ここに、袋あったろう!」
 しかし、見回しても袋はもうない。
 変な主張をしたものだから、店員も引かなかった、普段の素行の悪さも逆風になったのだろう。
「見てくださいよ」
 その店は、レジの隣のノートパソコンで防犯カメラの映像を見ることができた。数分巻き戻して見ると、伯父さんは何もない空間を蹴り上げているように見えた。もちろん、斜め上からの映像だから死角はあるものの、もし蹴り飛ばしたのなら、それが動く様子が見えるはずだ。
「ほら、何もないところを蹴っている。袋なんてないでしょう……」
 店員さんのトーンが、どんどん下がっていく。
 視線を追うと、伯父のステテコから出たむき出しの足首に赤いあざが浮かび上がっている。やんわりと握られた程度の感覚だったのだが、真っ赤になっている。それを見て、店員さんは少なからず驚いているようだった。
 その場で、怖くなって「もういい、帰るわ」とレジを後にした。店員を押しのけて、家へ帰ろうと大型書店の入口へ向かう。
 途中で、会社帰りのサラリーマンらしき男性がこちらを見ていた。もちろん、あんなに大きな声で騒いでいたのだから、注目されるのは珍しいことではない。しかし、近くまで来ても視線を外さない。普通こうした人は、我関せずと違う方を向くものだが、注視したままだ。伯父にしても、きちんとした身なりの人に見られているのできまりが悪くなって、視線を外して横を通り抜けようとした。その瞬間、サラリーマンが、
「可哀想に」
とつぶやいた。口調からすると、伯父の精神状態をバカにした風ではない。そちらを見ると、今度は、視線は合わない。レジの方を向いたままだ。言葉に、ほとんど感情が込められていないことも気持ち悪くなって、そのまま家へと帰った。
 2階建て安アパートの1階にある汚い部屋に着いたのは、8時過ぎだった。ぼんやりと過ごしていると、10時を過ぎたころにチャイムが鳴った。
『店を逃げるも同然に去ってきたので、警察か何かだろうか』
 一応確認しようとチェーンロックをつけたまま「何ですか?」と扉を開くと、そこにさっきすれ違った中年男性がいた。
「さっき可哀想と言ったのはね……」
ーー急に話しかけられてきたので、扉をそのまま閉めて、逆側のベランダから出てきて、今、この公園に居るのだという。

「だから、泊めてくれ」
「何ですかそれ! お化け?」
 叔父に言われて、Aくんは驚いた。思っていたのとずいぶん違うからだ。慌てて手に持つスマホで、その本屋を検索したが、もちろん、心霊スポットとしての情報は出てこない。その流れでスマホで自分の家に電話をかけた。てっきり母親が出ると思ったが、父親が出た。あまり説明できないうちに「伯父が泊まりたいと言ってるんだけど」と言うと、「義兄さんに代わりなさい」と静かに告げた。そのまま、スマホを叔父に渡す。
 漏れ聞こえる声では、「人とは」「礼儀とは」などと説教しているようだった。父親はあまり事情を知らないまま、トラブルに巻き込まれた息子を慮って言ったようだ。
 鼻白んだ伯父は「帰る」とアパートへ帰って行った。少しなりとも甥っ子に話をして落ち着いたのか。
 家に帰ると母親も起きていたので、詳しく話をする。すると、父親はお化けの話が苦手だったらしく、「えっ、話が変わったな。怖いな」と反応した。父親も警察やサラ金などの対応を考えていたのだという。
 結局バカな話だが、翌朝早くに、両親とAくん3人で隣町の伯父のアパートへ向かった。
 しかし、伯父はいなかった。チャイムをいくら鳴らしても反応がない。先ほどの話で聞いていたベランダ側に回って中をうかがうも、中は暗く人の気配はない。早朝故、周囲に迷惑にならない程度に声をかけるも、こちらも成果はなかった。電話をかけても中から音はしないので、持ったまま出ているようだ。
「何かあったら連絡してくるか」
 そう言いあって、家に帰った。

 その後、毎晩アパートを見に行っていたのだが、電気は点いておらず人の気配はないままだった。
 結局4日ほどたって、伯父から連絡があった。
 結局、公園で会った翌日を境に県外で過ごしていたのだという。しかし、倹約してもそれほど持ち合わせもなく、お金が尽きて現地の交番で交通費を借りて戻ってきたのだという。
「何で県外に居るんですか?」
「結局あのあと、アパートに戻って、酒をかっ食らって寝たんだ。でも、明け方にチャイムで起こされた。玄関まで行って、ふと昨夜のことに気付いた。で、躊躇してたら、その辺に積み上げてあったゴミ袋が右足にギューッときて、大声を上げて、また裏から逃げ出した。幸い携帯と財布は持っていたので、今日まで何とかなったんだが……」

 結局、一連のことは心の問題なのか、本当にお化けが関連しているのかわからなかったので、心のケアをする病院へ入れたのだが、その施設からも一度逃げようとしてケガをしたという。
 詳しいことは結局Aくんは聞かされなかったというが、どうも「袋」か「中年男性」に付きまとわれたのが原因だという。
 そして、それは今も続いているのだそうだ。

 かぁなっきさんは、中年男性は良かれと思ってきているのではないかと分析していた。
 その書店を詳しく調べるも、何の曰く因縁もない。
 足に、赤いあざをつけるようなものはやはり「手」なのか、と一言多いことで有名な友人(多井さん)に相談してみたそうだ。すると、「首の可能性もあるんじゃない」と返ってきた。
 かぁなっきさんが「江戸時代の怪談じゃあるまいし、生首なら歯形が付くでしょ」と返すと、「歯がなかった可能性もあるよね、甘噛みでもカタが付くんじゃない」とのことだったそうだ。
 皆さんも、足元に見慣れぬ袋があったら気を付けていただきたい。
                          〈了〉

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出典

禍話インフィニティ 第三夜(2023年7月15日配信)

7:05〜

※しかし、は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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