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【禍話リライト】暗がりの筒

 それは本当に変な人なのか、それとも怪異現象なのか分からない時がある。それを体験したのが自分一人だったり、深夜だったりしたらなおさらだ。
 今回のウェルカム怪談は、そんな怪人に関する話。

【暗がりの筒】

 九州に住むAさんという女性が高校生の時、電車の駅からの帰り道に商店街を通っていた。今から10年ほど前の話だ。
 周りの田舎道(車通りの多い真っ暗な道)よりも明かりがあって安心という側面もあったし、帰る方向が一緒の友達と、夜の商店街を歩きながらいろんな話をするのが楽しかった。
 ただ、商店街は田舎ということもあり、歯抜けのように営業中の店と休業中の店が並んでおり、明るいところと暗いところの対比が強かった。そんな商店街をいつも、塾帰りの夜10時頃に友人数人と連れ立って帰っていたのだそうだ。
 ある日、友人のBさんがこんなことを言ってきた。
「聞いてよA! この間、バスに乗り遅れて一人で帰った時に、この道で変な人に遭っちゃったの」
 ホームレスか何かかと思って話の続きを促すとこう返ってきた。
「ほら、紙の筒の人だよ」
 思い出した。
 めちゃくちゃ長い紙の筒を持っている人が商店街のアーケードの中を、向こうから歩いてくるのだが、その人がそのバカ長い筒を後生大事に腕に抱えているのだという。Aさん自身は行き遭ったことがないが、友人は過去に見たと教えてくれたことがあった。
 紙の筒一本なので、それほど太いものでもない。それを、両手で抱えているのだ。おそらく、中に芯を入れてテープなどで補強しているのだろう。
 その人は、私服なのだそうだ。つまり、印刷屋がポスターか何かを納品しようとしているのでもない(実際に、印刷屋ならもっと違う手段をとるだろうが)。そういう格好の人とすれ違うことがあったのだと。
 もちろんいつもすれ違うだけだ。
 Aさんは、その話を聞いてかなり気持ちが悪いと思っていたし、皆でそう言っていたから、Bさんも話題に出したのだ。
「でね、皆ですれ違う時はそうでもないんだけど、私一人の時って、あの人、すれ違う時にこっちに寄ってきてるような気がしたんだ」
 聞くと、たまたま後ろを歩いていた速足のサラリーマンがBさんの近くに来たので変な人は距離を取った、ように見えたのだそうだ。
「怖かった~」
「それは不審者だね。怖~」
 とはいっても、塾帰りのことでもあるし、友人たちと電車から降りて歩く道なので、その時間に一人で通ることなどほとんどなかった。だから行き遭うことなどないと思っていたのだ。

 ある日、いつものように皆で塾から帰ってきてAさんが家に着くと、自宅のカギを落としていたことに気が付いた。ポケットの中にない。もちろん、チャイムを鳴らせば家族が入れてくれるが、家の鍵がないのはどうにも具合が悪い。
 しかし、思い出すと、駅を出てすぐの自動販売機でジュースを買った時、何か金属のものが落ちた音がした気がする。急いで駅まで戻ってみると、自販機のすぐそばに落ちていた。胸をなでおろしてポケットに入れる。
 電車の着く時間から少し経っており、次の時間まで少し間があるので、駅の周辺には誰もいない。少し寂しいなと思いながらも、商店街の方へ足を向ける。
 アーケードに入ってしばらくすると、向こうから誰か歩いてきた。最初、めちゃくちゃ背の高い人かとも思ったが、そうではなく、長く細い筒を持った人だった。『これがみんなが言ってた人か』、そう思って観察すると、女性だった。Aさんが見るのは初めてだった。
 紙の筒の長さは、大げさに言うとアーケードの天井に届きそうなぐらいというから、3メートル以上はあったそうだ。服は、体に合っていない大きなもので、袖の先からわずかに指が出るほどダブダブのものだった。そして、確かに友人が言っていたように、カレンダーを巻いたほどの太さの、長い長い紙の筒を両手で抱えるようにしている。
 その人が、小走りでこちらに向かってくる。
 周りを見渡すと、誰もいない。
 時刻は夜の11時に差し掛かろうとするあたり。
 その女性が、友人の言っていたように、徐々にこちらに近づいてくる。近づいてくるというのは、もちろん対面で距離を詰めてはいるのだが、まっすぐでなく少しこちらよりに進んでくるように思える。
 ただ、それほど背も高くない女性だったので、『いざとなれば何とかなる』と思ってしまった。だから、『何か言われるのか?』と少し身構えてそのまま歩を進めた。
 あと、ひと一人分ほどの距離となった時に、その長い筒が、オジギソウのように急にくたっとこちらに倒れ掛かってきた。
「うわっ!」
 そうなるとは思ってはいなかったものの、身構えていたので、とっさにその女性を蹴飛ばした。が、その反動で後ろに倒れ込んでしまった。
「痛い、痛い」
 起き上がると、周りに誰もいなかった。
 蹴った感触のある女性も、そこにいない。確かに、足の裏に感覚はあったのだが、倒れてもいない。時間にして数秒、長くても10秒ほどだが、あっという間に姿を消したのだ。ひょっとすると、何本かある路地に逃げ込んだのかもしれないが、そんな早くに動けるものだろうか。もちろん、紙の筒もない。
 唖然として立ち上がると、急に恐怖が込み上げてきた。
 静かな過ぎる雰囲気が、恐ろしく思える。だから、
「お~ば~け~が~出~た~!」
と叫びながら家へ帰った。声は、人気ひとけのない商店街に響き渡ったという。

 翌日の晩の塾で、昨日の友人に問われた。
「昨日、いつも通る商店街で騒ぎがあったの知ってる?」
 もちろん知ってる。Aさん自身なのだから。小さくうなずくとBがこう言った。
「『お化けが出た』と叫んでいた奴がいたんだってさ」
 お化けではなく、叫んでた自分がうわさになるというオチがついたのだという。
 もし、倒れ掛かってきた紙の筒に当たってしまっていたらどうなってしまったのか。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第二十九夜(2024年2月2日配信)
4:15〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/786482693

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています。

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