【禍話リライト】こっくり譚「十円溜まり」
世は呪物ブームだが、それが発動するタイミングは様々だ。
鏡をのぞいた瞬間、声が3回聞こえたとき、埋まった場所を踏みつけた折。
この話の場合はどうか。
禍話のレギュラー、こっくりさんの話を集めるKくんのもの。かぁなっきさんは一度放送をボツにしたそうだが。
【十円溜まり】
いつの時代も、パワハラをする教師というはいる。この話は平成の初め頃、S県の話だそうだ。
子どもができるのにやっていないのか、そもそもする能力がないのかを見極めるのは教師の資質と言える。そもそもできないのに、「なぜできないんだ」と怒られるのは、理不尽そのものだ。
A先生は、怒る一択で子どもたちに嫌われていた。小テスト、質問の受け答え、朝の挨拶、何かにつけて理由をつけて怒鳴り飛ばす。ただ、怒るための理由を探しているだけと言えるほど。
今になって、同窓会などで聞くと、当時のA先生は、妻との関係が悪く、子どもたちからも無視されるなど、家庭内がうまくいっておらず、そのハケ口として学校が使われていたというのが真相だったらしい。
加えて、子どもたちをパシリに使うのだそうだ。近くのコンビニに小銭を渡して物を買ってこさせたり、学校裏の駐車場に止めた車に忘れ物を取りに行かせたり……というのが日常だったという。
この話をしてくれたSさんは、根が真面目で受け答えのリアクションもそうであることから、いじられキャラになっていた。しかし、中学のクラスではあまりいじるのはかわいそうということで、キャラが生きるときだけ、おいしいときだけにしようという暗黙の了解が生まれていた。
こうした了解をあっさり無視して、SさんはA先生の毒牙にかかることも多かった。真面目過ぎてトチることが多かったこともあるのだという。
流石に、子どもたちからの苦情もあり、学年主任からきつく言われたようで、他の先生の眼があるところでは控えていたものの、そうでないところでのA先生の陰湿さは増していた。
そんなある日、Sさんが帰ろうとしていると、放課後の教室で級友数人がざわついていた。囲んでいる机を見ると、50音と鳥居が書いた紙、10円玉があった。こっくりさんをやっていたようだ。あまり興味はなかったが、声をかけると、一人が説明してくれた。
「こっくりさんって使った10円を手順に従って処分をしないといけないんだけど、それに使っていた公衆電話が撤去されちゃって、もう40円、50円溜まっちゃってるんだ。それを隠していたんだけど」
近くの席にカバンを置いて、話を聞く。
「でね、今日の3時間目の国語の時間、後ろの掃除用具入れでガタガタって大きな音をしたの覚えてない?」
確かに、年に2回だけ、夏・冬の長期休暇前にワックスをかける用具をしまってあるロッカーから音がしたのだ。ドアを開けて中を確かめたけど、何もなかった。
「小動物か何かいるんじゃないかって、先生言ってたけど」
「あの、音が鳴った場所、あそこが隠し場所だったんだ。だから怖くて。今、どうしようかってみんなで話してたんだ」
Sさんは、少し考えてこう提案した。
「私、帰り道に神社があるんだ。そこの賽銭箱に入れてこようか」
「え! ほんとに、いいの!?」
4人が喜ぶ。お礼じゃないけど、と500円をもらった。しかも一人ずつからなので計2000円にもなる。中学生にはちょっとした金額だ。うれしくなって、荷物を持って昇降口へ向かう途中に、A先生に呼びとめられた。
「S、悪いが車から書類を取ってきてくれないか」
放課後、昇降口近くの廊下での話。首を伸ばして職員室を確認するとまだ何人か先生がいる。そこでピンときた。職員室に呼びつけて頼むと、他の先生への体裁を繕えないから、通りかかる生徒を探していたのだ。
数分前まで、旧友たちとうまく話せていたのに、帰りにこんな先生に捕まるなんて……という落差ではらわたが煮えくり返る。
「いつもの通りこれな、助手席にあるから」
車のカギを渡された。
渋々ながら車に向かい、扉を開けて中をのぞき込む。隣のクラスの採点されたテストが、のぞき込めば見える位置に無造作に置かれていた。
「何コイツ……」
思わず口にして思いついた。
『ここでいいや』
ハンドブレーキの横に小銭を入れる小さなスペースがあり、そこに何枚ものコインが散らばっていたのも、思い付きの背を押す要因だったという。
先ほど預かった40円を、そのスペースに放り込んで、テスト用紙をひっつかんだ。その日は、そのまま用紙を渡して、家に帰った。
数週間ほどして、家に帰ろうとすると、クラスメートにまた呼びとめられた。
「また溜まってるんだけど、お願いできないかな」
「……あぁ、あの、神社へ持って行ったやつね」
「今日は、みんな大きいのしかなくて」
そう言われて、千円札を2枚と、数枚のティッシュにくるまれた10円玉を手渡された。上機嫌で昇降口へ向かうと、さっき帰ると出て行ったはずの別の級友が、難しい顔をして下履きに履き替えている。
「どうしたの?」
「A先生に捕まっちゃってさ、車に行って、答案用紙取って来いって」
そう言って見慣れた車のカギを見せた。
「いいよいいよ、私が代わりに行ってあげる」
内心、前回のことに気づかれていないという自信もあった。同じように預かった10円玉を車の小銭入れに放り込んで、助手席の答案用紙を持って職員室へ向かった。先生は、何ら不思議に思わずこちらを顧みることも、礼を言うこともなく受け取った。
そんなことがあって、計100円ほど入れた時からA先生がまともになった。
つっかけを履いて、だるそうに教室に入ってきて高圧的に授業をはじめていたのだが、今は、靴を履いて、授業が始まるときには「それでは号令をお願いします」と口にする。普通といえば普通だが、A先生が過去にそうした態度だったことはない。授業中も怒ることもなく、丁寧に進む。
A先生の担任のクラスメートに聞くと、今週の週明けからそういう風に変わってきたのだという。
「びっくりしたよ、朝から『おはようございます』って言うんだもん」
それで普通なのだが。学年主任の先生に給料に響くとこっぴどく怒られて悔い改めたのだろうか。そうでもなきゃありえないという風にクラスでは落ち着いたという。
しかも、小テストの呼び出しや、言いがかりのような叱責、モノを頼まれることもなくなった。
半年くらいたって、上記のような形に落ち着いたA先生のクラスは、副担任とクラスメートとの団結が強く、雰囲気も非常に良くなったという。みんな日々の授業が楽しく、丸く収まっていた。
Sさんが下校時に、たまたま職員室前を通ると、A先生が声をかけてきた。
「こんにちは。今から帰るんですか?」
以前からなら考えられないような丁寧な言葉遣いだ。問題はないし、間違ってもいない。ただ、気持ちが悪い。
「はい。今から下校です」
「そうですか。ちょっとお渡ししたいものがありまして」
手紙かなと思ったのだが、最近テストで大きなミスもしていないし、心当たりがない。手渡されたのは、ノートをちぎった紙を折りたたんだものだった。
「読んだ後は、ごみ箱なんかに捨てていただいてもかまわないので。それではお疲れさまでした」
そう言って、職員室へ戻っていった。
気になったSさんは、先生が戻ったのを見て、そっと紙を開いてみた。そこには、ボールペンの走り書きでこうあった。
『何でもするから、緩してください』
許すの字が間違っている。「気持ち悪い」と思いながら、その場でゴミ箱に投げ入れ、家へと急いだ。
翌日の昼休み、こっくりさんをしていたクラスメートの一人が落ち込んでいた。「どうしたの?」と聞くと、「こんなこと言ったらダメなんだろうけど」と話してくれた。
内容は、昨日体験したのと同じだ。折られた紙を渡され、中を見ると『何でもするから、緩してください。どうやったら緩してもらえるでしょうか』と間違った字で書かれていたという。
落ち着いて考えると、A先生の態度が変わってきたのはこっくりさんのお金を車に置いてきてからではないか、との結論に至った。しかし、1回目ではなく、2回目を契機に変わり始めたのは解せない。
同窓会の時に、この話になった。A先生は若くして、風邪をこじらせて亡くなっていた。
当時のことを皆で思い出しながら話していると、話を聞いていた別のクラスメートがこう言う。
「それはSちゃんのせいじゃないよ。だって、1回目の時には何も起こらずに、2回目の後だったんでしょ」
周りが同意する中、それまで黙っていた、メガネの旧友がぼそりとこう呟いた。
「その小銭、使ったんじゃない」
〈了〉
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出典
元祖!禍話 第十四夜(2022年7月30日配信)
26:12〜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/740241491
※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。
禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi
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