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【禍話リライト】ハミングのあとで

『この人、趣味が変わったんだな』と思ったら、仕事を変えたか、付き合う人が変わったか、もしくは霊障を疑った方がいい。
 聞く音楽が変わるくらいなら、大きな影響はないのかもしれないが。

【ハミングのあとで】

 Aさんは、フードデリバリーのバイトをしている。
 バイト先に、面倒見の良いBさんという先輩がいた。仕事について事細かに教えてくれるし、コツやポイントなども惜しみなく教えてくれたので、他の後輩からも慕われていた。
 このB先輩が、こんな体験をしたという。

 彼が受けるデリバリーは、少し離れたマンションへのものが比較的多かった。このマンションは、駅までそれほど遠くもなく、築浅で1フロアに5室ある造りだったのだが、なぜか全室埋まっている階はなく、2、3部屋のみに住人がいる状態だった。そんな好条件なのに、なぜなのかと疑問に思っていたそうだ。
 ある晩、いつもと同じようにB先輩は頼まれた食べ物を配達した。5階の奥の方の部屋だったという。
 チャイムを鳴らすも、反応がない。スマホで確認しても、このタイミングなら自室にいるはずなのだが、反応がないなら仕方がない。決まりに従って、置き配(玄関前に置いておく)をした。システム越しに配達を通知する。
 そのまま、エレベーターで下へ向かおうとした。
 しかし、そもそも速度が遅く、最上階まで言っていることもあってなかなか来ない。しびれを切らして、階段を使って降りることにした。下りで、商品も抱えてないならそんなに負担でもない。
 非常扉を開けて、外階段を下へと向かう。
 すると、降り始めてすぐ、うっすらと男性の声で歌のハミングが下から聞こえてきた。その声は、B先輩とは逆に下から上へと向かっている。『住民が自分と同じようにしびれを切らして上がってきたのだろう』程度に考えて、そのままぐるぐると階段を下りて行った。
 声はどんどんと近づいてくる。どうやら、歌っているのはこの時(2021年)に流行っていて、街中でよく耳にする曲だった。
『次に曲がったら、声の主に遭遇するな』というタイミングで、曲がると、そこには誰もいなかった。
「あれっ! 誰もいない!」
 思わず声に出してしまった。その前の瞬間に、その階の扉を開けて中に入ったのか、それなら扉の開閉音がするはずだし……と立ち尽くしていると、その瞬間、声だけが、その曲のサビの部分をはっきりと歌いながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・階段を上がっていった。B先輩は思わず後ろを振り返るものの、誰の姿もない。ただ、遠ざかる声は、再びハミングに戻っていたという。
 その場で5秒ほど固まっていたが、じわじわと怖さが満ちてきて、慌ててそのマンションを飛び出した。
 以来、そのマンションからの依頼は受けないようにしているという。

 Aさんは、この話を聞いたときに、「一瞬だけ歌詞を歌うって怖いですよね」と返し、『そんなこともあるのか』と心にとどめておいた。
 もちろん、そのマンションからのデリバリーは極力受けないようにしたそうだが。
 一か月ほどして、同じバイト仲間のCくんが、B先輩とドライブついでにご飯を食べに行ってきたと言う。
「でね、ちょっと遠出して先輩の車でドライブがてら飯食いに出かけたんですよ」
「へー。あの店なら、車で1時間くらいかな」
「そうなんですよ、でもね、聞いてくださいよ。久しぶりに会ってB先輩趣味が変わってしまったんですかね。同じ曲ばっかりエンドレスで聞かされて飽き飽きしました」
 その曲は、B先輩があのマンションの外階段で聞いた歌だった。
 Aさんは、先輩の一件をC君には伝えなかった。あくまで笑い話として話してきた彼には、伝えられなかったというべきか。

 しかしB先輩は、曲に魅入られたのか、人外に魅入られたのか、それとも……。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第二十夜(2023年12月2日配信)
20:00〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。

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