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【禍話リライト】バケツのしかえし

 怪異は、意図的に禁を破った人にだけ訪れるのではない。
 何かのはずみで、彼岸のものの機嫌を損ねてしまうことがあるのだ。
 それが日常のすぐ隣にあるから、怪談を聞いたときに背筋が冷えるのだろう。

 この話のきっかけは、いじめである。だから、不愉快だという人はここより先に読み進むことはお勧めしない。

【バケツのしかえし】

 女性のAさんが小学校高学年の時、いじめにあっていた。当時は男女の見境なく、「すこし雰囲気が暗い」というだけでそういう目に遭っていたのだという。

 しかし、いじめに遭っても屈せず睨み返すような性格であったため、さらにエスカレートするといったような悪循環の中にいた。

 その小学校には、旧校舎があった。ほとんど使われることがなく、特別教室の使用が重複したときに使われる程度。あるとき、建物の二階にある女子トイレの奥の個室に閉じ込められた。
 しかし、小学校のいじめのこと、相手方もノープランだったようだ。
 しばらく会話が聞こえたかと思うと、隣にある掃除用具入れから使い古されたバケツを取り出し、手洗い場で水を汲んで上からブッ掛けられたのだという。
 衝撃だったのは、そういった立場に置かれることではなかった。下着が濡れることがとても不快だったという。
 いつもならそういう目に遭っても、「先生に言いつけるから」「こんなことしてもいいと思ってるの」と毅然と言い返すところなのだが、上記のような衝撃で思わず黙り込んでしまった。
 そのことが、いじめグループを増長させてしまったようで、古ぼけた扉の向こうで効果を上げたことに「勝ったー」などと稚拙な喜びの声を上げていた。水をかけるのに使ったバケツがその場に放り出される大きな音の後に、閉じ込められていた扉は開けられた。
 黙ってしまったことで彼女らの中では溜飲が下りたのだろう。肩を小突かれたりして、急ぎ足でその場を離れた。内心「最悪だ」と歯噛みしながら、トイレを出てすぐある階段を下へと急ぐ。
 階段を降り切ろうかというときに、後ろで金属が転がるような大きな音が聞こえた。
 位置関係としては、Aさん、はやしながら追いかけてくるいじめっ子4人、その後ろからの音だ。もちろん、そんな性格の彼らがバケツをきちんとしまうわけもない。しかし誰か(おそらく大人)が、思いっきりそのバケツを蹴らなければそんな音は出ない。
 バケツは、ゴロンゴロンと不規則な軌道を描いて、少し横の廊下に転がった。全員の動きが一瞬止まったが、Aさんはそれを視野の端に認めたものの、無視して旧校舎を後にした。
 もちろん、自分たちの他に誰かこのうらぶれた校舎の中にいるのではないかという思いが脳裏をよぎったりはしたのだそうだが、『一刻も早く着替えたかったので、それどころではなかった』のだという。

 彼女にしてみれば、その大きな音のお蔭でいじめっ子たちの注意がそらされたという程度の認識だった。急ぎ足で自分の教室へ戻り、濡れた服の対策を考えた。順当なのは、体操着に着替えることだ。しかし、見回すと、あいつらのカバンや荷物が残されている。早晩、ここへ戻ってくることは明白だ。着替えている最中に戻ってきて、さらに何かをされたら目も当てられない。
 そこで、少し思案したものの旧校舎からあいつらが戻ってくる前にと、カバンと体操着を入れた袋をひっつかんで教室を後にした。脳裏では、新校舎の女子トイレで着替えたらとも思ったのだが、そこをまた見つかったら目も当てられないうえ、先生に尋ねられてもややこしい。
 昇降口まで下りてきてふと思いあたった。下駄箱に使われていない区域がある。昔、マンモス校として作られた名残で、今はクラスが減ったため、使わない下駄箱で囲ってある場所だ。大人には入ることはできないが、小学生のこと、無理矢理すき間から体をねじ込むと中へ入ることができた。
 濡れた体をハンドタオルで拭き、体操服に着替えた。運動会でもないのにこの格好で下校するのは少し恥ずかしいと思いながらも人心地がついた。ゆっくり帰る用意をし始めて気が付く。いじめっ子たちが戻ってくるのが異様に遅い。旧館とはいえ、この玄関からの出入りが最短となる。急いで、この場所に入り込んで着替えたものの、近くは通るはずだ。
 そう考えていると、下駄箱の間に気配が降った。耳を澄ますと、大人の足音だ。先生だろうか。ここは児童生徒用の出入り口なので、見回りの先生くらいしか思い当たらない。体操着姿でいることをとがめられても面倒臭いので息を殺して様子をうかがう。先生だとしたら、ざっと見回ったらどこかへ行くはず。しかし、足音は一定の場所をうろうろしており、そのうち音が聞こえてきた。
「カシャ、パタン。カシャ、パタン。カシャ、パタン。カシャ、パタン」
 最初は何の音か分からなかったが、耳を澄ますうちに理解した。下駄箱にはプラスチック製の簡単な蓋がつけられており、それを開閉しているのだ。
 誰かがまだ校内にいるのかどうかを確認しているのだ。靴が入っていればまだ学校内に、校内履きがあればもう外に出ているということだ。
 音は続いている。そっとすき間からうかがうと、どうやら自分のクラスのあたりで確認を続けているらしい。そうするうちに声が聞こえた。
「やっぱりどっかにいるんだ」
 抑揚に乏しいものの、大人の女性のものだ。聞き覚えのある先生のものではない。もう一度同じ言葉を繰り返して、足音は遠ざかって行った。
 Aさんの頭の中は、「?」で埋まった。どういう状況なのか、いまいち吞み込めない。気配は去ったので、すき間から体を出して、自分の下駄箱へと向かう。すると、自分の下駄箱の安っぽいプラスチックの蓋が開けっ放しになっていた。
 つまり、今の人は、Aさんの在校を確かめていたということになる。そのことに気付いて、少し怖くなったが、着替えも済ませたし荷物も持っている。靴を履き替えて蓋を閉め、急いで家路についた。
 幸い帰路ではだれにも行き当らず、無事に家に帰ることができた。

 家についたら家族の目を盗んで、室内着に着替え、濡れた服と体操着を洗濯機に放り込んだ。部屋に戻ると、家の電話が鳴った。廊下の子機で出ると、先生からの連絡網だった。いじめっ子4人ともがまだ家に戻っていないのだという。「所在を知らないか?」と問われる。知らない振りもできなかったため、「確か、旧校舎へ行ったような」とあいまいな受け答えをした。
 先生は、「ざっと校内は調べたけど、旧校舎はあまり見ていないな」と答えて電話は切れた。

 翌日、話を聞くと、旧校舎に焦点を絞って調べ直したところ、声をかけても返事はなかったものの、Aさんが閉じ込められた二階のトイレの奥の個室で4人とも立っていたという。日が落ちて暗くなってきており、電気もついてない状況だったため、発見がずいぶんと遅れた。
 リーダー格の頭には、バケツがかぶせられており、見つけた用務員さんも大いに慌てた。
「お前ら何してるんだ」
との問いに、全員が「反省しているんです」と答えるのみで、心神喪失状態だったという。
 数日して皆は復帰したものの、以前のような快活な性格ではなく、内に引きこもるような暗い性格になってしまった。Aさんへのいじめはそれを機になくなった。

 どうもこの話は、因果応報譚ではなく、あやうくAさんも巻き込まれかけた「危機一髪」の話ではないかという。つまり、その女性の声のナニモノかはバケツを勝手に使われたことが気に障ったのであり、Aさんがいじめられていたことが気に入らなかったのではないようだ。
 たまたま隠れて服を着替えていたがために難を逃れただけで、普通に教室で着替えていたらそれ・・に見つかっていたのではないか、という話なのだそうだ。

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出典

元祖!禍話 第一夜(2-1)(2022年4月23日配信)

06:20〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/729276477


※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi

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