【禍話リライト】よく見たら違う
禍話の数々の話の中で、いつも心惹かれるのは、「ウェルカム怪談」という冒頭付近に語られる短い怪談だ。禍話がどんな怪談をするのかのサンプルを提示するとともに、その後の場の雰囲気も作ってしまうという秀逸なものがそろっていて、毎回感心させられる。
そんな、禍話の冒頭の怪談からプールにまつわる話を。
【よく見たら違う】
今は40代のあきらさんが小学校5年生の時の話というから、四半世紀ほど前の話。
あきらさんは、学習塾に通わされていた。しぶしぶというか、親の強い意向に逆らえなくてというか、どちらにせよそれほど乗り気ではなかった。
その帰り道ではスイミングスクールの前を通るのだが、内心「うらやましいな」と思っていたのだという。小学校の同級生も多く通っており、カルキ臭い友人たちと出会うことも多々あった。
当時は、小学校から塾に行くことは普通ではなかった時代で、「真面目に通ってんなー」「頭いいなぁ」などと言われることもあったという。しかし、全くうれしくはなかった。
スイミングスクールに通っているのは、上下の学年に幅広く、顔見知りもいたため、帰り道で皆と顔を合わすたびにこっちに通いたいという思いが募っていた。
といいつつも、根が真面目な人間なため、分からないところがあれば居残って先生に聞くなど、遅くなることも度々だった。しかし、多少遅くなっても今とは違い、親の迎えなどなく、テクテクと歩いて帰っていた。
ある日の晩、10時前後の遅い時間に同じ道を歩いて帰っていた。居残りはすることはあっても、はじめてといっていいほど遅い時間だった。家に電話をかけると「気を付けて帰っておいで」と言われる。いつものようにスイミングスクールの前に差し掛かると、人が出た後は真っ暗になっているはずの室内水泳場の一部に電気がついている。水泳教室に居残りなどはないから、誰か先生や事務の人といった大人が残っているのかと思って近づくと、明かりがついていたのは、玄関近くだった。
これから誰かが閉めて帰るのかと思って建物の前まで来ると、その少ない明りの中、ガラスの向こうに誰か立っている。
不審に思って近づくと、二つ年下のよく知っているひろしくんだった。確かに、帰りに時々出会う。
奇妙なのは、玄関近くなのに水着で、今まさにプールから上がった格好をしているということだ。当たり前だが、更衣室は、もっと建物の奥にあり、帰るのならばそんな風体ではないはずだ。
両手をガラスに着けて、眼を見開いたまま正面を見ている。
「おう! 何をしてるんだ」
ーーと声をかける。しかし、全く反応がない。小学生のこと、遠くであきらくんを見つけた彼が悪ふざけでそういうことをしているのかと思い、さらに近づく。ガラスの真ん前まで来た。しかし、蝋人形のようにピクリとも動かず、しかも視線も合わない。
「何これ!?」
口に出して、ガラスをたたくも全く反応がない。ガラスを蹴ったり大声を上げても固まったままだ。少しずつ怖くなってきた。
『おかしいな』と思っていると、建物横の駐車場から「コラコラ、何してるんだ」と私服の大人の人がこちらに歩いてきた。ガラスを叩く音を聞きつけたものらしい。何度か顔を見たことがある水泳の先生だ。
「あの、ひろしくんが中に残っているんですけど……」
隣まできた水泳の先生が、ガラス越しに中をのぞき込む。ひろしくんは相変わらず両手をガラスに着け、固まったままだ。
「あれ、おかしいな。中を見回って鍵を閉めたのにな」
そして、ひろしくんの姿をじっと眺める。
もう少し長じてからなら、「閉じ込めてしまってるんだから、鍵を開けてください」などと言えるのだが、当時は小学生でもあり、とっさにそんな言葉も出なかった。しばらくの間ののち、先生はこう言った。
「よ~く見たらひろしじゃないよ。帰れ帰れ。もう遅いんだから」
そう言って手荒に追い払われた。
「よく見たら、別の人なのか」
単純にそう納得して、家に帰った。
手洗いをして、うがいをして、夕食とも夜食とも言えないような食事をとって、少し落ち着いたところで強烈な違和感が襲った。
「ん~! 本当にそうか?? 絶対違うだろ」
そこで事の顛末を母に話した。
「ひろしくんに電話してみたら?」
こともなげに言う。平成も最初の頃のこと近所の電話番号などこともなげにわかる。恐る恐る電話してみると、本人は普通に家にいた。
「帰ってるよ、何言ってんの?」
しかし、何の根拠もなくそんなことを言いだすあきらさんでないことは母親も知っている。「気持ち悪いね」「おかしなこともあるね」と家族内で盛り上がっていると、高校生の兄がスポーティな格好で2階の自室から降りてきた。ジョギングに行くという。すると、そのコースを熟知している母が兄に頼んだ。
「走ってる途中で、水泳教室の前通ると思うけど、ちょっと中のぞき込んできてくれない? あきらが塾帰りに通ったら電気がつけっぱなしだったって言うから。もしそうなら、自治会から言わなきゃ」
「分かった。見とくわ」
一時間ほどしたら、汗だくの兄が戻ってきた。プールの様子を聞いてみる。
「電気、点いてたは点いてたけど、あれ多分違うよ。プールの点検か何かやってるんだわ。結構な人数が、中でバシャバシャとやってる音がしてたから」
人がいれば音で分かるという。
「中のプールの方まで電気点いてたの?」
母が聞く。建物は多くがガラス張りでプールに電気が点いていれば外からも分かる構造になっている。
「言われてみれば、中まで点いてなかったような」
話を聞けば聞くほど、あきらくんもその母も、帰ってきた兄もどんどん怖くなっていった。考えると、そういう状況なのに隣接する駐車場に一台も車が停まっていなかったのだという。
「徒歩でそんなにたくさん来ている? 真っ暗な中で?」
翌日、母がそのプールの近くを通った時に入口すぐの事務所に顔を出し、「昨日、電気がついてましたよ」
と伝えた。
「そうですか、ご指摘ありがとうございました。以後気を付けるよう伝えますので」
といたって普通の対応だったという。
数日してあきらくんが塾の帰りにおそるおそる通ると、ひろしくんのようなものがいた場所には、子どもの背丈ほどの大判ポスターが掲示されており、中が見えないようにされていた。
子どもながらに、「大人は臭いものに蓋をするのだな」と少し暗い気持ちになったという。
そのプールはコロナ禍で危機的状況に陥ったものの、令和の今も細々と経営を続けているそうだ。
〈了〉
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出典
元祖!禍話 第十七夜 ライブ直前箸休め回(2022年8月20日配信)
8:00〜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/742535861
※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。
禍話 簡易まとめWiki
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