【禍話リライト】トイレの作業員さん
「好奇心は猫を殺す」というが、いらぬ好奇心が禍を招くことは枚挙にいとまがない。
これはそんな話。
【トイレの作業員さん】
Aさんは関西の小学校に通っていた。これはその時の話だという。
今ではすっかり見た目も変わってしまったが、小学校5年生の当時はグラウンドの横、変な場所にプレハブのようなトイレがあったのだそうだ。しかも、すべて和式便器だったので、誰も使っていなかった。
そこに、お化けが出るという噂が立った。
小学校に出るお化けの定番といえば、花子さんか太郎くんくらいのものだが、作業服を着たおっさんがでるという。考えようによっては変質者ではないかとも疑われかねないが、妙に背が高かったり、見え方的に上半身だけしかないなど不自然なことが多々あった。
加えて、夜に、おじさんがいるとされる個室をノックすると、外まで着いてくるという。
このうわさを聞いて、「やってみよう」と考えたのはAさんの隣のクラスの吉田くんだった。やんちゃでこういうことに首を突っ込むことに生きがいを感じているような男の子だ。バスなどで旅行に行くと、はしゃぎすぎてどこかにケガをしてしまう、そんな気性で、周りは口をそろえて「やるな!!」と言ったのだが、全く耳を貸さずにある日「今晩決行する」と宣言してしまったのだという。
昼ならまだしも、先生の見回りがある夜などは、事故の危険性も上がる。
果たして、翌朝、緊急全校集会が行われた。
生活指導の先生が、学年や名前は言わないものの、学校に侵入者があったこと、ケガをしたことなどを述べた。
加えて、プレハブのトイレは取り壊す予定だとも。
「今日から使えないので、皆別のトイレを使うように。部活の子たちは校舎の1階や体育館のものを開放しているので使ってください」
そもそも、和式ばかりで不人気であり、校内にはもっときれいなトイレもあったので、全く不便ではない。
全校集会の後、教室に戻りつつ、友人と話す。
「吉田今日は来てないの?」
隣のクラスだから、出席の有無までは分からない。といって、覗きに行くほどのこともない。また、話を深めて「知ってたんなら止めろよ」と言われても面白くない。
朝の会が始まっても教室はざわざわしていた。
「全校集会の列にはいなかったぞ」
「絶対吉田だよな、あいつ、行ったんだ」
などと口々に噂する。
教卓に立った担任の先生が、全校集会と同じ内容を繰り返す。氏名は出さないが、危ないから注意するように、というほどの内容だ。
ただ、「夜に学校に来て危険だ」という個人を責める内容でもない。また、話の雰囲気からして大けがをしてしばらく学校に来られないというほどのニュアンスも感じられない。何となく、ケガはちょっとしたもので、今日は様子を見ているーーというほどのものに感じられた。
それが逆に不自然さを感じる。ケガの度合いが大きければ、トイレを取り壊すというのも分かるが、一日休む程度のケガなのに、すぐに封鎖して、全校集会で注意喚起を促すものだろうか。
そんなことを考えていると、先生の話し声が止まったことにAさんは気が付いた。
先生を注視すると、教壇に居る先生は、教室の扉の方を見ていて、話しを止めていた。視線の先を追うと、もちろん教室の引き戸は閉まっている。Aくんの学校の入り口のドアは、ガラスがはめられており、廊下側の様子は分かる。にもかかわらず、扉の前にぼんやりとしかわからない人影が見えた。
意味が解らない。
外が見えないほど窓が汚れていたのかとも思ったが、そうでもないようだ。先生も状況を呑み込めないようだ。
教室中の皆も、頭の上に大きな疑問符を浮かべているようだ。
その空気に耐えられなくなったのか、廊下の窓際に座っているBという生徒が、窓を開けて確認をした。体育会系のたくましい男の子で、カラカラカラと窓を開けて、身を乗り出した。
「えっ! おまえ吉田じゃないか、クラスが違うぞ、隣だろ」
改めてAくんの頭に疑問符が浮かぶ。先生の説明によれば今日は休みのはずではなかったのか。Aくんの位置からは廊下の様子は見えない。
そのうち、窓から身を乗り出したBくんが、外に引きずり出され、ドサリと廊下側に落ちた。
先生を含めた皆が慌てて廊下に出ると、Bくんしかいない。
しかも、目を閉じているので保健室へ運び込むことになった。次の瞬間には、気が付いて起き上がったのだが、大事を取る形だ。
先生が、Bくんを連れて行くと、部屋の中に大人がいなくなってしまい消えた影が怖いので、教室中で連れ立って保健室へ行ったのだという。保健室の先生も驚いていた。
あとあとで聞くと、結局夜に侵入したのは吉田くんだったらしい。ケガも暗がりで転んでひざを擦りむいた程度だった。そして、本当にその日は学校を休んでいた。
廊下に引きずり出されたBに聞くと、廊下に居たのは誰かは覚えていないという。
皆の視線の先、教室の入り口の扉の向こうにもやもやとした影があり、自分が一番廊下の窓に近かったので『確かめるくらいいいだろう』と窓を開けたところまでしか記憶がない。
「おまえ、『吉田じゃないか』って言ってたぞ」
「いや、言ってないよ」
とここでも齟齬が起きていた。
パニックになっていても音の記憶を正確に覚えている人と言うのはいるものだ、その彼曰く、
「Bの普段の声と声質が違ったことなかった? だから、廊下に立ってたやつがしゃべったんじゃ……」
とのことで、皆はずいぶんとその窓を開けることが怖くなってしまったのだという。当時のことで、クーラーなどなかったが、頑としてその窓を開ける生徒はいなかった。そのせいで随分と暑い夏を過ごしたのだそうだ。
あとになって考えると、廊下の引き戸越しに見えた影の背の高さは、どう考えても子どもの背丈ではない。その後に聞こえた「吉田じゃないか」という声で吉田くんだと思っていたが、彼の背丈だと入口の窓には頭くらいしか見えないはずだーーだから、人影はトイレに出るという作業員さんなのではないか、というのは当時を思い返したAさんの言葉。
〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第三十六夜(2024年3月23日配信)
11:50〜
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……
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