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【禍話リライト】犬を探す女

 ホラー小説「ぼぎわん」でも冒頭は、子供の留守番の場面だった。頼れる大人がおらず、不安な状況での来訪者は恐怖が増すのだろう。
 人怖のジャンルに陥りがちだが、この話は最後に若干のスパイスが効いている。

【犬を探す女】
 いまは40代のAさんが小学校中学年の頃、学校から家に帰るとガレージに車がなく、両親の姿が見えなかった。一人っ子ということもあり、そういうときのカギの隠し場所はしっかり教わっている。建売住宅の玄関を開けて荷物を自分の部屋に置きながら2階建ての家中を見回るが、人の気配はない。
 リビングの机の上にはラップがはられたおやつが用意してあった。書き置きはない。
 そういえば、朝にどこかへ出かけるといっていたのを思い出した。土曜のこと、夕刻には帰るだろう。
 おやつを食べていると、庭の戸口が開く音と玄関までの石砂利を踏み締める音が聞こえた。チャイムが鳴る。
 まだ昭和も後半で回覧板やお裾分けなどで近所の人が玄関先まで入ってきた時代。NHKや新聞の集金もある。とはいえ、怖いのでチェーンをして家の扉を開けた。

 隙間から見えたのは、中年の女性だった。特に目立った特徴はないものの明らかに近所の人や知り合いではない。
「すみません、こちらAさんのお宅でしょうか」
「そうですけど、今お父さんもお母さんも出かけて私一人なんです」
 そう言って追い払おうとした。普通ならここで「日を改めて」などと帰るところだ。
 しかし黒髪の女性は、それを聞いても物怖じせず、一方的にこう聞いてきたという。
「大事に飼っていた犬が逃げまして、私毎日毎日探してるんですよ」
「はぁ」
「おたくに似たような犬が入っていったと伺ったのですが」
「いえ、知らないですよ」
 Aさん宅で犬は飼っていない。
「ちょっと中を拝見させていただけませんか? この目で中を確かめさせてほしいんです。はるばるここまでやってきた意味がないので。どうぞ私を家にあげてください」
 変なことを言う大人だ。小学生でも分かる。
「ダメです、ダメです。今、両親いませんので」
 家の中はざっとだが、さっき2階まで見た。万一父母が保護していても分かるだろうし、何より一言残すだろう。
 早く帰ってもらいたいのだが、一枚扉の向こう側で大人の力でノブをガッチリと握られている。Aさんは少し譲歩するつもりで聞いた。
「犬の種類と名前を聞かせていただけませんか?」
「言えません。あなたと私はそこまで深い関係じゃないから」
 Aさんは少し鼻白むが、勇気を奮って声を上げた。
「ダメですからね!」
 一瞬力が抜けたのを見逃さず強引に扉と鍵を閉めた。一枚板の向こうで女性がたたずんだまま大声を上げる。
「私にはいくらでも時間があるから、ここで待つことにします」
「お父さん、お母さんそのうち帰ってきますよ」
「それまで待ちましょう。大人同士ならすぐに済む話ですから」
 怖い中年女性が来た。後ずさりながら玄関を離れた。
 女性は扉の向こうで同じことを言い続けている「はるばるここまで来たのに」「可愛がっていた犬を探したいだけ」「あの人がここへ逃げ込んだと言っていたから間違いないんだ。確認させてほしいだけなのに、やっぱり子供は話が通じないなぁ」「大人が帰ってきたら話せばいいか」
 今なら迷わず警察を呼ぶのだが、当時そんな知恵はなかった。また、女性は家の前で訳の分からないことを言うばかりで、窓を割ったり無理矢理入ってこようとはしていないため、そこまで頭が回らなかったということもあった。
 ひとしきり声を上げると、女性はぐるりと建屋を回りこみ、犬を探しているのか庭をうろうろしている様だった。磨りガラス越しではっきり見えないのが不幸中の幸いだった。

 しばらくすると、女性に話し掛ける声が聞こえた。
「犬見つかった?」
 歳のころは、Aさんと同じかそれより下の男の子だ。
「いえ、まだ分からないんですよ」
 あきらかに年下の男の子に向け、敬語を使っているのが子供心に奇妙だった。距離としては、家の庭の外の道路から声をかけているように思える。
「犬見つかったの、見つかってないの?」
 なぜ男の子がそれほど強く聞いてくるのかは分からない。
「すみません、申し訳ありません」
 年齢的には親と子(女性が勿論親だ)位離れているように思えるが、ペコペコ頭を下げるシルエットが見える。
「見つかったか見つかってないか聞いてるの」
「分かりません!」
「大人なのに何でこんな簡単な調べ物もできないんだ!」
 二人の会話がヒートアップしてくる。
「いるかいないかだから、返事は二つのうち一つしかないんだよ!」
 声変わりもしていない声で激しく問い詰める。Aさんは、この騒ぎを聞きつけて誰か近所の人が来てくれないか祈った。
「いえ、ですからあの、家の中を見ていませんもので」
 女が言い訳し終わる前に2階の隅から大きなものが落ちる音が聞こえた。
 音は、バタバタと2階を移動している。ちょうど大きな四つ足の獣くらいの質量だ。
 階段のところまで来たので、慌てて、そちらへ向かった。途中で踊り場がある階段の途中までドタドタと大きな音を立てて何かが転げ落ちてきた。ちょうど1階から見上げるAさんの視界に変な生き物が入った。
 それは、手足、頭が普通と違う方向を向いた男性だったという。背丈は子供ほどだが、顔は中年のそれだったという。
 しかし、じっくり眺めていないためはっきりとは言えない。
「うわっ、誰!?」とAさんは問う。
「い、い、犬っ」
 男は笑い声を含んだ声でそう答えた。そこで記憶が途切れた。

 気が付くと、家から歩いて15分ほどの場所にあるスーパーの漬物売り場にいた。
「Aちゃん、どうしたの? 何で裸足なの?」
 足が冷たいことに気付いたのは、近くのおばさんに声をかけられた時だという。
「家に変な人がいっぱいで」
 近所の人は、車で家まで送ってくれた。玄関は開けっぱなしだったが誰もいなかった。
「何か変なにおいしない?」
 部屋の中には生臭いさが立ち込めていた。生ゴミのようなものだ。おばさんはてきぱきと窓を開けてくれた。「ちゃんとご両親に言うのよ」と言われたが、結局、両親には何も話せなかった。

 それから5年ほどして中学に上がったころ、家族三人で倉庫型の大型スーパーへ行く機会があった。なかなか来ないので、テンションが上がる。
 食べきれないことが分かっているのにお菓子の大袋を買うなど父親に「お転婆だなあ」とたしなめられながらも、楽しいひと時を過ごしていた。
 品物を選んでいるとき、肩を軽く叩かれた。父親かと思って振り向くと、女性が立っていた。
「あの時はどうも~」
 小さく頭を下げて、どこかへ行ってしまった。頭の中が、疑問符で埋まるが、急に思い出した。
 あの時、玄関で犬を探させてくれと頼んできていた中年女性だ。数年たっていたにもかかわらず、全く外見は変わっていなかったという。
 
 以来、特におかしなことは起こってはいないという。

                        〈了〉

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出典

元祖!禍話 第十一夜 加藤よしきがやたらと褒めてきた回(2022年7月9日配信)

46:35〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/737217427

※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi

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