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【禍話リライト】犬の面の箱

 人知を超えたものは、境界や変わり目に集うという。
 だから、道と道との境界である辻で行われる「辻占」が力を持つし、町と外との境界には悪意のあるモノが入らないように道祖神が置かれる。
 これは、人生の節目である「引っ越し」に紛れて、何かが入り込んで来ようとした話。

【犬の面の箱】

 現在40代のCさんが小学生のころ、物心ついたころから住んでいた家から引っ越しすることになった。父親の仕事の関係だったという。
 家族は両親とCくんの3人。他府県の一軒家へと越してきた。
 新天地に着いて、皆バタバタとしながら新たな日常になじんでいった。引っ越しあるあるだが、こういう時に、日常使いしないものは、段ボール箱の中に詰められたまま最後まで取り残される。
 1週間ほどして落ち着いた休日、Cくんは、自分の部屋の開けていない段ボールを整理することにした。意外に日常生活の必需品というのは多くはないものだ。
 いろいろ開けていくと、下の方から木箱が出てきた。
 人生初の引っ越しということで、余裕なく適当に詰めたので、覚えがない。開けてみると、中にプラスチック製の犬の面が入っていた。どこでも売っていそうな安物だ。しかし、それが後生大事に木箱に詰められていることに少し違和感を感じた。だから、それを持って1階の父親に見せながら聞いた。
「父ちゃん、これ何だっけ」
「あー、これな。お前好きだったろう。覚えてないか、小さかったからなあ」
 自分が物心つく前に好きだったものだったのかと得心した。しかし、もうお面をかぶって遊ぶ歳でもないので、両親の寝室にある押し入れにしまっておいた。

 ある晩、トイレに行きたくて目が覚め、用を足して2階の自室に戻ってきたら、隣の両親の寝室から明かりが漏れている。両親とも仕事の関係もあって、二人とも就寝は早い時間だったが、まだ起きているのかとヒョイと覗きながら声をかけた。
「寝ないの?」
ーーしかしこちらに背を向けた両親の反応はない。
 中を見ると、二人で押し入れを開けて、木箱の中の犬の面をまじまじと眺めている。Cくんが「何してるの?」と再度声をかけるも、全くの無反応だ。あまりの反応の無さに気持ち悪くなってきて、「早く寝たほうがいいよ」と投げかけて自室で寝た。
 翌朝、両親はいつも通りだった。夫婦で寝ぼけていた可能性も高くはないだろう。その日、学校から帰ってきて、両親の部屋に入って、再度面を見て見た。やはり、見覚えはない。くるりと裏面を向けて見た。すると、マジックで名前が書いてあったのだが、Cくんは「ひろと」であるにも関わらず書いてるのは「まさひこ」と文字数も、何もかも合っていない。
 気持ち悪くなってきて、『自分には本当は兄がいたのだろうか』などと思うも突拍子もなく、聞くことができない。だから、夕飯の時に、切り口を変えて父にこう質問した。
「俺、やっぱりあのお面知らないんだけど」
「ふ~ん」
とそっけない。そこで会話は終わってしまった。

 その晩、またトイレに行きたくなって目が覚めた。扉を開けるときに、『また両親の寝室から明かりが漏れてたらどうしよう』と思ったものの、明かりは漏れていなかった。安心して廊下に出て、階下に目を向けると、何やらボソボソと声がする。耳を澄ますと、父の声のようだ。場所は居間からだろうか。
 何となく怖くて階段の明かりも付けずに、下へ降りて行って階段の途中から今をうかがった。すると、居間の机の上に木箱を置いた父が、それに声をかけていた。母は、そこにはいないようだ。内容は、どうやらCくんのことについて謝罪している。父が突然おかしくなったのだろうか。
「ひろとは、子どもでこういうことがよく分かっていないんです。申し訳ありませんでした」
『何木箱に向けて謝っているんだ。母親に言ってダメなら信頼できる大人に相談しなきゃ』
 そう思ったとたん、知らないおじさんの声がした。居間には、見えない位置に父親以外にもう一人誰かがいたのだ。
「それはでも、まぁ……」
 聞いたことがない中年男性の声だ。内容としては、父親は謝罪をしているのだが、この見知らぬおじさんは許すつもりはないようだ。Cくんの頭に多くの疑問符が沸き上がる。
「年齢が年齢ですから、世の中の道理も分からない年ですから」
「いや、年端もいかない子どもがしでかしたからと言って、損害額が少なくなるわけではありませんからね」
 Cくんの心当たりは、『そのお面のことを知らない』といったくらいなのだが、なぜこのような話の流れになるのか分からない。混乱しながらも耳を澄ませていると、父の話し相手が、ソファーから立ち上がる音がした。
「じゃあ今から本人に話してきますわ」
ーーそう言って、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
 驚いて、階段を駆け上がった。『もう音など聞こえてもいいや』というほどの心持だったという。自室に飛び込んで扉にカギをかけた。カギと言っても、外から10円玉で開くような簡易なものだ。
 その男性も追っかけてくるでもなく、そのまま普通に階段を上がってきて、Cくんの部屋をノックした。
「起きてるかな~」
 階段の足音が耳に入ってないわけはないのに、それは知らない風で話しかけてくる。
「こんな遅い時間に申し訳ないね。起きてるかな~、起きてないのかな」
 無視するしかない。
「もう寝ちゃってるかな。明かりも消えているみたいだしね。布団の中かな」
 そうした質問が扉の向こうから何度も何度も繰り返された。Cくんは、自室のベッドの上で布団をかぶって体を硬直させていた。しかし、聞き間違いでも何でもなく、1回だけ、部屋の中で「もう寝てるかな」という声が聞こえたという。
 結局、何度も聞かれるうちに気が遠くなってしまい、気が付いたら朝だった。失神したのだろう。
 時計を見ると6時を回ったところで、いつもの起床時間よりもずいぶんと早い。全身に力を入れていたせいかあちこちがこわばって、筋肉痛のように痛かった。部屋の外で、母親が寝室を出て朝の準備を始める気配がした。時間的にはいつも通りのことだった。続いて、階下に降りた母の声が聞こえた。
「あれあれ、あなた、こんなところで何してんのよ」 
 父親は昨日見た居間でそのまま眠りこけてしまっていたようだ。
「ごめんごめん、俺、何してたんだっけな」
「いやだわ、またお酒を飲んでるうちに寝ちゃったんじゃないの」
「そうだっけな、あれー」
 居間には、父親自慢の洋酒コレクションがあり、これを味わうのが父親の数少ない趣味でもあった。そんな会話を耳にしながら、Cくんは全身の痛みを押して、階下の居間へと顔を出した。
「まぁまぁ、コーヒーでも入れますから。新聞も取ってきますし」
 今の入り口に立ったC君に気付いた母が声をかけた。
「あら、今日は早いわね」
「昨日あんまり寝れなくて」
「へー」
 そう言いながら、母親の手元を見ると真っ二つに割れた木箱ーーおそらく中の犬のお面も一緒に割られているーーを躊躇なくごみ袋に放り込んでいた。
 目を向いて驚いたのだが、そうなってしまっては、もう手出しはできない。結局、そのゴミ袋は、Cくんが登校するときに途中まで見送りに来てくれた母親がごみ集積所に出していたという。

 Cくんは、たまたま引っ越しのどさくさに紛れて、何か怖いモノが我が家に急に訪れたのではないか、という。その試みは失敗したのだろう。
 それ以降、特に変わったことはないそうだ。
                         〈了〉

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出典

禍話インフィニティ 第四夜(2023年7月22日配信)

41:30〜

※しかし、は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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