見出し画像

【禍話リライト】シルクハットの食い違い

 記憶の食い違いは、後味の悪さを呼び起こす。
 確認ができず、しかもその原因が記憶の食い違いにあるとしたら、それはもう確認の手段がない。
 これはそういう話。

【シルクハットの食い違い】

 現在40代男性のBさんが中学の時に、友人のAくんの家に泊まりに行った。比較的仲がいいものの、あまりAの家には来たことのないCくんと3人でのお泊まりだ。
 しかし、今になってBさんがCくんと話すと、その時起こった出来事に齟齬がある。1対1のままではずっと話は平行線だ。Aくんに確かめようにも連絡先が分からないためできないという。
 かぁなっきさんはBさんからこう聞いた。
「少しの違い、例えば階段に手すりがあったかなかったか、食べた晩御飯のメニュー程度なら、30年近く前の子どもの頃の事ですから、まぁあり得ることですけど、そもそも根本的に違うんです」
ーーそう言って、詳細を続けた。

 Aくんの子ども部屋は、2階にあった。途中で踊り場のある階段を登って短い廊下の手前側にAくんの部屋、奥側には妹さんの部屋が並んである造りだった。
 それなりに盛り上がり、ご飯を食べ、寝る段になって、Cがトイレに行きたいと言い出した。季節は夏。この家に来てからガブガブとジュースを飲んでいたので何ら不思議なことではないが、トイレが1階にしかなかったためわざわざ階段を下りなければならなかった。
 Aくんの家は、妹さんの部屋と屋根裏がつながっていたりと特徴的な間取りだったので、4人家族でトイレが一カ所しかなかったことも特段疑問には思わなかった。
 Bさんは、そもそも小さな家に建て増しを重ねていたことも原因となっていたのではないかと考えていた。

 トイレに行っている間に、Bさんが談笑していると、Cが戻ってきてAくんに聞く。
「そういえばお前んち、階段の途中の明り取りの窓のところ、少し外に飛び出していて台みたいになってるけど、あそこに鉢植えがあって中身が空っぽなんだけど、最近何か枯らしちゃったのか? あそこ、明り取りなのに陽当たりも悪そうだし」
「えっ? うちに、鉢植えなんかないけど」
 少し驚いた様子でAが反応する。
「窓もあるし、その内側がちょっとした台みたいになってるけど、そんなの前からないぞ」
 何度もこの家に遊びに来ているBさんも加勢した。
「いやいや、あるよ」
 そう言って、Cは今しがた閉じたばかりのドアを開けて、階段のところまで行って帰ってきた。
「ゴメンゴメン。よく見たら鉢植えじゃねぇな、あれ、何だろう」
 階段を上がってきた時にちらっと見ただけで、凝視はしなかったらしい。
「ほら、あれだよ。シルクハット。ああいう帽子をかぶるときとは逆にしたような」
 それを聞いたBさんは思わず笑ってしまった。
「何言ってんだ。シルクハットなんてそんなとこにないだろ、もし、Aくんのおじさんが使っていたとしても、何でそんな陽当たりの悪いとこに置くんだよ。しかもシルクハットって手品師じゃあるまいし、なぁ」
 そう言って、Aくんを見ると心底驚いているように見えた。目を大きく開いて声にならない叫びをあげているようだ。風呂から上がったばかりなのに、脂汗もかいているように見えた。
 こういう時、普通の反応なら、「そんなもんないよ」か「そういえば、父さんが持っていたな」の二択だろう。なのに、魂消たの言葉通り仰天している。
「し、シルクハットみたいな帽子が……」
 呻くようにAくんがつぶやいた。
 ここまでがBさん、Cくん二人ともの共通した記憶だ。
 だが、この先の展開がまったく違うのだという。

 Bさんの記憶では、仰天しているAくんを見て少し怖くなってきた。数メートルのことだが、確かめにもいかなかったという。
「もういいや、寝ようぜ」
と電気を消すと、10分ほどしてAくんの父親が子ども部屋に来たという。そして、Cくんに詰問口調で「本当にシルクハットを見たのか」「どんな形だったんだ」と問い詰めている。質問はどんどん分からない内容になっていったそうだ。
 Bさんは普段あんなにやさしいお父さんが、何をこんなに必死に聞いているのか理解できなかったという。川の字に並べた布団からむくりと上半身だけ起こしたAくんは、Cくんが父親に詰問される様を、止めるでもなく薄暗いグロー球の明かりの中で見ていた。
 話の詳細は理解できないが、Aくんの親父さんの「見たのか見てないのか」という質問に、Cくんが「見てないです、見てないです」と答えていた様子だけが印象に残っている。しかし、それを聞いたお父さんは全く引かずに血走った目でよく分からないことを質問を続け、Cくんが悄然とそれを否定する、そんなシーンが記憶に残っているそうだ。
 翌朝もその後も、この話題についてAくんもCくんも触れず、ほどなくしてAくんも転校してしまったため、事の真相は分からないままだった。

 20年ほど経って、久々にBさんはCくんに会うことになり、この話が出た。自身が覚えている様子を伝えると、にべもなく否定された。
「何言ってんだ、そんなこと起きてなかったよ。それよりも、そのあとのお前の態度は何だ」
と言ってきた。確かに、お泊りの後、3人とも少し関係がぎくしゃくとして、すぐにAくんは転校してしまった。Bさんはそういうことがあったからだと解釈していた。
 しかし、Cくんの記憶はこうだった。
 3人で布団を並べて電気を落とした後、誰も上がってくることなく、そのまま寝てしまった。
 2時間ほどして尿意を覚えて、目が覚めた。
 しかし、周りを見渡しても隣に寝ているはずのAもBもいない。
 『変だな』と思いつつ、廊下に出ると、隣の妹の部屋の扉が全開になっている。夏場だとはいえ、不用心だ。
 数歩進んで、部屋の中を見ると、Aくんの妹の姿もない。
 しかし、尿意には勝てず、トイレをするために静かに一階に降りた。
 一応皆に気を使って、電気は点けなかった。
 用をたして出てくると、胸騒ぎがする。トイレを出てすぐ右側が、両親の寝室だったが、その扉も大きく開け放たれていた。しかし、人の姿は見あたらない。
『どうなってんの?』と思いながら、1階をぐるりと見渡すと、トイレ以外の扉はすべて開け放たれていたものの、皆で夕食を取った居間の扉だけが閉じられていた。
 一歩近づいて気が付いた。
 ガラス張りの扉の向こう、真っ暗な居間の中で、今この家にいる自分以外、つまり、Aくんとその両親、妹、Bくんが混ざってソファに座って額を突き合わせてヒソヒソと何かを話している。
 「どうしたらいいのかー」などという声が途切れ途切れに漏れ聞こえる。
 『気持ち悪い!』と思って部屋に戻ってそのまま寝たのだそうだ。
 ここまで話して、
「こういう状況だったんだけど、お前記憶ないのか?」
と問われた。その表情は真剣そのもので、冗談を言ってる風ではない。
 Cくんは、何かシルクハットにまつわるマズイことがあって、Aくんと懇意だったBくんを交えて今後の方策について話していたのではないかと思っていたのだそうだ。自分は知らないまま何かタブーに触れてしまったのではないかーーそんな風に解釈をしていたのだという。
 だから、しばらく3人の間柄がギクシャクしていたのだと。

 この話を聞いて、本当はどうだったのか確かめたいのだが、Aくんの所在が分からない。
 加えて、少し気味の悪いことに、どこかへ引っ越すとなると、何かヒントになる情報があるものだが、全く分からないという。考えてみると、中学の事なのだから、どこ方面へ行く、父親の仕事の関係で、あるいは他に親しかった友人が(ヒントであっても)後の所在を知っているということもあると思うのだが、誰も、全く情報を持ち合わせていないのだという。

 気になるのは、Aくんの引っ越しの時期だ。
 あのお泊り会のすぐあとだったことから、Cくんが見たものが何か関係しているのかもしれない。また、もしかすると、BさんもCくんも2人ともの記憶は真実ではないのかも。
 真実は、藪の中だ。

                      〈了〉

──────────

出典

禍話アンリミテッド 第11夜(2023年3月25日配信)

33:33〜

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートは怪談の取材費や資料購入費に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。