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【禍話リライト】夜の足湯

 怪異は意外に、日常のすぐそばにある。
 薄壁を隔てた向こう側、公衆トイレの扉の中、そして湯船の隣にも。
 これはそういう話。

【夜の足湯】

 Aさんは、温泉や足湯が好きだった。
 もちろん今も大好きだが、昼間にしか行かない。

 少し前の話。Aさんはマニアックな観光地の足湯を探し出し、人気ひとけの少ない時間にじっくり楽しむということを積極的にしていた。
 その時も、ある行楽地のはずれに足湯を見つけ、夜も随分と更けてから足を浸けたという。すぐ近くを幹線道路が走るような交通の便が良い場所にもかかわらず、あまり知られていないというような文字通りの穴場だった。照明も程よく抑えられており、内心「いい場所見つけちゃったなぁ」とほくそ笑む。

 パンツのすそを上げて、足を浸ける。
 非常にいい湯加減で、思わず目を閉じてしまった。無意識に声にならない声が喉の奥から湧いてくる。
 目を開けると、すぐ横に人がいた。
 着物を着て、両の足をお湯につけている。
 目を閉じていたのは、長くて数秒。とても人が来るとは思えない。しかも、足を湯につける音も聞こえず、気配もなかったという。

 女性は、おばあさんというには若く、おばさんというには少し年かさといった印象だった。ぼんやりと前に視線をやり、こちらは気にはしていないようだ。
 しかし、怖くて逃げだそうにも、湯から足を出すときのかすかな音を立てるのもはばかられるような静寂が場を包んでおり、どうしようもなくなって、再度Aさんは目を閉じた。
 体感時間だから、正確なところは分からないが、2、3分経った頃に恐る恐る目を開けて隣をうかがった。が、先ほどと変わらず女性はそこにいた。
 内心「誰か来ないかな」と強く願うも、そもそも人が来ない穴場に、人気のない時間を選んでいる。他の来訪など望むべくもない。

「嫌だなぁ、怖いなぁ」
と思っていると、突然その女性が語り出した。
「何か言ってる!」
 耳を澄ますものの、内容は聞き取れない。ささやき声というのだろうか、声帯に力をいれずに何かもそもそと言っている。
 それでも、懸命に耳を傾けるうちに内容が分かった。
 童謡の『犬のおまわりさん』だ。
 その中の「♪い~ぬ~のおまわりさん」の部分を何度も何度も繰り返す。
 それも、先ほどまでは注意しないと聞き取れなかったのに、繰り返すうちにどんどん声が大きくなってきた。ついには、普通の話し声くらいにまでなる。
「絶対にヤバい人だ」
 半ば祈るように誰かの訪問を願った時、すぐ近くにある道路をトラックが轟音を立てて通り過ぎた。その折に、面した壁に開けられた小さな窓から、大型車の強いライトが室内を照らし出した。

 次の瞬間、室内にはAさんの他、誰もいなくなっていた。
 この時ほど、トラック野郎(かどうかは分からないが)に感謝したことはなかったという。
 しかし、今でも『犬のおまわりさん』は少し苦手だという。

 穴場だからと、人のいない施設に行くと、何か別のモノに出会うかもしれない。十分にご注意を。

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出典

元祖!禍話 第七夜 食糧支援大感謝祭(2022年6月11日配信)

24:00〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/734901131



※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。


下記も大いに参考にさせていただいています。

禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi

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