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【禍話リライト】びしょびしょの子

 2週間ぶりの禍話はすばらしかった。
 特に後半、「赤い布」から「いんちょうの話」の2話は、本当に肝が冷えた。どなたかリライトをお願いします。
 さて、学校にまつわる奇妙な話を。

【びしょびしょの子】

 現在40歳になるAさんが、小学校の時、定年間際のかなり年かさの老先生から聞いたはなしで、あるシーンだけ鮮明に覚えているという。
 だから、そのシーン以外は少し記憶がおぼろなのだが、そこは思い出しながら語ってくれた。
 Aさんにその話をしたB先生は、とても人当たりが良く、落ち着かない子や、教師の言うことを聞かない子でも不思議と授業を聞いてしまう。そんなオーラを持つ先生だったという。
 よそのクラスの担任だったので、よく皆で「B先生が担任ならよかった」と言い合っていたのだという。
 いまだに同窓会で「B先生のあの話」という風に話題に上るのだから、それなりに、インパクトのある話だったのだろう。

 夏前のことだった。放課後の集会か何かだったそうだ。
「この季節になると思い出す怖い経験があってねぇ」
 生徒が「教えて、教えて」と口々にせがむ。
「訳の分からない話なんだけどねぇ。なぁんだって言われちゃうかもしれないけど、まぁ聞いてもらおうか」
 そんな風に始まった話はこんなものだった。

 B先生が、まだ駆け出しの頃というから、さらに昔。だから、1960年代頃の昭和の話。
 まだ若かったB先生は、時々見回りをしていたのだそうだ。今のように、警備や監視の装置などがあるわけではない。人による見回りは生徒たちの安全のための必須の行動だった。
 夕方に小学校を見回っていたら、梅雨時の放課後ということもあって結構校内には生徒が残っていた。「気をつけて帰れよ」「傘あるのか」「もう閉めるぞー」などと声をかけていると、2階のとあるクラスに女の子が二人残っていて、顔を見合わせている。
「どうしたんだ、帰れよ~」
 やわらかい口調で声をかける。
「うーん、先生さっきまで非常階段にびしょびしょの子がいたんだよ」
 非常階段はこのクラスから近かったこともあり、すぐに見に行ったものの人影はなかった。
 小学生のこと、雨が降ってきたことにテンションが上がって、ずぶぬれになるまで外で遊ぶ子がいないとは言えない。
 女児がいたクラスに戻ってきて聞く。
「びしょびしょだったのか?」
 風邪でもひかれでもしたら、大事おおごとだ。
「うん。最近、雨が降ったらときどきいる」
「男の子かい?」
「女の子……だとおもうけどなあ……分かんない」
「今度見かけたら、すぐ先生に言ってくれよな」
「分かったー」

 そんなことがあったので、次の雨の日、夕暮れが深くなる前に見回りに出て見た。先日のクラスの前を通りかかると、先日の女児たちが声をかけてきた。
「先生! 今いたよ!」
 急いで、非常階段へ向かうも誰もいない。階段自体は雨でびしょ濡れなので、足跡などいた痕跡も見当たらない。急いで向かったから、その足音に反応して逃げたのか。
「先生の姿が見えて、怒られると思って帰っちゃったのかもしれないよ」
 今度は一緒についてきた女生徒が言う。確かに、ドアには嵌め殺しのガラスがはまっていて、外が見える。こちらから外が見えるということは向こうからも中が見えるということだ。
「そうなのか」
 元気なのはいいことだが、少し常軌を逸しているようにも思える。
「同じクラスの子かな? あるいはどこのクラスか分かる?」
「いやぁ。分からない」
「そっかー」
 女児たちが比較的低学年だったことから、それ以上複雑なことは頼めなかった。
 もう一つ気付いたのは、廊下から非常階段に面したドアのかぎが閉まっていることだ。つまり、下の階からテンションが上がった子供がこの階に上がって来たのだろう。
 その後も、時間帯を変えて何度か聞いて駆け付けたものの、自身の掃くスリッパの音が特徴的で感づかれてしまっていたようで、一度もその姿を見ることはできなかった。
 全校集会でも皆に注意を促したが、皆「そんな人がいるんだ」程度の反応だった。子どもだから、一瞬でも「ヤベ!」となる生徒がいるかと細かく表情を見ていたつもりだが、該当の生徒は見当たらなかった。あるいは、自分の行動に正当性があると思っているのかどちらかだろう、と結論付けた。
 その時期に何度かチャンスがあったのだが、姿は見ずじまいだった。

 そんな梅雨の合間の晴れた日の夕暮れのこと、他の先生が見回りに行ってくれていたので、B先生は、2階にある職員室でテストの採点をしていた。
 夏休み前の繁忙期ということもあって、たまたま職員室にB先生一人だった。
 手元に集中していたが、ふと視線を感じて顔を上げた。声をかけられたわけでも、音が鳴ったわけでもないという。本当に些細な、気配のようなものを感じたのだ。
 すると職員室のベランダに、30代くらいの女性が立っていた。
 見覚えがない。
 学校の先生はもちろん、事務の人、関係者、知る限りの保護者にも該当しない。そもそも、保護者の場合は、職員室を通らなければならない構造上、勝手に入ることもできない場所だった。
 驚きながらも近づき、「どうしたんですか?」と声をかけようとした。
 そこで、外に出る大きな窓に鍵が掛けられていることに気付いたという。もちろん内鍵だ。
「誰も出てないから閉めてるんだよな」
 独り言で確認してさらに近づいて気付く。
「あの……」
 女性は、びしょ濡れだった。
 その日は雨が降っていない。
 少し慄いて、後ずさりして別の先生の机に当たって、声を上げてしまった。
 大きな窓はカギが閉まっているが、昭和の時代のこと、クーラーなどというしゃれたものがあるわけではなく、涼をとるために、窓は開け放してあった。
 だから、音は聞こえる。
 こちらを見ていた女性が急に、ベランダの狭い空間を走りだした。
 そのフォームも独特で、足を大きく上げるような形だった。見っていて疲れそうなほど一生懸命だ。狭いスペースをぐるぐるぐるぐる回っている。
 そこでB先生は、もう一つ気付いた。
 足音が、水を踏んでいる「ビチャビチャビチャビチャ」というものなのだ。もちろん、今日は晴れていたので、濡れてなどいないし、梅雨時とはいえ水はけはとても良い。つまり、乾いたコンクリートの上を走り回っているのに、足音だけ、水たまりを踏んだような音を鳴らしているのだ。
「うわー!」
 そのまま、腰が抜けながらも後ずさりして、廊下に出た。
 走って他の先生を探し出そうとし、てふと我に返った。
『おかしくないか?』
 鍵がかかった扉の向こうにいたこと、濡れてもいないのに水の足音がしたこと、見知らぬ大人が校内に入り込んでいること。
 戻ると、職員室内はもちろんベランダにも人はいない。
「落ちたのか!?」
 あわてて鍵を開けてベランダに出て、下を見るも人がいる様子はない。
 そうしている間に、外へ出ていた他の先生たちが返ってきた。
 説明しようとしたが、痕跡が何一つない。
「疲れてるのかな」
 職員室の室内へ戻ろうと扉に手をかけて、思わずひっこめた。
 出入りに使った大きな窓の取っ手が、ぬめぬめと湿っていたからだ。
 B先生の例えによると、今でいう保湿系クリームを大きな窓の外側や取っ手に塗りたくっていたようだという。あるいは、ものすごい汗っかきの人に触ったような。それが、女が立っていた面にだけべっとりとある。
 当時は、ウェットティッシュのようなものもなかったから、雑巾でがんばってきれいにしたという。
 しかし、同僚には言えなかった。

 その後も、2階の教室で、女子たちが残っていることはあったものの、「非常階段にびしょびしょの子がいる」と言うことはなくなった。
 しかし、B先生が見たのは大人の女性だ。
 そういえば、この子たちに濡れていた人の外見を聞いたわけではない。だから、具体的な外見を聞いてみた。
「前に言ってた、びしょびしょの子ってのは、どんな人だったの?」
「えーっとね、背が高くて、女の人で……」
 聞くと、大人の女性の特徴を上げる。
「それは、大人の女性じゃ……」
 言いかけて気付いた。確かに、同じクラスの子かと聞いたが、こちらは大人だなどと思っていないから、そういう聞き方しかできない。だから少しだけ苦言を呈した。
「大人だったら大人って言ってくれなきゃ、先生も分からないよ」
「えー、でも、あの人的には自分を子どもだと思っているからと言ってたから……」
 聞くと、彼女たちは1度だけ話したことがあるのだという。その時にそういわれたから、「びしょびしょの」と呼んでいるのだと説明してくれた。

 定年間近になって、冷静に考えると、分かる。子どもたちがその存在を口にしてくれたから気付いたが、ひょっとしたら、視線を感じないタイプの人は、職員室の窓の外に立っていても気付かないのではないか。自分の勘付くかなり前からずっとそこに居たのではないか。たまたまB先生が子どもたちに聞いていたから波長が合って見えただけではないか。
 また、そうしてB先生に存在を確かめてもらえたから、満足してしばらく出てこなくなったのではないか。

 何年か経って、その小学校を尋ねたとき、今は喫煙所となってしまったベランダで、本当に稀に扉や窓がベトベトしていることがあるのだという。
 しかし、わざわざ昔の経験を語ることはしなかった。
 いまも、あの女はそこに居るのかもしれない。

 Aさんは、「細かいところは違うかもしれませんが、職員室の外で、駆けまわるところは確実に聞いたままを言っています」と話を締めた。

 この話を聞いた、一言多いので有名な多井さんは、
「水たまりがないのにそういう足音がしたということは、そいつ自身が鳴っていたということだ。柔らかい素材ということかな」
ーーと言葉を添えた。
                          〈了〉

〈追補〉
 妖怪・濡女とよく間違われる濡れ女子おなごというモノがいるが、ディティールが少し違う。あるいは、昔からこのような怪は多くあったのか。
 
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出典
禍話フロムビヨンド 第一夜(2024年6月29日配信)
30:30〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!

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