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【禍話リライト】外の読み上げ

 「告げる」怪異というのは古くからある。コロナで有名になったアマビエもそうだし、「くだん」もそうだ。また、春祭りの多くは(暦上も含む)春の訪れや予祝を「告げる」ものではないか。
 この話は、告げる怪異ではあるものの、その結果がイマイチ分からないというもの。それでも、十分気持ち悪いが。

【外の読み上げ】

 現在40歳のAさんには高校時代、学校の近くに住むBくんという友人がいた。校舎のすぐ裏に住んでいて、チャイムが鳴る5分前に起きても間に合う、たまたまそんな場所に家があった。
「おまえいいなあ」
「いやそうでもないぞ、何か行事や朝早いイベントの時は必ず頼られる」
「それもそうか、一長一短だなぁ」
としょっちゅう会話を交わしていたという。

 ある月曜日、Bくんが浮かない顔で登校してきた。
「週頭から不景気な顔してるな。どうした?」
「いや、近所に変な奴が住んでいるらしくて、夜更けにドアをノックしてくるんだ」
 Bくんの家族は、彼と両親のみ。そのことに最初に気付いたのは、母親だった。
「夜の10時くらいに、玄関のドアをノックするんだ。チャイムもあるのに。おふくろが怖がっちゃって、ほら、うち親父が夜遅いから」
 Bの父親は飲食店を営んでおり、時間が遅かったり、土日に仕事だったりする。
「親父の戻る11時とか12時にはそんなことないんだけど、気持ち悪いなって。で、俺の部屋二階だからわからなくて、おふくろが怖い怖いって言うもんだからさ」
 聞くと、高校生とはいえ一応男性なので、昨日、日曜のその時刻にバットを持って待機をしていたのだそうだ。父親はまだ仕事だ。
 すると、案の定10時過ぎにノックがあった。
 ドアスコープを覗くと、真っ暗で見えない。つまり、指か何かで穴を押さえているのだ。
 ドアに耳を当ててみると、何やらブツブツとつぶやいている。
 よく聞くと、それは名前だった。
「D村E男、F川G太郎、H岡I次郎……」
 内心、『何を言ってるんだコイツ』と耳を澄ませていると、名前を読み上げるのが止まった。再度、覗き穴を見るが、相変わらず暗いままだ。
『その名前が何だよ』、思うか思わないかのうちに、男がこう言った。
「ーーみぃんな自殺した」
 大声を張り上げるのではない。
 明らかに、ドア一枚隔てた向こうに人がいることを想定して口にしている音量だ。
 聞いた瞬間、Bくんは「怖っ! 何それ!」と声に出してしまった。と同時に、ドアの向こうから気配が消えた。
「俺もさ、その時バットを持ってとっさに家を出たらよかったんだけどさ」
 話を聞かされたAさんは、しばしの沈黙ののち「それ、嫌だねえ」としか返せなかった。
「続けてくるようなら、警察に相談しようかって思ってんだけど」
「学校のすぐ近くに不審者がいるってことだろ。そうしたほうがいいよ」

 翌日、Bくんは同じような表情で登校してきた。
 聞くと、月曜の晩は父親が休みだったからその時間にいたのだそうだ。同じように名前が読み上げられる。Bくんもその横で耳を澄ませていたのだが、昨日とは全員名前が違っていることに気が付いたという。
「気持ち悪くないか、スラスラと名前を読み上げているのに一人も被ってないんだぞ。手元にメモがあるとしか思えない。あともう一つ気が付いた」
「何を?」
「全員男なんだ。多分。あきらとか男女共用の名前もあるけど」
「親父さんが飛び出したのは、全部言い終わってから?」
「そう。一昨日と同じ『みぃんな自殺した』まで言い終わってから」
 Bくんの父親が「何だそれは!」と扉を開けた瞬間には、誰もいなかった。あまりに気持ちが悪いので、すぐに警察を呼んだのだそうだ。
 その時間に重点的に付近を警らするようになって、そういうことはなくなった。
「嫌がらせをする人間はいるもんだねぇ」
 そういうごく一般的な感想を言い合って、その事件は終わった……かのように思えた。

 数年たって、大学生になった。
 AさんはBくんと同じ大学に進学できて、相変わらず仲良く遊んでいたのだという。
 ある晩、AさんはBくんの下宿アパートで酒を飲んでいた。
 夜中1時を過ぎて、誰かが部屋をノックしてくる。安アパートゆえ、インターホンなどというものはない。
 飲み会をしていることは、大学の友人たちは知っていたので「誰か来たのかな」二人で顔を見合わせた。Bくんがしとどに酔っぱらっていたこともあってAさんが出ることにした。
 念のため、ドアスコープからのぞくと何も見えない。そのときに、高校時代にBくんから聞いた話を思い出した。とっさに、ドアに耳を当てると、名前をつらつらと挙げている。
 ところが、数秒聞いただけでおかしいことに気が付いた。
 苗字がすべて同じなのだ。
 しかも、奥の部屋で酔いつぶれているBくんの苗字だ。
 体は固まって動かない。男性ばかりの名前を挙げたのちに、言葉が止まる。
 慌てて、ドアスコープをのぞくと、先ほどは真っ暗だった薄暗い廊下が見えた。
 そこには、全く特徴のない男性が真顔で立っていた。メガネもかけておらず、雑踏ですれ違っても気が付かないほどの没個性ぶりだ。
 そして表情のない顔でこう言った。
「みぃんな自殺した」
 扉を開ける気力はもとよりなく、肩を落として部屋に戻ったAさんに
Bくんが「誰だった~?」と酔っぱらった勢いのまま問うてきた。
「え~とね、間違いだった」
 とごまかしたものの、それ以降怖くてBくんのアパートにはいかないようになったのだとAさんは話す。
 Bくんが気が付いていないだけで、あの男は引き続き訪れているのだろうか。
 Aさんは言う。
「多分ですけど、あれ、人間じゃないような気がします」

 ちなみに、Bさんの親族でそのあと急に亡くなった人はいないという。
 都市伝説にある、夜中の砂嵐放送の中で翌日死ぬ人の名前が読み上げられていた、というのに少し似ているが、果たして関係があるのかないのか。

                          〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第五夜(2023年2月11日配信)

30:40〜

禍話アンリミテッド 第五夜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/759094989

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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