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【禍話リライト】リヤカーを置く庭

「これは夢なんですが」という枕詞を信じてはいけない。
 なぜなら、夜に起こった怪異は、夢のしわざとされてしまいがちだからだ。あるいは夢にかこつけて、その話をしているだけかもしれない。
 はたしてこの話は夢か、うつつか。

【リヤカーを置く庭】

 今年30代になる女性、Aさんが大学生の頃、五人ほどの仲間内で談笑しているうちに、何かの拍子に怖い話を皆が披露することになったという。
 しかし、ノリで話しているから、それほど練った話が出てくるわけではない。せいぜい「ほんとうにあった呪いのビデオって実在するのかな?」「そういえば、テレビで心霊特集しているときに窓が鳴った気がした、その後金縛りにあったような」
ーーなど、皆がマイルドな怪異譚を披露していると、友人のBが「俺、一回だけ変な経験をしたんだけど……」と話し始めた。
 Bが過去に怪談を語ったことはなく、どちらかと言えば口下手な方だったため、皆が「聞かせてくれよ」と水を向けた。

 Bの先輩に暴走族に入っているようなやんちゃな先輩がいた。その先輩が「ボロいバイトがあるから手伝ってくんねえか」と誘ってきた。
 内容は、子どもでも引っ張れるような小さなリアカーを廃屋の裏庭に置いてくるだけ、というものだった。それで二万円もらえるのだという。

 ここまでBが話した時に、周りのみなの頭にクエスチョンマークが出る。
「言っている意味は分かるよ、けど、何のために、そんなことを?」
「廃屋の裏庭っていうけど場所は決められているの?」
 矢継ぎ早に質問が飛ぶ、それでもBはめんどくさそうなそぶりも見せずに返答する。
「何のためかは分からんけど。場所は、その時はどこでもいいって言われたなあ。そうそう、時間の指定があったから二人で連れ立って行ったんだけど」
 話を聞く方は『行かないだろ、バカじゃないの』と思いつつも、聞かせてくれと言った手前、耳を傾けざるを得ない。

 場所は聞いても分からなかったため、Bは先輩の車に乗っただけだという。先輩の運転する大きなワンボックスにはすでにリアカーが積んであった。少しでも分け前を増やすためだろう、リサイクルショップかどこかで買ったようだ。もしかすると、かっぱらってきたのかもしれない。錆びだらけで、お世辞にもリアカーとしての用を足しそうにはなかった。
「本当にこれでいいんですか?」
「リアカーなら何でもいいんだよ」
 あまり突っ込んで聞くと、機嫌を損ねそうだしバイト代も欲しい。
「この先だ」
 どう転んでも迷いようがない田舎の一本道の先に、その家が見えた。
 時刻は初夏の夕暮れ。
 長い間人の出入りがなかったようで、庭には夏草が生い茂っていた。
 人の背以上の草をかき分けるのも面倒くさかったので、最短ルートの家の中を突っ切って裏庭を目指すことにした。こういう時に小さなリアカーだと持ち運びには不自由しない。
 リアカーを持って、家の中に入った。玄関の引き戸にはカギは掛けられていなかった。
 家の中は、まあ普通の家だったのだが、増改築を繰り返した後らしく、複雑な造りだったという。

「複雑? どんな感じに?」
 突っ込みどころが多くて口を挟まざるを得ない。
「鴨居の位置がおかしかったり、ふすまの隣に同じ部屋へ続くドアが作られていたり。意味はないよね、変な家だなと思ったけど」
「気にならなかったの?」
「ん? まあ、奥を目指していたから」
 周りの質問にも答えながら、いつも物静かなBが話を続ける。

 特徴的だったのが、部屋中に棚というか、カラーボックスのようなものが散乱していたことだという。
 それは、横倒しになったり、密集して立てられてあったり。引き出しも引かれていたり、閉められていたり。あきらかに、それがあるために人は住めなくなっているような物量なのだそうだ。
 その棚や引き出しの多くには、ボロボロの布が詰められていたという。もちろん、空っぽのものあった。例えば三段組のカラーボックスの真ん中の段にはギチギチに詰まっているのに、他の段は空っぽ、そんな風景が続く。
 布は服のようなものもあった。
『何でこんなのが詰められてんだ?』と疑問に思いつつも、裏庭を目指していると、二階でバタバタと物音が鳴った。
 誰かいるのか、と二人の間で緊張が走ったが、どうも四つ足の動物の足音のようだ。
「やべぇ、野良犬か何か入り込んでやがる」
 先輩の声に、狂犬病という言葉が脳裏をよぎった。
 足音だけで、人の声はしないため、やはり何かの動物なのだろうということに落ち着いたが、降りてこられては困るので階段を探すことになった。
 ぐるりと家の中を見回ったが、階段は見当たらない・・・・・・・・・

 何度も話の腰を折るのは不本意だが、仲間の一人が質問をぶつける。
「二階があって何か走り回ってるのに、階段はないの?」
「言い方が悪かったかな、正確に言うと階段はあったんだろうけど潰されてんだよね、そこだけ、明らかに板の色の違う場所があって。昔はあったんだけど、無いことになってんだな」
 Bの声色はあくまで平坦で、何でそのことをのんきに語れるのかと話を聞く皆の表情が曇る。
「とりあえず、二階にいるものは降りてこないことが分かったんだ」
「それで、どうなったんだ……」

 安心して、先輩と二人で奥に進む。
 しかし、一番奥と思しき所には壁があるばかりで、側面の窓から確かめるが、どうも裏庭へと出る場所が見当たらない。
「裏庭はないんじゃないか」
 二人の間で、そういう疑問が持ち上がった時、階段を下りてくる足音が聞こえた。確かに、先ほど色が変わった天井板を見た場所だ。
 周りで聞く皆の反応を察したのか、Bは説明を加える。
「いや、もちろんさっき確かめたときはなかったんだよ、だから、折り畳み収納式の階段ってあるでしょ、ロフトとか屋根裏に設置してあって、使うときだけ伸びるやつ」
 確かにそういうものはあるが、果たしてそんな廃屋に存在し、なおかつ機能するものだろうか。
 疑問をよそに、Bは話を続ける。
「あとさ、さっきまで四つ足の足音だったんだけど、階段を下りてくるのは二足歩行の足音なんだよ」
 意志を感じる不穏な動きに、隠れることにした。Bはすぐ後ろにある押し入れに飛び込んだ。もちろん、そこまで引っ張ってきた小型のリアカーは隣の部屋の真ん中に置いたままだ。
 先輩は、一緒ではなかったという。
 耳だけを澄ます。
 足音は、隣の部屋まで来て、リアカーの横に佇んだ、と思ったら、その錆びだらけの小さなもので遊び始めた。音だけの判断だが、転がしたり、車輪を回したり、持ち上げたり。どうも、そういう風にもて遊んでいるように思える。
 Bは押し入れの暗がりで息を殺しながら、『二階から降りてきたモノは、人なのか動物なのか』を煩悶しながら、さらに聴覚に集中する。
 その遊んでいた奴の手が止まり、次の瞬間に先輩のものとは違う野太い音声おんじょうでこう言った。
「これ、もってきたひとーーー」
『人間だったのか! 俺らを探してるんじゃね』そう気づいて、さらに物のほとんど入っていない押し入れの奥に身を寄せて、一晩やり過ごしたのだそうだ。正確には、目をつぶって震えていたら、そのまま寝てしまって、朝になって廃屋を飛び出してきたのだという。
「先輩とも、その日から連絡が取れなくなって、お金ももらえないし。怖い損だよ」
とB君は話を締めた。
 それまでワイワイと小さな怪異を述べ合ってきたのに、急にガチの体験を放り込まれた皆は、お通夜のような雰囲気になったという。
「だれが、そんな怖い話をしろって言ったんだ」とつぶやくだけが関の山だった。

 数日たって、Aさんが、Bに会った時に「こないだの話めちゃくちゃ怖かったよ、場所は分からないって言ったけど、大体どの辺の話なの」と話しかけた。
「あれ怖かった? ゴメンゴメン、あれさ、俺が最近見た夢を元に作った話なんだよ」とBは悪びれずに言う。
「内容は全部夢、もちろん先輩なんかは本当にいる人なんだけど」
「Bはいつも口調がたどたどしいから、余計に怖かったよ! 何だ、夢を元に作ったのかー」
 Aさんは一人胸をなでおろしたのだという。

 そんなやり取りがあって、半年ほどたったある冬の夜、Aさんは、三世代で住む実家の二階の自分の部屋にいた。しかし、言いようもない胸騒ぎを覚えた。
 理由は分からない。
 それこそ、『玄関のカギ閉めたっけ』『ガスの元栓閉めたかな』のように、何か忘れたことがあるのではないかというものだ。
 いたたまれなくなって、換気も兼ねて窓を開けた。すると、自分の家の周りをゆっくりと歩いている男がいた。目を凝らすと、夏に怖い話をしてくれたBくんに見える。彼のアパートは、Aさんの家からかなり遠いうえ彼に自宅の場所を教えた覚えもない。
『え? よく似てる人? それとも散歩か何かかな』
 しばらく待っていると、ぐるりとAさんの家の周りを回ったBが姿を現した。街灯に照らされた姿は、大学で見るBの姿に間違いはない。
 慌てて勝手口からつっかけを履いて飛び出す。
「ちょっと、何してるの!?」と聞くと、「おー」と白々しく右手を挙げてこう口にした。
「お前んち、裏庭あるんだなぁと思って」
 半年前の話を思い出して愕然としていると、Bはくるりと背を向けて、「じゃあなー」と歩き出した。ここから彼の家までは、かなりの距離があるにもかかわらず。
 そのまま家に引っ込んで寝床に着いたものの、奇妙な出来事に悶々とほとんど眠ることができなかった。

 翌朝、眼の下に隈を作ってリビングに降りてくると、母親が「大丈夫?」と心配してくれた。
 しかし同じ時間くらいに起きてきた祖父も、輪をかけて顔色が悪かった。
「どうしたの? おじいちゃん」
「いや、夢見が悪くてな。ほとんど寝られんかった」
 どのような夢かと聞くと、夜中にトイレに起きて、家の奥に足を運ぶ。ところが、その個室には、誰かが入っていて咳払いをしていたので使えない。
 しょうがないと思って二階のトイレに向かおうとすると、階段が潰されていて、二階に行けないのだという。目をやると、ご丁寧に階段があった場所には新しい板が貼られている。
「ああいうのなんて言うんだ、ループって言うのか、何度も同じ映像を見せられて気持ち悪かったわ」
 目をつぶるとまた同じ夢を見そうで、結局、まんじりともせずに夜を明かしたのだという。
 それを聞いて、Aさんは祖父の倍、気持ち悪かったそうだ。

 以来、Bくんとは連絡を取っていない。
 もしかすると、リアカーを置いてくる体験は夢ではないのではないか、とも思ったという。
                           〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第六夜(2023年2月18日配信)

27:00〜

禍話アンリミテッド 第六夜(Q同時視聴もあるよ)

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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