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Voy.9【これイチ】使わないなんて損!北極海航路のメリット

【これイチ】『北極海航路の教科書』シリーズ **第9航海**


アトラクティブなメッセージの注意点

北極海航路は地球の極地に存在する航路だ。利用実績も少ないし、永続的な利用にはまだまだ課題も多い。
アジアとヨーロッパを結ぶ航路なら、定番のスエズ運河ルートがある。
しかし、最近になって北極海航路が注目を集める理由は、

メリットがある!

からだ。
もしくは、メリットがあると思われているから、それがホントがどうかを検証中といったところかもしれない。

これまで【これイチ】での航海を重ねてきた乗組員(読者)であれば、「北極海航路のメリットは何か?」と聞かれた時の答えは、既に持ち合わせていることだろう。

第4航海でも、スエズ運河と比較した場合のメリットについて触れた。
もう一度おさらいすると、

  • 距離が短い

  • 海賊のリスクが少ない

  • 船舶輻輳海域を避けて航行できる

  • 海象が比較的穏やか

  • チョークポイントが少ない

この5つを紹介した。

2022年現在、北極海航路に関する解説記事は、インターネットで検索すれば数多くヒットする。そのどの記事を見ても、「一丁目一番地」的なメリットとして、「距離が短い」ことを取り上げている。

しかし、これは本当に普遍的なメリットなのだろうか?
どのような船舶であっても、どのような商流であっても、どの港間での輸送であっても、北極海航路の利用がメリットとなるのだろうか?

本航海では、上記5つの「メリット」について、もう少し掘り下げて見てみることにしたい。

1.距離の短さについて

横浜港とロッテルダム港を結ぶ2つのルート

上の図は、横浜港とロッテルダム港を結ぶ2つのルートを示しており、青色の北極海航路ルートは13,000km、赤色のスエズ運河ルートは 21,000kmとなり、北極海航路ルートは約6割の距離となる。
距離が短ければ、その分所要時間が短くなったり消費燃料が少なくなったり、メリットしかないように思える。

他の港を基点とした場合はどうなるだろうか?

日本の港を起点とした場合、どちらのルートでも同じ距離になる地点は、地中海のスペイン・フランス・イタリア沿岸あたりとなる。
ジブラルタル海峡を渡って、大西洋側、北海沿岸地帯の港を終点とする場合には、北極海航路経由のルートの方が短くなる。

今度は、ヨーロッパの主要港であるロッテルダム港を終点とし、アジア側の起点の港を南下させてみよう。
すると、大体フィリピンのマニラやタイのバンコクあたりとなる。
これより南方の港を起点としてヨーロッパへ航海する場合には、北極海航路よりスエズ運河ルートの方が距離は短いことになる。

以上から、概ねアジア側は日本、韓国、中国、ヨーロッパ側は北海沿岸地帯の間を結ぶトレードであれば、北極海航路経由のルートの方が距離的にはメリットがありそうだ。

また、ヒトやモノの移動を考える際、「距離の短さ」だけだけでなく、速度という要素も重要なファクターになる。

まず北極海において、夏季の海氷が無い時期であれば、通常の速力で航海できるため、ルートの距離が短くなれば、所要時間も短くなる。
しかし、ルート途上の北極海航路に海氷がある場合、そこを通航する船舶が通常海域と同じ速力で航行できるとは限らない。
海氷の状況が厳しく、通常海域(海氷の無い海域)であれば平均12ノットの速力で航行できる船舶が、北極海の海氷域を平均6ノット程度の速力でしか航行できなかったとしたら、当然、2倍の時間がかかってしまう。その場合には、「距離の短さ」というメリットも目減りしてしまうのだ。


2.海賊等、ルート上の脅威について

ソマリア沖・アデン湾やシンガポール海峡付近には、未だに海賊の脅威が存在する。これらの海域を航行する船舶は、通常、海賊対策のガイドラインに沿った自衛手段や各国の海軍や自衛隊などの護衛コンボイなどに参加をして、海賊リスクに対処している。

海賊の他にも、ルート途上における脅威としては戦争リスクがある。
2022年2月に始まった、ロシアのウクライナ侵攻により、ロシア沿岸を「戦争危険エリア」と指定する保険会社が出てきている。これにより、ロシア沿岸を航行する船舶が加入する船舶保険料には、プレミアとして追加の保険料が課せられることになる。
北極海航路はほぼ全域がロシア沿岸であるため、航行する船舶の運航費用が高くなってしまうため、今後の動向には注意を払っておく必要がある。


3.航路上の混雑具合について

スエズ運河ルートは北極海航路経由のルートに比べて、船舶が輻輳する海域が多く点在している。しかし、裏を返せば「混んでいる」という事は、それだけ物流網としての需要が高く、必然的に、その周辺の港湾インフラなどの利便性や機能性も高くなる。

東京の電車は、ラッシュ時には地獄と化すが、確かに利便性は高い。

海難が発生した場合を考えると、ルートの周辺において海難の際の救助体制が整っていて、救援を要請してからの待ち時間が短いとなれば、それだけ安心感も高まる。
こういった意味では、船舶の運航面では悪いことばかりではない。

また、アジアとヨーロッパと往復するような貨物船の運航形態として、「1港積み・1港揚げ」で運航できるか?というギモンもある。これは例えば、横浜港のみで貨物を満載にして、ロッテルダム港ですべての貨物を揚げ切るといった形態だ。

コンテナ船完成自動車を輸送する船などは、ルートの途中にある多数の港に寄港し、貨物の積み降ろしを繰り返しながら運航されている。シンガポール、インド、中東のドバイなど、スエズ運河ルートにおけるアジアとヨーロッパとの間には、貨物取扱量が多い港が多数あることから、このような貨物船にとっては、北極海航路を代替のルートとすることは難しい。

積み港と揚げ港がそれぞれ1港ずつ、というのは難しくても、1つのの中で複数の港ということであれば、ほとんど同じこととして捉えてもよいだろう。
下の図は、2022年4月時点における邦船社であるONE(Ocean Network Express)のアジア・ヨーロッパ間コンテナ船サービス網の航路図である。
アジア側はシンガポールを除き、すべて日本の港となっている。一方、ヨーロッパ側はフランス、オランダ、ドイツと跨っているが、ほとんどご近所と言ってもいい。

引用:https://jp.one-line.com/ja/routes/current-services

この路線では、途中シンガポールに寄港するが、これは例えば日本発の貨物がヨーロッパ以外の国へ輸送される場合などに、シンガポールで別の船に載せ替えるためのトランジットが主な目的と考えられる。
このため、このサービスを利用している日本とフランス、オランダ、ドイツの貨物は、北極海航路の利用を検討してみる価値はある。

基本的に「1港積み・1港揚げ」は、一度に同一種の貨物大量に輸送する場合に適している運航形態だ。例えば、石油、ガス、鉄鉱石、石炭、大型機械などの貨物である。
ただ、アジアとヨーロッパ間での貨物トレードを考えると、資源輸送よりは大型機械の輸送に需要がありそうだ。最近では、風力発電関係の設備がこれにあたる。


4.海象について

北極海航路を経由するルートであれば、南シナ海インド洋大西洋ビスケー湾の偏西風、台風などの荒天に見舞われる恐れは少なくなる。船酔いに強くない航海士もいるので、気持ち悪くて当直に立てなくなるほどの荒天操船はなるべく避けたいところだ。
しかし、これは夏季の場合の話だ。

これまでのところ、アジアとヨーロッパ間でのTransit Shippingは、主に北極海航路の海氷が減少する夏季のみに実施されている為、夏季の海象に限ったメリットとして取り上げた。
日本を出発してベーリング海峡に至る北太平洋や、ノルウェー沿岸の北海エリアは、冬季になると次々に発生する低気圧によって頻繁に荒天となる。
時には台風並みの超巨大低気圧によって、波の高さが10mを超えるような状況にもなる。こうなると、旅客船やセンシティブな貨物を輸送する貨物船は、安全に航海することができなくなり、どこかの港や海域での退避を余儀なくされる。

<参考>北海の悪天候の中を航行する一般貨物船

もし将来的に、北極海航路の通年航行が実現した場合、北極海航路外での冬季の荒天は、船酔い航海士にとっては不安が尽きないだろう。


5.チョークポイントについて

「チョークポイント」とは海上ルートのうち、狭い海峡などを沿岸国が政治的・軍事的理由から容易に封鎖できる地点を意味している。
スエズ運河での座礁事故のように、現実問題として海運の主要航路が長期にわたり遮断されるという事態は非常にまれではある。しかし、昨今の世界情勢を考えると、このチョークポイントの問題は、いつ顕在化してもおかしくない要素である。
地政学的なチョークポイントの定義とは若干異なるが、「海氷」そのものも航路を塞ぐ要素でもある。
砕氷船のような船舶でない限り、北極海航路の可航域(船が安全に通航できる水域)は、そもそも限られている。夏季に海氷が融けて海水面が開けたとしても、航行できる水路の幅は太平洋やインド洋のような完全なオープンシーとは違って非常に限られてくるのだ。
また、ロシアの法律により、北極海航路の航行には北極海航路管理局(Northern Sea Route Administration)の許可が必要であり、船舶の種類によっては、ロシアの砕氷船の同行が義務付けられる場合もある。

このように北極海航路は、海氷の状況やロシアの政治的都合により、意図しないタイミングで不条理に遮断される危険性があることから、「北極海航路全体がチョークポイント」と捉えることもできるだろう。


【これイチ】の読者が海運業界や荷主企業に身を置き、北極海航路の利用を検討しているのであれば、本当に価値を見出すことができるかを十分に検討をしてほしいと思う。
これらのメリットを上手に活かすことが出来れば、北極海航路を利用することによる経済的効果、環境負荷の低減など、いままでの慣習を変えるイノベーションへとつながるかもしれない。

だが、メリットだけを見ていてはダメだ。

次の航海では、メリットの反対、 「デメリット」となりうる「リスク」について見ていこう。

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