恐喝結婚物語
いわゆるスピード結婚というやつだった。
世間体は気にしない。後悔も微塵も無い。
男友達の家で酒盛りをしている時、友達が家庭用ゲーム機のアカウントにログインすると、私と友達の高校の同級生である「彼」も同時刻にログインしているのを発見したのだった。
友達と彼は共通のオンラインゲームで遊んでおり、以前から「私も一緒に遊びたい」と伝えていた。なんとなく、高校時代は話したことがない彼と話してみたいと、ずっと思っていたのだ。
「ねえ、ボイスチャット繋ごうよ」
酔っていたこともあり、私はノリでそう提案した。友達は、
「いいけど、こいつ、いつもあんまりボイチャOKしねえよ?」
「試しに言ってみようよ」
どこか渋った様子の友達は、彼にメッセージを送った。返事はすぐに返ってきた。
『いいよー』
どんな気まぐれだったのかは知らないが、彼はOKの返事を返してきて、私たちは彼とボイスチャットを繋いだのだった。
「初めまして~」
依然酔っている私が軽く話しかけると、彼も挨拶を返した。彼の話し方はとても丁寧で他者への思いやりに溢れており、その優しい声色に、私はすでに惚れていた。
一目惚れ、ならぬ、一話惚れ。
そしてまだ話し足りないと感じた私は話の流れで、
「月末の宅飲みに来ない?」
と勢い任せに誘うと、
「いいよー」
と彼の承諾を得たのだった。
天にも昇るような気持ちとはこういうことかと、私は大袈裟に舞い上がった。ボイスチャットを切ってからも、彼の穏やかな声音が忘れられなかった。
友達はどこか複雑そうな顔をしていた。
時間は黙っていても過ぎ去るもので、私たちはあっという間に約束の月末を迎えた。
友達の運転する車で、彼の家へと向かう。
「おまたせー」
そこに現れた彼は、高校時代に遠くから見た記憶より少しだけ痩せていて、髪も短くなっていた。相変わらず背が高いなあと思った。
素直に格好良いと感じた私はなんだかテンパってしまって、
「髪切った?」
とタモリさんのごとき質問をしていた。
「うん。会社勤めだと短くしなきゃいけないからね」
「そっか、そうだよね。似合うね!」
「ありがとう」
なんて優しい「ありがとう」なのだろう。
私はほぼ初対面と言ってもいい彼にメロメロになっていた。
彼がなにをしたところで「好き!」と思ってしまうだろうという妙な自信があった。
その後は三人でカラオケに行き、飲み物を溢した私に向けた笑顔に「好き!」と思い、低音のきいた歌声を聴いて「好き!」と思い、宅飲みのための買い出しで見せた優しさに「好き!」と思い、始まった飲み会では聞き上手な姿勢に「好き!」と思った。
「LINE交換しよ~」
「いいよー」
連絡先を交換出来たことに更に舞い上がる私。
ひとしきり飲んで酔った頃、私は彼とのトーク画面を開く。
『ねえ、私あなたの未来になりたいな』
我ながらなにを言っているのだろうと思った。
それに対する彼の返事はこうだ。
『会ったばかりだからもう少し時間を置いて冷静に考えた方がいいんじゃないかな?』
当然かつ常識的な反応に、私は「好き……」と眩暈を覚えた。
『じゃあ、来週末空いてたらデートしませんか?』
私の問いに彼はOKという返事をくれた。
嬉しさでどうにかなってしまいそうだった。
しかし酔いが回っていた私はいつの間にか床で眠ってしまったようだった。目が覚めたら朝だったのだ。
昨晩の記憶はあまり無い。
週末までの間、私は割とこまめに彼とLINEのやり取りをした。
デートの場所は地下鉄の終点にある水族館に決まった。
待ち遠しかったデート当日、私はおニューのブラウスを着たが、サイズを間違えて買っていたことにその時気が付き、仕方なく別の服を着た。
なんてアホなんだと自分にがっかりした。
水族館では思いのほか盛り上がり、色違いのペンギンのキーホルダーを買って、私は調子に乗った。
「あの、あんまり初デートですることじゃないって、ネットの恋愛コラムで読んだんだけど……」
「ん? どうしたの?」
「まだ一緒にいたいから夕食までどうかな」
彼はにっこり笑って、OKと返事をした。
居酒屋で食事を終える頃、改めて告白しなくてはと用意していたラブレターを渡すと、彼はそれをじっくり読んで、
「よろしくお願いします」
と言って笑顔を浮かべた。
恋人同士で手を繋いで夜道を歩くなんて、人生初めてだなあと、浮足立った気持ちで私は彼に駅の改札まで送ってもらったのだった。
今週末も私たちはデートをする。
先週と違うのは「恋人同士」であるということ。
デート前日、私はなにを血迷ったのか、あることを思い付いてしまい、あろうことかそれを実行しようと、あるものを鞄に仕込んでデートに挑んだ。
今週は動物園に行く。当然のように手を繋いで回った。
まさに幸せの絶頂だった。
「じゃあ、いい時間だし、そろそろ行こうか」
「そうだね」
夕方、私たちは店でつまみや酒を買って、ある場所に向かった。
おしゃれなホテルである。
そう、今日は動物園の後は二人でお泊りデートをする、というのが真の目的だったのだ。
彼は建設会社に勤めているので、職業病を発症して部屋の内装を見て回って興奮気味の様子だった。
私は微笑ましくその様子をソファに座って眺めた。
そうしてやがてソファに帰ってきた彼のこめかみに、私は重厚な拳銃を突き付けた。
「手を挙げろ」
彼は目を泳がせながら両手を挙げた。
「今から私が言うことをよく聞け」
「は、はい……」
怯えている姿も可愛くて好き!
私は雰囲気を壊さないために心のうちにその言葉を秘めて続ける。
「私は好きでもない彼氏と長く同棲生活を送った経験がある。結婚願望があるのにだ。いつまでもけじめをつけずにだらだらと仮面夫婦のような生活を送るような真似は二度としたくない。わかるな?」
彼は必死に首を縦に振った。
「動くな!」
彼は私の言う通りに固まった。
「私と結婚する気はあるか? ノーならまばたきを1回、イエスなら2回しろ」
心臓の音がうるさかった。
頭に用意していたセリフを言い切った後、普通に後悔した。一瞬がとても長い時間に感じられた。
パチ、パチ。
彼は2回まばたきをした。
「え? いいの?」
私は素に戻って訊いてしまった。
彼は真剣に自らの想いを伝えてくれた。自分にも結婚願望があること、今ここで断ったらこれ以上の人は現れないと確信したこと……
言葉の一つ一つを丁寧に選んで話してくれた。
私はなんとも言えない気持ちで、とりあえず拳銃(※モデルガン)の写真を撮って、
「結婚することになりました」
とTwitterに画像をアップロードした。
フォロワーたちは困惑しながら祝福してくれた。
一週間後、結婚指輪を選びに行き、その翌日は彼の実家に挨拶をしに帰省し、そして帰宅した翌日から一緒に住み始め、その二週間後、私たちは入籍した。
スピード結婚した芸能人のニュースを観てドン引きしていた私はどこに行ったのだろう。
出会って一か月ちょっと。
まったく、人生なにがあるかわからない。
彼は告白してくれてありがとうと感謝してくれている。
しかし、およそカタギの取る方法ではない私の告白が、彼の人生を大きく狂わせたのは間違いないだろう。
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