ソーシャルメディアの生存関係——Twitter、Instagram、TikTok
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ソーシャルメディアの生存関係——Twitter、Instagram、TikTok

ukiyojingu

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はじめに

 2020年8月10日にソーシャルメディアのTwitter上で生じた「#TwitterとTikTok合併許すな」というムーブメントは、TwitterユーザーがTikTokに対する印象を認識するにおいて、大いに参考になる出来事であった。当時のトランプ政権が主導となり展開された中国の企業ByteDance社が提供するソーシャルメディア「TikTok」の買収をめぐる騒動は、米国のMicrosoft社やTwitter社がその買収先として名乗りを上げ、大きな注目を集めた[1]。この一連の動きの中で、日本国内のTwitterユーザーがTikTokの買収によって今日のTwitterの持つ空気感が損なわれるのではないということを危惧し、上記のハッシュタグを中心に多くの批判的意見が示されたという事件である。その批判内容にはTikTokの規約におけるプライバシー上の問題、そしてTikTokで使用される楽曲やBGMの著作権上の問題、そしてTikTok上で展開されるユーザーの文化に対する心理的拒絶の三つがあげられる。最前者はTikTokの利用規約における「お客様は、当社に対し、お客様のユーザー名、写真、声、および似顔絵を、お客様のユーザ・コンテンツの提供元としてお客様を特定するために、無償で使用する権利を許諾します。」という箇所によって[2]、投稿されたコンテンツに対しByteDance社が自由にそれらを利用できる点で個人情報上の問題が指摘されている。次の批判はTikTokの特徴である動画と映像の組み合わせの際に、使用される楽曲、音声を無断使用している点で批判がされている。広告としてYouTube上で配信された以下の動画では、テレビアニメ「銀魂」の一場面の音声が使用されており、この使用における著作権上の問題が挙げられている[3]。

 だが最後の心理的拒絶については、それがTikTokの構造的な批判ではなくユーザーの生成するコンテンツに対しての拒絶であるという点において、これまでの二つとは根本的に異なっている。それらの批判を展開するものたちはTwitterを「陰キャ」といい、一方でTikTokを「陽キャ」のコンテンツとみなしたうえで、その文化の違いゆえに一体化はされるべきでないと主張する[4]。しかし、自身を「陰」とし、TikTokをそれとは反対の「陽」であるというTwitterユーザーの主張は、なぜ成立しているのだろうか。無論、Twitterがテキストをベースとしたソーシャルメディアであり、TikTokが動画をベースとしたソーシャルメディアである以上は、両者の構造上の違いには注意しなければならないだろう。その一方、Twitterは10年以上の歴史の中で多くの機能を追加しており、現在では動画を投稿する機能も組み込まれている。にもかかわらず、両者の間にある文化的な違いとはどのようなものなのだろうか。この問題を考察することは、現代の情報社会において乱立するソーシャルメディアたちがどのように共存し、互いの文化を持っているかを考察するにおいて、有用な観点を提供してくれるだろう。

 以上より、本稿では2006年に登場したTwitterと2016年に登場したTikTok、そして2010年に登場したInstagramをという三つのソーシャルメディアを対象に、それらの構造的制約とそれを受けつつ生成されたユーザーの文化を比較する。TwitterとInstagram、そしてTikTokはそれぞれ「テキスト」「画像」「動画」がベースとなっており、テキストから動画の順にコンテンツに含まれる情報量は高くなる。この点で、より多くの情報量を含んでいる動画を中心としたソーシャルメディアが最も近年に登場している。その一方で、テキストをベースとしたソーシャルメディアであるTwitterは後に登場する画像や動画を投稿する機能を含ませながらも、今日でも継続して利用者を増加させている[5]。Twitterはアプリケーション内で画像を投稿できる機能をInstagramの登場翌年である2011年に搭載し、その次に動画を投稿する機能を設けている。これらの機能はInstagramやTikTokの機能と重複するものであるにもかかわらず、互いに共存している。同様な事象はInstagramにおける「ストーリー」機能においても同様であり、短い動画を録画、編集し投稿する機能はTikTokの基本的な構造に類似しているものの、互いのソーシャルメディアは共存している。

 このようなソーシャルメディア間に存在する文化の比較を目的に、本稿ではTwitterとTikTokの両ソーシャルメディアにおける構造的特徴とその中で形成されるユーザーの文化を先に明示し、その違いがどのように形成されたのかを2010年代におけるInstagram上でのユーザー文化に見出す。

Twitter——2ちゃんねる的匿名文化

 2006年に登場したTwitterは前節で触れた各ソーシャルメディアの間でも最も古く、10年以上の歴史を有する。その大きな構造的特徴は何より、投稿内容が全角140字に制限されていることだろう。Twitterは10年間に及ぶ歴史の中であらゆる形態で進化をし続けているが、全角140字という投稿の文字制限は一貫して維持され続けている。メディア社会学者の濱野智史は、このTwitterにおけるまとまった質や量の提供を制限する機能によってより更新間隔の短い、かつ更新の早いコミュニケーションが促されていると主張する[6]。これに加え、上述したようにTwitterがテキストベースで展開されたソーシャルメディアである点も無視できないだろう。2020年現在においては画像や動画、アンケート機能等のサービスを実装しているものの、2006年当初はテキストデータ以外を添付することはできず、例えば画像を添付するためには「TwitPic」や「Lockerz」、「フォト蔵」などといった画像投稿サービスを利用する必要があった。

 このようなテキストベースで提供されるTwitterの構造は、殊に国内では1990年代から続くネット掲示板に類似している。日本のインターネット受容は1970年代ごろから雑誌ベースで展開されてきたアングラ文化と融合しつつ発展してきたことにより、独自の文化圏を形成してきた[7]。1992年に経済学者ティムズ・バーナーズ・リーの発案から世界中に展開されたWWWは、当初アメリカ西海岸思想における自由至上主義の思想を受け継ぎながら、政治運動の一つとして発展してきたが、それが日本に輸入される際、西海岸思想に基づいた政治的思想が抜け落ちサブカルチャーが形成されるためのインフラ技術として輸入されたと言われている。

 そのため、日本のネット文化は独自の言語や表現を用いることによって、内々でのコミュニケーションを促進するための仕組みを自ら形成してきた。その代表的な例はネット掲示板「2ちゃんねる」におけるAA(アスキー・アート)や、独自の言語体系にあるだろう。1999年に登場したネット掲示板「2ちゃんねる」には、記号の組み合わせによってキャラクターを作成するAA(アスキー・アート)や、「kwsk(「詳しく」の略語表現)」や「イッテヨシ(「死ね」の間接的表現)」といった独自な記号表現があり、それらは原則2ちゃんねる内部でのみ使用された。濱野はこの独自な記号表現をユーザーが「ネタ」としてすることで、あたかもユーザーが巨大な「2ちゃんねらー」へと自らを同一化させていると述べている[8]。そのような性質ゆえに、2ちゃんねる内部の独自な記号表現やテーマは、それが集合的な個人である「2ちゃんねらー」の所有物であるがゆえ、実名によって私有化されることを徹底的に拒否する傾向を有している。2005年に生じた2ちゃんねるの代表的キャラクター「モナー」に対する株式会社エイベックスの商標化問題(「のまネコ問題」と称されている)は、まさしくこの事態を象徴する事象だ[9]。集合的人格としての「2ちゃんねらー」の存在を保証するために生じたこれらのコンテンツは、ユーザーが形成した文化の範囲内でのみ非営利にシェアされ、その外部での使用はユーザーたちにとって許されるべきものではないことがこの事件より鮮明になっていると言えるだろう。

 このような2ちゃんねるの特殊な文化は、情報環境の変化の影響を受けながら、2006年のTwitterにいくつかの点で継承されている。Twitterの登場した2006年前後は、従来はPC上で展開されていたインターネットが次第にモバイル化されていくという、大きな転換がこの前後で生じた時期である。2007年にはAppleが初めてのiPhoneを発表し、国内では後継種であるiPhone3Gの登場によってはじめて導入されている。また2020年現在で最も利用されているモバイル向けOSであるGoogle社のAndroid も、2007年に登場している。これらのモバイル向け情報環境の構築とその発展は、先述の濱野の主張にあったTwitterにおける更新間隔の短いコミュニケーションを増進させ、通信環境さえ整っていれば何時でも気軽にアプリケーションからの投稿を可能にしたと言える。その結果、テキストベースでのコミュニケーションツールは1990年代からPC上での投稿を基本としていた2ちゃんねるなどのネット掲示板から、モバイル上で投稿可能なTwitterへと移行している。

 それだけでなく、今日の情報環境において必須といえるサービスが徐々に開始されてきたのも、この時期だ。代表的なものとしては、今日最も使用されている動画投稿サイトであるYouTubeが2005年に登場している。それ以前、2000年代前半における国内ネット文化では、HTML内のリッチコンテンツであるFLASHを利用した「フラッシュ動画」と称される一連のコンテンツが社会的な人気を博していた。軽量なコンテンツであることから2ちゃんねる内で人気を集めたこれらのコンテンツは特に2000年代前半に人気を集めたが、それ以降はYouTubeや「ニコニコ動画」に代表される動画投稿サイトに地位を奪われている。フラッシュ動画はそれ自体が収蔵されたサイトとそれを受容し評価する「2ちゃんねる」のテキストベースのコミュニケーションサイトが別個に存在しており、動画投稿サイトでは動画本体と視聴者のコメントを統合した点で、より現実的なコミュニケーションを提供することを可能にした。そのようなインターフェイスの改善に加え、2000年代にフラッシュ動画で生じた著作権的問題などが加わることによって、事実上「脱2ちゃんねる」化とも言える現象が生じた。

 以上のような、ハードウェア的変化=情報環境のモバイル化と、ソフトウェア的な変化=新しいプラットフォームの開発という二つの流れの影響を受けながら、2006年に登場したTwitterは事実上2ちゃんねるの後継としての地位を獲得することができた。では、どのような点において2ちゃんねる的な文化をTwitterは継承しているのだろうか。先述の通り、2ちゃんねるには特定の「ネタ」を介したコミュニケーションによってユーザーたちが「2ちゃんねらー」となっているが、このような特定なテーマを介した匿名ユーザーの連帯はTwitter 上でも同様に観測が可能だ。例えば、2ちゃんねるにおける「ネタ」の一つとして「嫌中」や「嫌韓」に代表されるヘイトスピーチがある。濱野はこのような誹謗中傷を行うユーザーはその誹謗中傷の内容には関心がなく、自身がそれを通した「祭り」に参加しているという事実のみを楽しんでいるというが、このような誹謗中傷を通したユーザーの連帯は今日のTwitter上でも同様に見られるだろう。社会学者の北田暁大は2ちゃんねるでは特定の現象に対しての「解釈のずれ」を持ち込むことによって、対象をアイロニカルに批判することを行っていることを指摘するが、このような状況は今日のTwitter上においても同様に見られるだろう。このような批判の構造は後述するInstagramやTikTokには見られない特殊な構造であり、2ちゃんねるとTwitterが類似している点だ。以上のように、情報社会のモバイル化が進行する最も初期に展開されたTwitterは、それ以前の2ちゃんねる内で形成されていたユーザーの文化を継承したものとして、2006年に誕生している。 

TikTok——顔出しを伴ったパフォーマンス文化

 一方、TikTokは2016年の9月に中国ByteDance社によって「抖音(Douyin)」という名前でサービスが開始され、翌年5月に「TikTok」に改称され海外展開された。殊に国内では2017年にノミネートされた「インスタ映え」に続く形で2018年の新語・流行語大賞に「TikTok」がノミネートされており、2018年前後より若者を中心に積極的に利用されている。TikTokは最大60秒という短い動画と、用意されたリスト上のBGM、そして撮影した動画に対して編集を加えることによって独特のコンテンツを作成できる。TikTokは動画というコンテンツを作成するという点において、前節で紹介したTwitterと比べ一つのコンテンツに対して包含される情報量は格段と高いが、それゆえに一つのコンテンツあたりのユーザーの労力も多い。投稿されるコンテンツのバリエーションは広く、高校生のダンスから有名人のオフショット、あるいは癒される動物の映像など多岐に渡っている。TikTokは先だって登場したTwitterやInstagramの影響を受けながら、一方で影響を与えてもいる。TikTokの基本的な構造は後述するInstagram上で2018年に実装された「ストーリー機能」に近く、影響関係が想定される。「ストーリー機能」は従来のタイムラインとは別に、15秒制限の非常に短い動画を投稿することが可能な機能だ。本機能は24時間後に自動的に消去される点がTikTokとの大きな差だが、基本的なシステムはTikTokに近く、共に短い動画に対しスタンプや文字を張り付けることによって「映える」動画へと加工し、投稿を行う機能だ。

 TikTokが「動画ベース」である点に注目すれば、そのサービスは前節で触れた各種動画投稿サイトと比較されるべきだろう。TikTok特有の短い時間制限は、動画視聴者が一つの動画コンテンツに長時間居座ることなく、短時間で次々と視聴することを可能にしている。加えて、短い時間制限を設けることによって、テキストベースのTwitterと比較して増加した動画投稿者の編集上の負担を軽減し、投稿者は莫大な量のコンテンツを次々と提供することを可能にしている。加えて、TikTokはタイムラインに投稿する前に動画を編集する機能がデフォルトで実装されており、この機能によって従来はAdobe Premiereなどのソーシャルメディア外部のソフトを利用せずとも、アプリケーション内で完結させてコンテンツを投稿することが可能になっている。このように、視聴者によるコンテンツの消費と投稿者によるコンテンツの供給が非常に速いペースで延々と繰り返される構造が、TikTokの大きな特徴だ。

 上記の構造的特徴の上で、TikTokでは音楽に合わせて口パクしたり、踊ったりといったパフォーマンスを繰り広げるという、特有の遊び方が生じてきた[10]。このような身体的パフォーマンスによって作成される動画というのは、前節で扱ったTwitter上では存在しなかったTikTokにおいての特徴的なコンテンツだ。音声に合わせて投稿者が身振り手振り、或いはダンスをし、それを編集することで「映える」動画を作成するという文化はTikTokのアプリケーション設計の優秀さゆえだが、一方で「音楽に合わせてパフォーマンスをする動画コンテンツ」としては、殊に日本国内では動画投稿サイト「ニコニコ動画」における「踊ってみた」動画が参照できる。2010年代中盤までYouTubeとともに存在感を維持していた動画投稿サイトである「ニコニコ動画」は、前節で述べた2ちゃんねるにおいて特徴的だったコンテンツシェアの思想を継承しており、歌声合成ソフトであるVOCALOIDを使用した楽曲群に対する二次創作をベースに多様なコンテンツが生成される特殊な文化圏が形成された[11]。上述した「踊ってみた動画」も、この巨大な文化圏を構成するコンテンツの一部だ。「踊ってみた動画」は主に上述のVOCALOIDを使用したオリジナル楽曲に合わせ投稿者が実際にパフォーマンスを披露するものであり、その構造は一見するとTikTokにおいて特有の大量に消費されていく動画群と共通項を見いだすことができる。

 その一方、「踊ってみた」動画とTikTokの動画は投稿者の「顔」という点で大きな違いがある。ニコニコ動画において投稿されている動画の多くは、投稿者がマスクやサングラスをすることによって自身の顔を意図的に隠していることが多い。下図はニコニコ動画における「踊ってみた動画」の中でも最初期に投稿された動画のスクリーンショットであるが、ダンスを踊る投稿者はサングラスをかけており、自身の顔を明確に映してはいないことが確認できる。その一方、図1にあったように、TikTok上で投稿される動画の多くので投稿者は躊躇がなく顔出ししており、この点で両者のソーシャルメディア上で展開されたユーザーの文化には大きな差が見られる。

では、この差には一体どのような背景があるのだろうか。これについて、本稿では2010年よりサービスを開始しているソーシャルメディアであるInstagramにおける「自撮り」の文化を参照してみたい。

Instagram——チェキ由来の画像文化

 上述したように、画像ベースとなるInstagramは芸能人が自らのイメージを視覚的に宣伝するための有効なツールとして利用され、その影響を受けた一般ユーザーも次第に自身の顔出しに対して躊躇することが無くなったソーシャルメディアである。この変化は初期ネット文化の流れを継承する2ちゃんねるや、その流れを継承するニコニコ動画、そして初期のTwitterにおいては見られなかった状況である。Instagramの「ストーリー機能」がTikTokの機能を類似していることを踏まえれば、TikTokにおけるユーザーが顔出しに躊躇しない姿勢は、Instagram的な姿勢が背景にあるのではないかと考えられる。そして、それらはTwitter以前の原則的に匿名で展開されたネット文化とは異なるものだ。

 InstagramはTwitterから四年後、2010年にサービスを開始したソーシャルメディアである。InstagramがTikTokのタイムライン機能を模倣したような「ストーリー機能」を搭載していることは先述したが、2010年にサービスを開始した当時にはそのような要素はなく、画像を投稿し共有し合うソーシャルメディアとしてTwitterとはまた異なったものとして登場した。Twitterが登場する2000年代が今日的な情報環境のモバイル化が進行した起点に当たる時期であることは前節で指摘した通りだが、Instagramがサービスを開始した2010年頃はすでにその進行がある程度熟成しており、それゆえにInstagramは画像投稿をPC向けOS(Windows、Mac、Linuxなど)ではなくスマートフォン向けOSに限定したものとしてスタートした[12]。この姿勢は今日においても一貫されており、この点はPC上でも投稿が可能なTwitterと比較してより厳しい構造的制約が課されていると言える。

 Instagramでは、ユーザーは画像をコンテンツの投稿を行う際に必ず画像を掲載し、テキストはそれに対するキャプションである。キャプションとしてのテキストは決して必須要素ではなく、それゆえにTwitterにおけるテキスト上の表現によって行っていたユーザー間の連帯をInstagramが同様に展開することはできないが、一方でInstagramユーザーは投稿する画像に独自の様式を取り入れることによって、Twitter上でも見られたような特殊な文化形態を獲得している。2017年にユーキャン流行語大賞にノミネートされた「インスタ映え」という表現は、まさしくInstagram上で評価される特殊な様式美が構築されていること、そしてそれを支持するユーザーコミュニティが存在していることを証明しているだろう。では、Instagramにおける独自の様式とは何だろうか。

 そこにはTwitterにおける「全角140字以内」の制限にように、画像投稿が原則スマートフォンのアプリケーションでしかできないこと、また投稿画像は必ず正方形にリサイズされるという構造的制約がある[13]。この正方形という画像の形式は、1970年代を中心に流行したインスタントカメラを参考にしている。Instagramのアイコンは一貫してポラロイド社の「インスタントカメラ」や富士フィルムの「チェキ」にも見える四角いカメラをモチーフとしているが、これらのカメラはいずれも持ち運びの手軽さや、その場で撮影した写真を共有できるという手軽さが特徴だ。この点からも、Instagramが手軽に写真を撮影してそれを共有する文化を尊重していることが分かる。Instagramの創設者であるケヴィン・シストロムは、その設計においてユーザーが自らのスマートフォンで手軽に写真を撮影し、かつその場ですぐに共有できることに重要な意味があることを示しており、それゆえにPC上からの画像投稿を制限しているという[14]。

 このような構造的特徴に縛られたInstagramユーザーは、その初期においては設計の意図通りに日常風景を撮影し、投稿することで巨大な日常写真のデータベースを構成していた。メディア研究者のレフ・マノヴィッチは1000万枚を超える画像をInstagram上から収集し分析した結果、2017年時点で日常写真がInstagramに投稿された全ての写真のなかでも八割強を占めていることを主張している[15]。だが、アプリケーションが次第に一般化され、ユーザー数が多くなるにつれて、そのような「足元だけ写した写真や、顔を半分だけiPhoneで隠した自分撮り写真や、手元だけ写した写真や、右斜め上から顔を写した写真や、シャレ乙な空の写真」が揶揄され、それが新しい様式を形成する大きな起点となったと、古雑誌収集家のばるぼらは主張する[16]。ばるぼらによると2011年ごろより女性の自撮り写真がInstagram上で急増しており、その背景には芸能人に代表される有名人によるInstagramへの参入である。彼らはマスメディア上では見せない「日常風景」を投稿しつつ、一方で自らコンテンツを提供するというInstagramを巧みに利用しつつ、自己を宣伝するための「映える」編集を付け加えながらInstagramを利用し続けた。そうして、数多くの有名人による投稿に影響を受けた日本のInstagramユーザーは、Instagramの構造を設計したケヴィン・シストロムの意図を越え、有名人の提供する「非日常的な日常写真」とも言えるコンテンツを模倣しながら独自の形式を形成しているのだ。

TwitterユーザーはなぜTikTokを嫌うのか?

 本稿はここまで、2010年代以降に登場したソーシャルメディアであるTwitter、Instagram、そしてTikTokのソーシャルメディアの構造的特徴と、その制約下で展開されるユーザーの文化形成を論じてきた。ここで扱った三つのソーシャルメディアの登場は、スマートフォンを中心とした技術的な発展を大きく関係している。すでに述べたように、スマートフォンの登場とほぼ同時期の登場であるTwitterはテキストベースのソーシャルメディアであり、画像や映像といった高い処理を必要とする要素を実装しないことによって、非常に早い時期にソーシャルメディアとして登場することを可能にした。Instagramが登場する前年の2009年にはLinuxベースで作成されたandroid OSが登場し、それまではAppleが独自規格で製造していたスマートフォン向けCPUなどに対して多数の半導体メーカーがAndroid向けCPUを公開することで、事実上スマートフォンにおけるハードの競争による技術進化が行われた[17]。画像を高画質で撮影でき、また従来はAdobe PhotoshopなどのPC向けソフトでしかできなかった画像処理がスマートフォンで可能になったのは、このような技術的影響が大きいといえる。以上から画像ベースのソーシャルメディアとしてInstagramが先に登場し、そしてさらなる発展によって動画ベースのTikTokが登場したと考えることは難しくないだろう。この点で、各ソーシャルメディアの登場はスマートフォンのハード的側面の成長と大きく関係している。

 しかし、これまでの節を振り返れば、各ソーシャルメディアを使用するユーザーが作り上げる空気や様式は、それぞれのソーシャルメディアによって大きく異なっている。それによって、本稿はじめに取り上げたTwitter上の「#TwitterとTikTok合併許すな」という声がなぜ生じてきたのかが明らかになる。その最大の差は匿名性に関係している。2000年代前半の2ちゃんねるにおけるアングラ・サブカル的な文化規範の影響を受けて登場したTwitterは、そのアングラ・サブカル的特性をある種の匿名性、すなわち自身の詳細について記述しないことによって担保されている。冒頭に述べたTwitterユーザーにおける自身を「陰キャ」と称する理由には、このようなTwitterの歴史的背景が内在されていると考えられる。一方で、TikTokユーザーは自身の顔を動画上で撮影し、投稿することに対して全く躊躇することはない。ユーザーは映像の中で自身の顔や撮影地など、ユーザーの特定を容易にするような情報が多く組み込まれた動画を投稿し、ソーシャルメディア上で共有する。この点において、TikTokはTwitterの有していた匿名によるユーザー同士の連帯といった文化を有しておらず、全く異なった文化形態が存在しているといえるだろう。このような全く異なった文化形成をメディア上で行われたからこそ、TwitterユーザーはTikTokユーザーを非難し、そしてTwitterという10年来のソーシャルメディアが他の新たなソーシャルメディアにとってかわられることなく存続し続ける理由である。

 では、Twitterにおけるユーザーの文化が2ちゃんねるに依拠するとすれば、自身の顔出しに躊躇しないTikTokの文化はどこから生じているのだろうか。その出発点こそ、本稿で扱ったもう一つのソーシャルメディアであるInstagramにある。既述したように、Instagramユーザーは最初期においては日常風景を撮影し、それを共有するためのアプリとしてのみ機能していたが、一方でそれに対して自身をコマーシャルするような「映える」写真を投稿する文化がいわゆる「インスタ映え」という名前とともに登場してきた。Instagramにおけるこの二つの使用法のうち前者の使用法が全世界のユーザーのうち八割以上を占めると主張したマノヴィッチの主張にのっとれば、Instagramユーザーの大半は「インスタ映え」的なものを意識しておらず、有名インスタグラマーが投稿するような「映える」写真を投稿するユーザーは全体の二割ほどということになるだろう。マノヴィッチが著作の中で例示する日常写真を参照すれば、それらは基本的に「どこかの景色」であり、個人が特定されかねないような要素のある写真は登場しない。その点でInstagramユーザーにおける八割はおおよそTwitter的な匿名性を持っている。それに対し、残り二割のユーザーの使用法はそれ以前のTwitterにおける文脈とは明らかに異なったものであり、ここに今日のTikTokにおける「顔出し」の文化の起点を見出すことが可能だ。この点で、TikTokの動画はニコニコ動画における「踊ってみた」動画とも異なったものである。TikTokの構造的特徴より生み出されたユーザーの文化は、Instagramに大きな影響を受けながら、まさしく現在進行形で新しい様式を生成しようとしているといえるだろう。

おわりに

 本稿ではTwitterとInstagram、そしてTikTokという三つのソーシャルメディア上におけるユーザーのコンテンツ生成とそのうえで形成される独特の文化様式について論じることで、TwitterとTikTokにおけるユーザーの使用状況がどのように異なっているかを論じてきた。本稿ではその理由について、2000年代の2ちゃんねるの文化を継承するTwitterに対してTikTokは自身の匿名性を確保しない点において大きな違いがあり、その違いが生じた起点には2010年代にかけて生成されたInstagramから始まった様式が大きな背景にあると結論付けた。Twitterは旧来からのネット文化を継承したものであるため、旧来からのアングラ・サブカル的なネット文化の側面も継承している。その一方で、Instagramで生じたのは有名人インスタグラマーの投稿を模倣した形でのコンテンツ生成であり、それはアングラ・サブカル的なネット文化とは全く逆のメインカルチャー的なコンテンツであると言えるだろう。この点において、アングラ・サブカル的ネット文化を有するTwitterユーザーは自身のことを「陰」と称し、一方でTikTokやInstagramのことを批判的に捉えている。

 しかし、一方でTwitterが本当に「陰」であるかについてはより慎重に検討する必要もあるだろう。Twitterにおけるユーザー文化はそのルーツを2ちゃんねるに見出すことはできるものの、10年以上の蓄積によって当初のアングラ・サブカル的ネット文化は少しずつ変化している。米大統領ドナルド・トランプのツイートがマスメディアで注目されるように、個別のツイートが政治的プロパガンダとして多くのマスメディアで取り上げられる今日のTwitterは、もはやアングラ・サブカル的なネット文化という一言では済まされないほど大規模なものとなっている。したがって、Twitterにおけるユーザー文化の詳細な変化についての十分な考察をすることが必要になるだろう。この点については今後の課題としたうえで、本稿を終えたい。


[1] https://www.huffingtonpost.jp/entry/tiktok-twitter-billgates_jp_5f320987c5b64cc99fdd2873
[2] https://www.tiktok.com/legal/terms-of-use?lang=ja
[3] オリジナルの動画は→https://www.youtube.com/watch?v=GjVCf2fGsrQ
[4] https://twitter.com/fufudesu46/status/1292685957708144640?s=20 やhttps://twitter.com/sotan1221/status/1293091180087918592?s=20 などのツイートがある。
[5] https://jp.reuters.com/article/twitter-results-idJPKCN24O2CJ
[6] 濱野智史,『アーキテクチャの生態系——情報環境はいかにして設計されてきたか』筑摩書房,2007年.
[7] ばるぼら・さやわか,『僕たちのインターネット史』,亜紀書房,2017年.および木澤佐登志,『ダークウェブ・アンダーグラウンド——社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』,イースト・プレス,2019年.
[8] 濱野,前掲書,102頁.
[9] 2005年に発売されたモルドバ共和国出身のアーティストO-Zoneがリリースした楽曲『恋のマイアヒ』(原題:『Dragostea Din Tei』)と、それを用いたAAがフラッシュ動画として注目を集めたことが原因となり、株式会社エイベックスのグループ会社がAAを「のまネコ」という名前で商標登録を試みたところ、2ちゃんねる上で殺害予告を含む巨大な事件になってしまったというもの。最終的に、商標登録がなされることは無かった。
[10] 「動画×若者マーケ TikTok大研究」『NIKKEI X TREND』
[11] 2000年代のフラッシュ動画コンテンツを作成していたユーザーは2007年にボーカロイド楽曲を投稿していたOtomania氏などは、最晩年のフラッシュ動画イベント等において動画を作成している。
[12] Windows Store上でInstagramアプリは存在しているものの、主な機能なタイムラインの閲覧のみであり、画像の投稿機能は掲載されていない。
[13] 正方形への画像リサイズという構造的制約については2015年に解消されている。
[14] https://about.instagram.com/post/42363074191/instagramfeed/
[15] レフ・マノヴィッチ,「インスタグラムと現代イメージ」,久保田晃弘・きりとりめでる編『インスタグラムと現代視覚文化——レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』BNN新社,2017年.
[16] ばるぼら「日本のインスタグラム観測記録:2010-2018」,久保田晃弘・きりとりめでる編『インスタグラムと現代視覚文化——レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』BNN新社,2017年.
[17] Androidの登場以降、以前はiPhoneに向けてAppleが独自規格で製造していたスマートフォンのSoC(System on Chipの略、CPUやGPUなどの中枢機能が統合されたもの)メーカーとしてPCメーカーが参入するようになり、複数企業による競争体制が生み出された。


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ボカロPとボカロ批評