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ボカロP、作曲と批評、人文社会情報学者。 『合成音声音楽の世界』『青春ヘラ ver.4…

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ボカロP、作曲と批評、人文社会情報学者。 『合成音声音楽の世界』『青春ヘラ ver.4』『ボカロマゾver.1』など掲載。 大学院博士課程中退のち、現在は大学教員、大学図書館員。 https://www.ukiyojingu.com/

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  • 2000字程度の日記シリーズ

    文字数2,000字程度、1日で書ききるエッセイ集

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    2000年代インターネットと初音ミクについて

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初音ミクの表皮——ボーカロイドの15年から見る「初音ミク」と「私たち」

(約27,000字) 本企画はobscure.さん主催の、ボーカロイドに情緒を破壊されている人々による企画「#ボカロリスナーアドベントカレンダー2022」の15日に投稿したnoteです。うきよさんはメイン枠に出遅れたので、ゆるめ枠の12月15日に参加しました。私もボーカロイドに情緒を破壊されつくされているので、そんな思いがいっぱいな長文が以下に続きます。休み休み読んでいただければと思います。 はじめに2022年11月17日に紅白歌合戦の出演アーティストが解禁されたとき、そ

    • 遺失物への執着——卒業論文集の巻末言

       多くの人にとって激動の時期だったのだろう論文執筆、或いは学生生活全体の集大成として発行されるこの卒論集の巻末に、ひっそり文章を入れ込む機会を頂けた。すべてを読み終え「あとがき」に至った皆さんは、この文章を見つけてどういう感覚だろう。授業での「本や論文を読む際に『はじめに』と『おわりに』をまず読むと論旨全体の理解がしやすくなる」という私の発言を、皆さんは覚えているだろうか。誰か一人でも記憶されていて、そのうえでこの文章に至ったのであれば、助言者としてこの上ないことである。その

      • 執筆予定地

        ここは執筆予定地です。

        • 私達が皮肉なインスタレーションと化す——MUCA展 ICONS of Urban Art 〜バンクシーからカウズまで〜感想

          (約3,300字)  就職活動が本当の意味でひと段落し、来年度から広島の大学で図書館職員をすることになった。日本を代表する大都市とは言え地方にIターンすることになったわけだが、実は自動車免許を何一つ有していない私にとって、免許取得が現在最大の課題となっている。3日前から免許についての情報を収集しつつ、明日以降で諸々の手続きを行う予定だ。いずれにせよ、今日は日曜日なので何もできない。約100日後には京都を離れることだし、せめて京都市内で見られるものを可能な限り見ていこうなんて

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          「海辺に揺蕩う言葉たち」への長い導入文、およびこれまでのukiyojinguについて

          (約9,400字) はじめに17時半過ぎに新大阪駅を発車した新幹線は瞬く間に加速し、いつの間にか通路側に座る私からはほとんど視認できないほどのスピードになっている。東京ばななの紙袋を携えた老夫婦が隣に座り、事前に駅で買った弁当を私の隣で食べている。そう言えば、今年は全国中を駆け巡ってきたにも関わらず、いつもケチって高級駅弁は買わなかったなと、ふと思い出した。車内販売で弁当を買って食べるという経験はしたことがないが、もう買うこともないかもしれない。ちょうどこの間、東海道新幹線

          「海辺に揺蕩う言葉たち」への長い導入文、およびこれまでのukiyojinguについて

          魔法と情動に抵抗する——デジタル時代における文学=ソースコードの必要性

          (約5,400字) 情報学と情報科学の交点へ最後にここで文章を書いて公開してから半年くらいは経過しているだろうか。そう思いサイトを開いてみると、最後の更新は5月ごろの写真美術館の感想で止まっている。この間に行なっていた就職活動では散々な目にも合ってきたが、なんだかんだで来年以降の行き先が少なくとも一つは決定したことは安堵したほうがいいのかもしれないとこの時期になって徐々に思うようになってきた。未決定ではあるものの、このまま行くと来年からはメディア芸術関連のキュレーターだ。表

          魔法と情動に抵抗する——デジタル時代における文学=ソースコードの必要性

          写真の「死」に触れる――「TOPコレクション セレンディピティ:日常のなかの予期せぬ素敵な発見」展について

          (約7,300字) 5月21日は、日付が変わった0時時点から動いていた。0時10分に京都駅八条口を出発するバスに乗り、朝7時に東京の秋葉原駅へと降り立つ。何一つ営業していない駅周辺を散策し、山手線と東海道本線を乗り継ぎ秋葉原から神奈川県立文学博物館へ足を運んだ。午後からは文学フリマへ、自身が執筆した原稿が載った本を一冊頂戴しに向かう。今回は早稲田大学ボカロマゾ研究会と、早稲田大学負けヒロイン研究会の二つのサークルの本に寄稿させていただいたが、私が会場から去ろうとする時点で既

          写真の「死」に触れる――「TOPコレクション セレンディピティ:日常のなかの予期せぬ素敵な発見」展について

          1960年代における筆跡の消去は今?——「Re: スタートライン 1963-1970/2023現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係」感想

          (約3,800字)  ついこの間に京都市京セラ美術館に行ったばかりだというのに、また岡崎公園に来ている。先日は京都京セラ美術館に行った後に京都府立美術館に行くことができず、自動ドアが閉まっているところだけを見て帰ったのだが、その帰りに京都国立近代美術館で見かけた「現代美術の動向」という文字列に、ふと興味を持ったのが今日のいきさつだ。先日は京都市京セラ美術館まで自転車で向かったものの、今日はどうしても気が向かずにバスに乗って岡崎に向かおうとする。市バスは京都の繁華街である四条

          1960年代における筆跡の消去は今?——「Re: スタートライン 1963-1970/2023現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係」感想

          過去と未来の接続点=「現在」の表象可能性——「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」感想

          (約5,000字)  岡崎の5月は例によって人であふれていて、京都市京セラ美術館前にあるバス停では市バス職員とボランティアらしき人が「京都駅に向かわれる方は東山駅から地下鉄を利用してください」と観光客に呼び掛けている。「京都餃子大作戦」なるイベントが開催されていた公園内では園内に子どもの姿も多く、私は自転車を押して公園内をゆっくり歩くことにした。岡崎公園周辺は人が多のはいつものことだが、外国人観光客も戻ってきたこともあってか、徐々にコロナ禍が過去になってきているのだろうかと

          過去と未来の接続点=「現在」の表象可能性——「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」感想

          不気味な初音ミク——可不や小春六花にない可能性を探して

          (約4,000字) はじめに 3月9日、大学の研究室にHDDを返却してから、大学図書館で京都学派に関する新書を閲覧しようとしたら閉館日だった。私はそそくさと別の大学に足を向けるのだが、そちらも本日は閉館だった。居場所もなく京都市北部を彷徨いつつ、絶妙に遠い距離にある公共図書館に足を向けるのも面倒になった私はついに諦め、家に帰ってきたらもう19時だ。最近は外で活動することも多いだけでなく、花粉も酷いものだ。この時期になると、目を開けることもつらいものだ。そういうこともあってか

          不気味な初音ミク——可不や小春六花にない可能性を探して

          都市の摩擦熱——近代と前近代がもたらすもの

          (約7,000字) はじめに 2022年の夏、私は京都から大阪の泉北ニュータウンまで通う日々を送っていた。午前6時に起床し、朝食をとり、メールを確認して大阪へ向かう。泉北に到着するのはいつの間にか9時頃だ。用事が終わるのは18時ごろで、そこから京都に戻ると20時を超える。すでに9月11日に音源のリリースが控えていた自分はその準備にも明け暮れ、あっという間の夏だった。とはいえ、2時間超もの時間をかけて向かう土地の風景はやはり新鮮で、ニュータウンの区画整備されたその風景は、以前

          都市の摩擦熱——近代と前近代がもたらすもの

          全く異なる思考をするあなたへ――「思考実装#10」にあたって

           この曲は9月に作ったが、気づいたらもう3か月も経過してしまっていた。今日も私は京都の6畳間から音楽を作り、写真を撮影し、それを電波に流している。今日は今年の冬になって初めて雪が降っているのを目にし、季節が変わっていることを身に染みて実感した。寒暖差の激しい盆地にあるこの都市では、数年に一度大雪で数十センチほどの積雪さえ起きている。私は自室から見えるそんな京都の都市を、数週間前に買ったミラーレス一眼で撮影し、そして毎日、Twitter上で更新している。写真とは動態的都市の断片

          全く異なる思考をするあなたへ――「思考実装#10」にあたって

          美術の地層を巡って——「すべて未知の世界へ:GUTAI 分化と統合」展感想

          (約4,000字)  先日にスペースで都市についての話をしてから、意識するように都会の景色を眺めるようになった。近代建築が数多く残されている大阪のビルを観察すると、一方で昔ながらの景観を保ちながら、他方で昔ながらの外装の上からまるで生えてきたかのように巨大な摩天楼が建築されていることが分かってとても面白い。中之島美術館に向かう連絡橋にかかる「中之島ダイビル」も、モダン建築のような低層の上に、まるで増築されたかのようにガラス張りの建築が生えている。日本有数の土地面積の狭さを誇

          美術の地層を巡って——「すべて未知の世界へ:GUTAI 分化と統合」展感想

          集合体への諦念・リアルな景色——「思考実装#9」にあたって

           ときおり、突然海を見に行こうと思うことがある。大学受験のとき、どうしても海を見に行こうと思い、朝から新快速に乗って福井県の敦賀まで行ったこともあった。結局、海は見られなかった。あの頃はまだ自由な行動もできなかったから自由に図書館に行くこともできなかったものだが、一人暮らしを始めた今では自分の裁量でどこまででも行ける。不意に大阪湾に向かったり、あるいは京都市内からは遥か彼方にある須磨まで行ったりしたこともあった。この文章を書いている今、私は快速列車に乗りながら、神戸と姫路の間

          集合体への諦念・リアルな景色——「思考実装#9」にあたって

          神を殺した先の光景は何か——多量の飴『反復する日々の中で、神さまを殺そう』について

          (約10,000字) はじめに 10月7日から開催されたボカコレから、気づいたら数週間も経った。私はといえば、ボカコレで公開予定だった4本の動画のうち2本を11月に回し、その分だけ他の人の作った動画も見に行こうと思い、ハッシュタグを通して自薦/他薦問わず、足跡を付けてくれたボカロPの曲を全部聞きにいくことにした。いわゆるリスナー活動だ。自薦については何度も同じルーキーがリアクションをしていることも個人的に分かり、ボカコレだって政治のロビー活動みたいなこともするんだなと思いな

          神を殺した先の光景は何か——多量の飴『反復する日々の中で、神さまを殺そう』について

          《エンパイア》は呼吸する——『アンディ・ウォーホル・キョウト』展感想

          (約4,000字)  いつもは図書館での仕事がある日曜日。今日はキャンパス全域での電気工事の都合で臨時休館であり、久しく休みとなった。仕事がなくとも図書館に行くことも最近では増えた気がするが、今日は臨時休館だ。実のところ、大学図書館の利用証は他に2枚ほど持っており、勤務先以外の2つの大学図書館を利用する資格も持っているのだが、どうやら一方は毎週日曜日に閉館しており、もう一方は17時までの開館だそうだ。時刻は13時すぎ、せっかくの休みなのでゆっくり寝ようと思ったら、いつの間に

          《エンパイア》は呼吸する——『アンディ・ウォーホル・キョウト』展感想