セロハン(小説)
少し早いけど、もうすぐ待ち合わせの場所に着く。
正直言うと、10年前の約束のことは、覚えていなかった。
*****
地元友達のケンタから連絡が来たのは、ちょうど一週間前だった。
「忘れたのか?二十歳になったら、3人で会うという約束だったろ」
僕もケンタも地元を離れてから、お互いに連絡を取り合うのは年2~3回程度になった。
それでもなぜかケンタと話すと、久しぶりという感じが全くしない。
「サイトウマイも来れるってよ。来週の日曜日、空いているよな?」
ケンタはいつも勝手に話しを進める。相変わらず、強引なヤツだと思った。
でも、ケンタがそうやって誘ってくれなければ、3人で集まることなんてないだろうから、結局、僕は、いつもケンタの強引さに救われているわけだ。
『サイトウマイ・・・』
会うのはいつ以来だろうか。
二十歳になったサイトウマイの姿を想像しようとしても、制服姿のサイトウマイしか現れてこない。
もしかしたら、中学の卒業以来かもしれない。
サイトウマイとは、僕もケンタも、小学校・中学校とクラスがずっと一緒だった。
二十歳になったら、3人で会うという約束なんてしていたのだろうか。
ただ、もちろん思い当たることはある。
「サイトウマイ」の名前を聞くと、10年前の記憶が鮮明に甦ってくる。
*****
小学4年生のときだった。
秋の学習発表会で、僕らのクラスは、ステンドグラスを作ることになった。
教室の大きな窓。
その大きな窓いっぱいに、みんなでセロハンを貼って、1つの巨大なステンドグラスにする。
それが僕らのクラスの作品だった。
僕は小さい頃から、キラキラしたものが好きだったから、赤・青・黄と、色とりどりに輝くセロハンは、嫌いじゃなかった。
セロハンを通じて差し込む日差しは、教室に光の色の影をつくり、
セロハンを通じて見る外の世界は、美しい光の色に染まった。
*****
放課後の教室で、窓辺に女子が1人立っていた。
彼女は、ステンドグラスごしに外を眺めていた。
サイトウマイだった。
その場に偶然居合わせたのが僕とケンタだった。
僕らは、1人で佇むサイトウマイに声をかけた。すると、彼女は、小さな声でつぶやいた。
「あのね、大人が消えて見えるの・・・」
僕は、彼女の言っている意味がわからなかったけれど、彼女と同じようにセロハンの窓から外を見た。
校庭で遊んでいる子どもたちが見える。
いつもであれば、そのまま遠くに目をやると、学校のフェンスの向こうの道に、行き交う人々が見えるはずだった。
ところが、サイトウマイの言うとおり、遠くの道を歩く大人の姿が、たしかに消えていたのだった。
正確にいうと、視界に重ねるセロハンの色の違いによって、大人が消えたり、消えなかったりしていた。
赤色の世界で消える大人、青色の世界で消える大人、黄色の世界で消える大人。
それぞれの大人がいた。
だけれど、校庭で遊ぶ子どもたちの姿だけは、どの色の世界でも消えなかった。
*****
「本当だ。大人が消えて見える・・・」
僕はつぶやいた。
「どうして大人は消えて、子どもは消えないの?」
サイトウマイが無邪気に言った。
その会話を聞いていたケンタが、しばらく考えてから答えた。
「大人はみんな何かの色に染まっているんじゃないかな。きっと、自分の色を見つけるのが、大人になることなんだよ。」
ケンタはいつも前向きだった。
僕は、そのとき、違うことを考えていた。
頭の中でセロハンの色を重ねていた。
赤と青を重ねて「紫」に、青と黄色を重ねて「緑」に・・・、というように。
そして、すべての色が重なったとき、すべての大人の姿が消えた。
ただ、その世界は、色がなく、とても暗くて怖かった。
*****
「じゃあ、大人って、どんな世界が見えているのかしら?」
サイトウマイが素直な疑問を口にした。
キラキラした瞳を輝かせながら。
もしかしたら、このときに、「10年後、二十歳になったら、3人で会って確かめよう」と、約束したのかもしれない。
*****
思えば、ケンタは、ずっと自分の色を追い求めていた。
アイツはいつも行動的で、目標をもっていて、努力家だった。
僕からみれば、ケンタは既に自分の色を身につけている。
しかも、ケンタの色は1つじゃない。たくさんの色を持っている。
なのに、どの色も混ざり合うことはなく、それぞれの色が輝いて見える。
ケンタはもう立派な大人なんだ。
*****
僕だって、早く大人になりたいと思っている。
自分は何色で消えるのかを知りたいと思っている。
だけど僕は、色を探して、色を重ねれば重ねるほど、それらの色が混じり合ってしまう。
自分の色を追い求めるほど、なぜか色彩が失われていって、目の前の世界が暗くなってしまう。
本当は、色に染まらない方が美しい世界が見えるのではないか。
実は、自分の色なんて見つけない方がいいのではないか。
そんな気もする。
でも、自分のことは自分が一番わかっている。
自分の色を知ってしまうのが怖いだけなんだ。色を決めるのが怖いだけなんだ。
*****
待ち合わせの場所が見えた。
女性が1人立っている。
すぐにわかった。
サイトウマイだ。
何だか随分と、大人の女性に見える。
ケンタはまだ来ていないようだ。
彼女は僕に気がつくと、無邪気な笑顔で手を振った。
キラキラした瞳を輝かせながら。
昔と何にも変わっていない。
彼女はあのとき、何を思っていたのだろう。
彼女には、どんな世界が見えているのだろう。
今日、勇気を出してサイトウマイに聞いてみたい。
「僕は、何色に見える?」
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