過ぎ去る光(小説)
朝の電車で、扉にもたれて本を読んでいた。
「ガタン、ゴトン、ガタン・・・」と、床から伝わる音が大きく響いた。
鉄橋にさしかかったようだ。
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何気なく窓の外を眺めた。
視界がひらけ、河川敷の緑が過ぎ去った。
そして、広い川の上に出た。
川の遠くに目をやると、離れたところにも、鉄橋が見えた。
ちょうどその上を電車が走っていた。
ピカピカのシルバーの車体を輝かせ、僕の行く先と同じ方向へ進む電車が、小さく見えた。
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輝く電車は、川を渡り終えると、建物の陰に隠れて見えなくなった。
それでも僕が、その行き先を追いかけるように見ていると、物陰から顔を出しては消え、顔を出しては消えを繰り返し、僕と一緒に走っていることがわかった。
だけどそのうち、輝く電車は、もっと遠くへ離れていくような気がしたので、僕は追いかけるのをあきらめて、再び本を読むことにした。
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しばらくしてから、ふと、窓の外に目をやると、すぐ隣にシルバーの電車がやってきた。
それはさっきまで、遠く離れて見えていた「輝く電車」に間違いなかった。
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高1の夏に、似たような光景があったことを思い出した。
あのときも、電車の扉にもたれかかって、外を見ていた。
僕のすぐ隣に、水色の電車が追いついてきて、偶然にもお互い同じ速さで並んで走った。
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すると、目の前に、僕と同じように扉にもたれて、窓からこちらを見ている人が現れた。
彼女が着ている制服と、ショートボブの髪型に見覚えがあった。
同じ高校の同じ学年。別のクラスの人だった。
彼女も僕に気がついて、お互い電車の窓越しに、軽い会釈を交わした。
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電車は併走したまま、きっちりと同じ速度で進んだ。
床から伝わる音は、一定のリズムで揺れているのに、ガラス窓を隔てた空間は、ずっと止まっているようだった。
照れくさくて、気まずくて、何とも間がもたないから、お互いに笑うしかなかった。
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それ以来、僕と彼女は、学校ですれ違うと、挨拶を交わすようになった。
学校で見る彼女は、「ビオラ」の入ったケースをいつも肩にかけていた。音楽を愛する人だった。
一度、彼女の友達も一緒に、スイーツカフェに行ったことがある。
かすかな記憶は断片的で、何を話したのかも覚えていない。ただ、彼女の細く長い指先だけが、強く印象に残っている。
彼女は、やるべきことを見つけ、自分を信じて、夢を追いかけた。僕はそのような真っ直ぐな人に、それまで出会ったことはなかった。
彼女は、高2の春に学校を辞め、ドイツへと旅立った。
結局、僕が彼女のビオラを聴くことは、一度もなかった。
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隣を走るシルバーの電車が朝日を浴びて輝いていた。
ステンレスの車体に反射した光が、僕を照らし続ける。
僕が乗る電車は、停車駅に近づき、スピードを緩めた。
輝く電車は、目の前を颯爽と走り去って行く。
僕はその姿を追おうとしたが、ゆっくりと迫ってくるホームの雑踏に飲み込まれてしまい、もう見えなかった。
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