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短編小説

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創作にチャレンジしています。読み切りです。
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記事一覧

厚意

照り付ける太陽。けたたましく響くセミの声。 さえぎるものが何もない。不快な道。 アスファルトからの熱気。脇を過ぎ去る大型車の轟音。 舞い上がる砂ぼこり。 首筋と背中に滲む汗。 それを横目に勝ち誇るのは道端の雑草たち。 もう、随分と耐え忍び、この不快な道を歩いてきた。 ここまで来れば先が見える。 しかし、先が見えているからこそ、この道のりが遠いことも知っている。 このあとは、長い上り坂がしばらく続く。 ああ暑い。暑すぎる。とにかく暑い。気が滅入る。 もちろん、一歩一

赤雲

それを話したところで一体誰が信じるのだろうか。 ***** 古い公営団地が侘しく立ち並ぶ迷路のような道を、男は寒風に逆らうようにしてせかせかと歩いていた。 「本当に見たのか?」 「本当に聞いたのか?」 「そんなはずはないだろう」 随分とそんなやりとりをしてきたもんだ。全く飽き飽きする。 もちろん信じるか信じないかは個々人の勝手である。たとえ、目の前にいる人よりも、遠くの他人を信じたとしても構わない。 しかし、当人が「見た」と言っているものを、どうして他人が「違う」

セロハン(小説)

少し早いけど、もうすぐ待ち合わせの場所に着く。 正直言うと、10年前の約束のことは、覚えていなかった。 ***** 地元友達のケンタから連絡が来たのは、ちょうど一週間前だった。 「忘れたのか?二十歳になったら、3人で会うという約束だったろ」 僕もケンタも地元を離れてから、お互いに連絡を取り合うのは年2~3回程度になった。 それでもなぜかケンタと話すと、久しぶりという感じが全くしない。 「サイトウマイも来れるってよ。来週の日曜日、空いているよな?」 ケンタはいつ

過ぎ去る光(小説)

朝の電車で、扉にもたれて本を読んでいた。 「ガタン、ゴトン、ガタン・・・」と、床から伝わる音が大きく響いた。 鉄橋にさしかかったようだ。 ***** 何気なく窓の外を眺めた。 視界がひらけ、河川敷の緑が過ぎ去った。 そして、広い川の上に出た。 川の遠くに目をやると、離れたところにも、鉄橋が見えた。 ちょうどその上を電車が走っていた。 ピカピカのシルバーの車体を輝かせ、僕の行く先と同じ方向へ進む電車が、小さく見えた。 ***** 輝く電車は、川を渡り終える

届かない声 Spring(小説)

バジルさんの小説 「Spring」の続き(?)を書いてみました。中学1年生の男女のお話です。 まずはバジルさんの小説からどうぞ! ***** 看護師さんの診察はすぐに終わり、僕はひとり病室へ戻った。 誰もいない病室。 いつもと少し違うのは、僕のベッドの脇に、斜めに寄り添うようにパイプ椅子が置いてあることだ。 僕は部屋に入ると、ベッドに横たわり、仰向けなって天井を見た。 エアコンの送風の音が聞こえた。 診察室に行ってきたせいで、シップの匂いが鼻につき、さっきまで部屋に漂っ

チコの羽

ここは鳥たちの学校。 小さくてかわいい鳥の子どもたちの学校です。 ***** 学校は、緑の山にぐるっと囲まれています。学校の真ん中には、鏡のように美しい湖があります。湖のほとりには、色とりどりのきれいな花が咲いています。 きれいな花のまわりには、山のすそ野に向かって、草の絨毯が広がっています。 ところどころに澄んだ水が湧き出して、清らかな小川となって流れています。 さまざまな樹木が生い茂っていて、どの木にも、木の実 や 果実 がたわわに実っています。 *****

温故知新

「働くってこととは、何か違うんだよなあ」 満員電車の車内で、つり革につかまっていると、たしかにそう聞こえた。いつかどこかで聞いたような言葉だ。誰かの声で。 思わず周囲を見渡した。僕の勘違いだろうか。思考を巡らせながら、目を閉じることにした。 「働くってこととは、何か違うんだよなあ」 また聞こえた。夢とも現実ともわからなくなった。徐々に思考がまどろんでゆく。 ***** あれは、僕が就職活動をしていたときのことだ。 大学生の僕は、慣れないリクルートスーツとピカピカ

世代(短編小説)

運転手さん、ありがとう。 だいぶ、気持ち、落ち着いた。 うん、大丈夫。 あら、もう、こんな時間。 真っ暗だから、海、ほとんど見えないけど、 私、ここまで来れて、本当によかったわ。 ***** 一度でもいいから、タクシーの運転手さんに 「適当に流して・・・」って、言ってみたかったの。 今日は、まさに、そんな気分。 ほら、今って、ほとんどのタクシーが、無人の自動運転でしょ。 現在地と目的地をスマホで入力すれば、すぐに車だけ来て、目的地へ連れて行ってくれる・・・。 でも

背中(短編小説)

今、俺は、無機質な部屋にいる。 目の前には、テーブルを挟んで、2人の男が座っている。 なんだか知らねぇが、こいつら、今から俺の話を聞きたいという。 俺が発明したシステムのこと、そんなに聞きたいかい? 仕方ねぇ。説明してやるよ。 どうせ、オマエらには理解できねぇだろうから、説明は適当に済ませるつもりだけどな。 それにしても汚ねぇテーブルだ。陳腐な椅子に俺を座らせやがって。 人を呼びつけておきながら、気が利かねぇ奴らだ。 コーヒーの1杯でも出したらどうなんだ。 ****