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連載小説 メイドちゃん9さい! おとこのこ!5話「密命」Moonlight.

2話完結後編。

倫敦のちいさなお屋敷で暮らす、9歳のちいさなメイドちゃんと、80歳で武器商人の奥様の日常。

前編はこちら

「そんなにあわてて帰国することなかったのに」
 ローザと男の髪は同比率で白くなっている。
 年齢差を考えるのなら、それは政治家の心労のせいやもしれず、政治家一族に課せられた遺伝やもしれず、毛染めをする余裕がないのやもしれなかった。
 それでもウィスキーを一気にあおらないのは、貴族の品がしみついているからに違いない。
「帰国しなければ、逃げたと大衆は感じるものだ。それがほんの2日でも」
「それはそうね」
 ローザは葉巻に火を点ける。男にもすすめる。
 男は手に取り、火を点けずに指に挟んだまま問う。
「それで、あの文書は本当にこの世から消えたのだろうな?」
 ローザは優雅に笑う。成り上がり者が上がりきった優雅さである。
「メールでそう言ったじゃない。それなのに、電話もせず夜中に押しかけてくるなんて」
 男はやっと葉巻を切る。
「若い女優じゃあるまいし、なんのスキャンダルにもならんさ。この世に『あなたの通帳は、うちのエプロンかいじゅうが食べちゃったわ』なんてメールが届いて、飛んで行かない人間がいるものか」
 葉巻の煙を大きく吸い込む。
 よい毒ね。と感想を述べる。愛好家は減り続けているが、葉巻には特有のよさがあるのだ。
「安心なさいな。あれはただの紙じゃない。ただの米を加工した完全消化可能の紙よ。印刷にも耐えうる耐久性。コピー不可能な特殊性。細かくして食品に混ぜてしまえば――たとえばショートブレッドとか――完全に胃袋に消えてしまう。知ってのお買い上げでしょう?」
 うん、うんと知っていたように男はうなずく。
「しかし、私には妻子があるんだ。あなたにもこの気持ちはわかるだろう。そのお年で孤児を引き取っているのだから」
 ローザは笑みを絶やさない。
「その妻子。家族ね。女というのはいくつでも女よ。忘れないことね」
 初めて男が笑みを浮かべる。
「それは忘れないさ。しかしだね、女はいくつでもと思っても、男はそうはいかない」
 笑いに声が混じる。
「そうかしら? 今、ハンサムな007が近づいていて、メロメロのようだけど」
 男も声を立てて笑う。
「MI6が何だって? 妻はもう40も半ばをすぎた母親だよ。それに、あれは身持ちの硬さがウリなんだ。あの鋼鉄の「お引き取りを」が通じない男はいないさ」
 ローザはマドラーで渦を作る。
「そっちじゃないわ」
 ついに男は呵々大笑する。
「じゃあ、君のおちびさんとノッティング・ヒル・カーニバルを見物してきた娘かね? あんな子ども、つけまわしたところで何も出ないよ。当たり前のことだ。まるで何も知らないんだから」
「それはそうでしょうね。……ユーリがお世話になったわ」
 本当の「これで食事をとらせてあげて。残りはお小遣いにしていいからね」と、ポンド札を握らせた相手を思い浮かべ、ローザは心から笑ってしまう。
「まったく焦らせてくれる。人が悪いな、あなたは。……まさか」
 やっと気づいたようだ。呵々大笑が消える。血の気も消える。
「母さんはもう78だぞ!?」
「私より2歳も若いわよ? あなた、母親にだけはなんでも打ち明けられるんだったわね」
 男がバタバタという走り方で帰っていく。
 ローザはのんびりと2杯目を水割りにする。
「私より2歳しか若くないのね」
 小さくつぶやく。マドラーの渦が螺旋回転。
 感づく。
 音もなくグレッグ拳銃を取り出す
 寂。
 ちりりんともう片方の手でベルを鳴らす。
「やっぱりね」
 パジャマ姿のユーリが入ってくる。
 ぐすぐすと鼻を鳴らす間に、銃をソファー裏に滑り込ませる。
「どうしたのユーリ?」
「あのね、奥様。棺桶がね、ミイラの棺桶が追っかけてきたの。金色の棺桶がね」
 今度は、ローザが浮かべる笑みに邪気がない。
「怖い夢だったわね」
「うわああん、奥様あああ」
 抱きしめてやると、もうなにもかも安心しきってしまう。
 やさしい夢に還っていく。
 小さな体の重みとぬくもり。
 ささやくように問うてみる。
「ねえユーリ、私に彼氏ができたらおかしいと思う?」
 ユーリはほとんど寝ながら答える。
「彼氏は僕にしてください……」
 そのまま寝息を立て始めた。
 ローザはユーリをソファに寝かせ。ブランケットをかけてやり。
「ジェームズ・ボンドはまだ早いわ」
「後始末」の続きに取り掛かる。

 おしごと おしごと 奥様はおしごと
 メイドちゃんはちっちゃいから もうねんね

2020/12/18

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表紙は花兎*様(Twitter:@hanausagitohosi pixivID:3198439)より。ありがとうございました。

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