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あるがん研究者の振り返り

北海道大学 遺伝子病制御研究所 教授
園下 将大
研究室ホームページ

はじめに

 こんにちは、北海道大学の園下と申します。現在、大学の附置研究所である遺伝子病制御研究所で、がんについて研究する研究室を率いています。がんは現在、世界中で一千万もの人たちが死亡し、日本でも長いこと死因の第1位となっている病気です。このように極めて厄介な疾患であるがんが、我々の体の中でどのように発生する(してしまう)か、そしてそれを解き明かすことで治療薬開発の糸口を掴めないか。私たちはこれらを解明・解決すべく、日々懸命に研究に取り組んでいます。本項では、その仕事の内容と今の職業に就くまでの経緯をご紹介したいと思います。研究者という仕事の理解や進路選択において、みなさんのお役に立てば幸いです。

研究者ってどんな仕事をしているのだろう?


 がんの研究と聞くと少し難しく感じるかもしれませんね。実際、研究をしている我々から見てもがんはとても複雑な病気です。体にもともと存在している正常な細胞が、例えば遺伝子の機能の異常などのきっかけによってがん細胞に化けるのですが、それらの細胞が周囲の正常な細胞や、場合によっては遠く離れた臓器との間で情報のやり取りをしてお互いの機能に影響を及ぼし合うことも近年わかってきました。つまり、がんは複数の種類の細胞を巻き込んで成立する全身性の疾患といえます。


 私たちの目標の一つはがんの患者さんを救うことができる新しい治療法を生み出すことですが、この複雑ながんの発生過程を紐解くことができれば、どのようなお薬を作ればいいかヒントを得ることができるかもしれないと考えています。例えば、がん細胞が分裂して増えるのに必要な部品があれば、その部品の働きを邪魔するお薬を作れば、それはがんの優れた治療薬になる可能性があります。私たちが日々取り組んでいるのはこのような部品探しやお薬の開発です。専門的にはこれらの取り組みを、がん発生の素過程解明研究、創薬標的探索、創薬研究、などと呼びます。


 これらを達成するため具体的には、これまでに先人の研究で明らかになったことを文献で調べ、課題を整理し、その解決に向けて実験をおこない、そして得た成果を論文として発表するという、大きく4つの過程を繰り返しています。少しずつ知識を積み重ねていく、実に地味な作業です。しかし先人たちがこういった取り組みを続けてくれたおかげで、がんだけでなくそれ以外の病気の成り立ちも着実に明らかになり、それらの新しい治療法も増えてきています。そういったバトンをしっかり受け継いで私たち自身が成果を挙げ、そしてそのバトンを次の世代に繋いでいくことも、私たち現役の研究者の重要な責務だと感じています。

今の職業に就くまでの経緯


 私は小さい頃、病気やケガをまるで何事もなかったように治してしまう自分の体の不思議に魅了されました。「人間の体ってスゴイ!」という気持ちが、私にとっての科学への入り口になったと思います。その気持ちは長く続いて進路選択にも大きな影響を与え、がんのように重い病気も治せるお薬を自分の手で作りたいと考えて、大学では薬学部に入りました。


 大学やそれに続く大学院で生物学・医学・薬学など研究に必要な諸分野の知識を学びつつ、配属になった研究室では患者さんから採取したがん細胞を育てていくつもの遺伝子の機能を解析したり、がん研究分野で最も頻用される実験動物であるネズミにがんを作らせて投薬実験をおこなったり。とても充実した日々を送りました。


 最近はなんとハエに患者さんと同じ遺伝子異常を起こして、患者さんの身代わりとして研究に使用する試みも行なっています。「ハエで人間のがんの研究?」とびっくりなさる方も多いかもしれませんが、数年の検討を重ねた結果、なんだかうまくいきそうな感触を得ていて、ぜひまたその内容をみなさんにご紹介する機会があればと願っております。

終わりに


 振り返ってみると、自分の興味のあることやその時々で必要な知識・技術を学べるよう、自分の居場所を探し、身を置いてきたように思います。現在の職業は毎日が大変充実していてとても満足していますが、ここに至るまで決して順風満帆ではありませんでした。

例えば現職への採用には、当時在籍していたアメリカの研究室から、1年半にも及ぶ職探しが必要でした。自分にとって難しかったのは、公募要領に記載されている人物像に加えてどのようなことを期待している公募なのか、アメリカでは日本にいた時ほど情報を円滑に入手することが簡単ではなかったこととか、いざ日本での面接に呼ばれたとしても旅費を自分で工面しなくてはならないことも多く、安月給の博士研究員には簡単ではなかったこと、などです。

これらの精神的・物理的そのストレスは、思い返すだけでもとても大変なもので、実際2回も帯状疱疹が出ました。現在はさらにコロナ禍も手伝って、みなさんも望み通りの進路を選べないことがあるかもしれません。


 それでも、自分と向き合って自分の気持ちをじっくり聞いてあげるのはとても意義のあることだと思います。そうすることで、ポストを探す時は負けるもんかと挑戦し続ける、仮に希望と異なるところに行ったとしても挽回を狙うなど、逆境でも自分の気持ちを導いてあげやすくなる気がします。また、コロナ禍で世間のオンライン会議のリテラシーも上がり、もしかすると知人とも以前より連絡を取りやすくなっていたり、面接もオンラインで済むことが多くなっているかもしれませんね。このように、大変な中でも悲観するばかりではなく、この状況で可能になったことにも目を向ける気持ちも大切にしていただければ、道を拓く助けになるかもしれません。

こういった助言も含め、もし私でよければ、喜んで進路相談にも乗りますので、研究内容をさらに深くお知りになりたい方とあわせ、どうか遠慮なくご連絡いただければと思います。みなさんの進路選択と職業に幸ありますように!


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