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【小説】今年もメスガキの季節かぁ(4268字)


「おにーさーーーん!!♡」

「ぎゃっっっ!!」

 空からメスガキが降ってきた。
 メスガキはいくらガキで軽いからと言っても2桁kgの物体が降ってきたらこういう反応になるだろう。

「毎年言ってるだろ、急に降ってくるなって!!」

「だって、早くおにーさんに会いたくて……」

 季節は11月。だいたい北の方に位置する我が県では、初メスガキはだいたい11月に降ってくる。

「去年はさんざん悪態ついてたってのにもう忘れたのか?」

「去年は去年のことだもーーん!
 それにぃ、おにーさんがあたしのこと思い出して泣いちゃわないか心配になっちゃって♡」

「このガキ……」

 特有の栗の花の匂いを纏ったメスガキは、俺の上に乗ったまま俺の耳元へと近づき、

「今年もざこおにーさんのこと、いっぱいからかってあげるから♡」

「うるせえ! 大人がメスガキなんか相手にするわけがないだろ!!」

 そう言いつつも、俺の心には少しだけ影があった。
 なぜなら、俺は今年でこの街を出て、都会の方に転勤しなければならない。
 地元から去り都会に出るのは楽しみでもあるが、今年はこいつに別れを言わなければならず、こいつがどんな顔をするか今から不安だった。

「ん? おにーさん、なんか顔が暗いよ? メンタルまでざこざこなんだぁ♡」

「くっそコイツ……」

 不安に感じることなんてなかった。
 やっぱりメスガキはメスガキのままなのだから。

 


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「もうそこらじゅうメスガキだらけだな」

 空から降るメスガキたちに囲まれながら俺はそう呟いた。
 季節は12月。世間はクリスマスシーズンである。
 クリスマスの季節になるとすっかりメスガキが積もり、道行く大人たちを誘惑している。
 もっとも大人は強いのでそんな誘惑に屈したりせず、除メス(除メスガキ)作業に勤しんでいる。
 そして当然俺もその1人である。

「おにーさん♡ そんな周りのメスガキを見てどうしたの♡」

 そんな可愛らしい声が響く。
 その声は淫蕩な響きを帯びていて、大人を誘惑することに長けていることを嫌でも痛感させられた。

「いや、今年は随分積もったなと思ってなぁ」

「今は団塊世代のメスガキだからね♡」

 メスガキは挑発的にスカートを揺らしながらそう言った。
 俺はスカートを揺らすメスガキから目を逸らしながら、

「メスガキも団塊とか知ってるんだな」

「おにーさんが教えてくれたんじゃん♡」

「そうだったか……」

 薄着のメスガキはなおもスカートを揺らす腰を止めず、左右に揺らし続けている。
 それを横目に俺は、道端でたむろして通行の邪魔をしているメスガキたちを公園へと押し込んでいく。

「……おにーさん、なんか変だよ?」

「え?」

「いつものおにーさんならさぁ、ここらへんでキレるか何かしらのことをしてくるのに、今日はなんだか気もそぞろ」

「そりゃあメスかき(メスガキかき)に忙しいからなあ」

 公園に押し込まれたメスガキたちは、そのまま遊具へと駆け出していった。
 メスガキといえど所詮は小学生。遊具の魅力には逆らえないのである。

「うそ、ぜったい変! いつもならここらへんで負けちゃうじゃん♡」

「負けねえよ!!」

「なのにさぁ、どうしたの? 何かあったの?」

 俺にメスガキが近づいてくる。
 ち、ちけえ……
 俺が都会に行くことはメスガキにはまだ言っていない。
 なんとなくそういう話題は避けていた。
 もっとも言ったところでこいつはどうも思わないだろうし、別に言ってもいいのだが……。
 聞かれたからには答えるしかなく、俺はメスガキに

「俺さ、この街から出るんだよ」

「えっ……」

 メスガキは虚をつかれたような顔になった。
 今まで挑発的な顔ばかり見ていたからか、メスガキのそんな顔は新鮮だった。

「おにーさん、今の会社にずっと勤めるんだって言ってたよね? なんでこの街から……」

「転勤だよ。これからは本社勤務なんだってさ。独り身の俺だからお鉢が回ってきたんだよ」

 俺はなんとなくメスガキの方を見れず、目を逸らした。
 今まで邪魔ばかりされて嫌なヤツと思っていたはずなのに、どうしてか今はいつものように強い口調にはなれなかった。

「なんで……」

 メスガキが俺の袖を掴む。

「なんで黙ってたの?」

「なんでって、そりゃ……」

 なんでだ?
 俺はなんでコイツにすぐ伝えなかったんだ?
 自分でも分からなかった。
 だから、こんな思ってもないことを言ってしまったのだろう。

「……お前には関係ないだろ」

「なっ……!」

 メスガキは目を見開いた。
 その顔は、信じられないと言わんばかりであったが、俺も俺自身に驚いている。
 どうしてこんなことを言ってしまったのか、わからない。

「あ、いや、その、」

「っ!!!」

 一瞬目尻が光ったかと思うと、メスガキは踵を返し、走り出した。
 だが所詮は小学生女子なだけあって、そんなにスピードは速くない。
 俺はメスガキを追おうとしたが、その足は動かなかった。

「……はっ、そっちから離れてくれるならせいせいするぜ」

 俺はそう吐き捨てると、メスかきを再開した。
 見上げた空はいつもよりも曇っていて、その暗さがなぜか俺を苛立たせた。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 季節は3月になり、メスガキたちもすっかりいなくなった。
 暖かいとはいえまだコートが必要なくらいには寒い。
 俺は忘れ物がないか家の中を見渡し、自分の荷物以外は残ってないことを確認した。

「結局あいつ、あれから来なかったな」

 あのメスガキは、毎日うちに来ては俺を挑発してたくせに、あれからうちに全く寄り付かなくなった。
 俺としては邪魔されずに冬を越せたから万々歳ではあるのだが。

「新幹線の時間も近いし、そろそろ行くか」

 俺は住んでいたアパートを後にした。
 鍵を閉める時、もうここに来ることは無いんだなと思うと、少しだけ寂しい。

 そのまま駅へと歩く。
 歩き慣れた道だが、もうここには帰ってこないんだと思うといつもの道も違って見えた。
 行きつけの定食屋、花屋やカフェ、商店などを通る度、この街の思い出が蘇ってくる。

「ここのカフェ、そういやあいつに連れてってやるって約束したけど行かずじまいだったな……」

 ふとそんなことを思い出した。
 あいつは今何してるのだろうか。いつもならこんな暖かくなる前にいなくなるし、もう会うことなんか――

「ちょっと!!!!」

 大声で呼ばれた。
 振り返るとそこには

「おにーーーさーーーん!!」

 メスガキがいた。

「お、お前こんな暖かいのに大丈夫なのかよ!?」

「それはいいの!! それよりさぁ」

 メスガキは問う。

「都会ってどこなの」

「え? 俺が行くのは東京のはずれだが……」

「東京……そう。本当に行っちゃうんだ」

 メスガキは目を伏せた。
 俺もなんだか悪い事をしたみたいで、同様に目を伏せた。

「独身だからって理由でさ。他の人は既婚者で家庭があるけど、俺は独り身で自由だからそういうことがあるんだよ」

「おにーさん彼女のひとりもいないんだ。知ってたケド」

「う、うるせえな……」

 どんなときも大人を煽るのがメスガキである。
 だけど、今日はあまり苛立たなかった。
 これで最後だからだろうか。

「あのさ」

 メスガキは言う。

「向こうに行ってもさ、元気でいてよ」

 ぽつりと、そう言った。

「おにーさん、ロリコンでいつもあたしの胸とか太ももとか見てくる変態さんだけどさ」

「見てねえよ!!」

「でも、そんなおにーさんのこと、嫌いじゃないよ」

 メスガキはそう言った。
 初めて正面から見たメスガキは、目元が赤くなっていた。

「……俺も」

 俺も、お前といて楽しかった。
 煽られて色んなところがイラつく時もあったけど、それでもこいつと話すのは楽しかった。

「ふふ、もう新幹線の時間でしょ」

「うわホントだ! もう行かねえと……」

「待って!」

 メスガキが俺の袖を掴んだ。
 いつもよりも弱い力だったが、俺にはその手を振りほどく選択肢はなかった。

「ちょっと目を閉じてよ」

「は?」

「いいから!! そのままかがんで!!」

「こ、こうか!」

 言われるがままに俺は目を閉じ、かがんだ。
 メスガキの手が俺の肩へとかけられる。
 そして、そのまま……

「えいっ!♡」

 そのまま平手打ちをされた。

「いってえ!! なにすんの!?」

「そんなキス待ちの顔するおにーさんが悪いんじゃん♡ 期待しすぎでしょ♡」

「ししししてねえよ!!!」

「おにーさんそろそろ走らないと新幹線間に合わないよ♡」

 言われて気づく。時間を見るとあと10分ほどで新幹線が出てしまうところだった。

「おま、お前マジで覚えてろよ!!」

 俺はスーツケースを持ち上げ、急いで駅へと走り出した。

「おにーさんこそ忘れないでね♡」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 あれから1年ほど経った。
 初めて上京した俺は、失敗しつつも何とか上手くやっている。
 都会と言えどもやる仕事は変わらない。ただ、仕事の規模が大きくなっただけだ。
 それがつらかったりするのだが……。
 俺は二日酔いでガンガンする頭を抑えながら、キッチンへと歩いた。
 昨日は飲みすぎた……もう酒なんか飲まない……。
 仕事帰りに付き合いで行ったスナックの女の子が思ったよりも面白く、いっぱい喋ってしまった。その分酒もかなり進んでしまい、許容量よりもかなり飲んでしまった。

「なんとなくあいつに似ていたからなあ……」

 あっちにいた時は毎年会っていたが、こっちの地方ではメスガキは降らない。
 毎年うっとおしいと思っていたが、降らないとなると少しだけ寂しい気もしなくもない。

「はぁ。……メシ買いに行くか」

 俺は痛む頭を無理やり手で押えながら、コートを羽織る。
 飯は……コンビニでいいだろう。
 鍵とケータイと財布だけ持って俺は家を出た。

 外に出てしばらくあるくと、イルミネーションが目立ってきた。
 そうか、世間はクリスマスシーズンか。
 せっかくだし、チキンでも追加で買って行くか……と思った時。

 ふと気づいた。
 空から何かが降ってくる。

「ちょ、ちょ、まっ」

「おにーさーーーん!!♡」

「ぎゃっっっ!!」

 空からメスガキが降ってきた。

「ひっさしぶりおにーさん♡
げんきしてたぁ?」

「お前お前どうしてここに!?」

「どうしてって……」

 メスガキは周りを指さした。
 すると、地元同様メスガキ達がどんどんと降ってきている様が見えた。

「都会でもたまーーにメスガキは降るんだよ♡」

「まじか……」

 周りのメスガキを見ながら俺はため息をついた。

「今年もよろしくね、おにーさん♡」

 俺は今年もこいつから逃れられそうにないみたいだ。

 おわり

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